寐ものがたり
《寐ものがたり》

 昔渋谷隠岐守御側衆と云人。綾川五郎治といふ相撲を抱へて徒士に立られしとぞ。 此綾川。双なき大力て。隠州池上御代参之節。高輪を通られし時。荒牛。 車を挽し形にて駈来るを。綾川両の角を無手と取らへ押戻さんとせしに。牛の力や勝りけん。四五間押戻さる。綾川。其時おされながらくつと両手にて押上しかば。 牛の前足地をはなれたり。其猛勢に恐れ。牛はおさまりたりと云。

 綾川。後田舎へ行。ある峠の麓にて酒店に這入。酒多く飲て日暮に至り。峠にかゝらんといふ。酒屋の亭主止て。 此頃狼のあれて居るなれば。明日昼迄またれ。旅人を待合せ大勢にて越されよと云。綾川笑て。人さへ恐るゝ事なきに。何畜生に恐るゝべきかと云て峠にかゝると。 狼夥しく出来りしを。三十余疋切殺し。其身も精尽。刀を杖に突た儘死したりと云。

 高輪辺を廻る角力太鼓は。通りを新橋より露月町まで真直に来り。柴井町はうたずに。裏通り日影丁仙臺侯本屋敷脇通りを一町廻り。又宇田川町の通りへ出て行。 これは谷風の仕置し事なりと。及川勘左衛門申されき。及川は仙臺侯の厩の頭なり。馬術は八条流也。谷風梶之助は奥州白石城主。片倉小十郎抱なり。今に片倉家に子孫ありと云苗字は小島とかいふよし。

 谷風。或時浅草辺を通りしに白奪ども集り居て。関取の紙入は取られまじ。若とり得る者あらば弐分ヅヽの賭事にせんと云出しける。 我取るべしと云者あり。驚き見れば清吉と云男也。
 此清吉。先年九紋龍といへる角力の腰さげを奪んとして投殺され。ヤツト蘇生せし故。仲間てかれを異名し。九紋龍清吉といふよしなり。
諸人止めて汝は一度投殺されし身分ならずや。此度は又九紋龍にまさりし谷風に投られなば存命叶まじと嘲り笑を。清吉は耳にもかけず。ツト駈出し。 谷風の跡に付二三町も行しが。ヤガテ小声にて。関取関取と呼。谷風振向。見なれぬ男故。少し不審の面色也。清吉。谷風に向ひ。私は白奪にて候が貴辺の紙入取れまじくと仲間どもと賭いたし候間。 何卒少々の内御借被下間敷やといふ。谷風黙頭。よしよし今少々我に付て来るべしとて。御蔵前伊勢屋四郎左衛門方へ行四郎左衛門大のひいきなりしとぞ番頭に金五両かり。 紙入の内より有用の品とり出し。右の金子を入。清吉に与へ。わろい借し物なれども。梶之助が懐中に金子なしと云れては。さもしゝと云けるとぞ。

 九紋龍身の丈七尺余久留米侯の角力なりとぞ。いまだ取出来の時。高輪辺の酒店に行。栄螺の壺焼を十六七も喰ひ酒三升計り飲て酔たる気色もなく。 腰懸にて酒屋の亭主と咄しをしながら栄螺の蓋をとりて。指の先にて二に折。又重ねて四に折ては捨折ては捨。右のごとく十六七のふたを附木などを折ごとく四宛に折て仕舞けるとぞ。

 雷電為右衛門は谷風の門弟後西の方大関信州小室の産なり。孝心深き男にて未だ在所にありし時。親の為に在より宿へ酒を買に出。常に樽を持て歩行ゆへ。異名を樽吉とつけられたり。 或時百姓ども集り。畠の脇にある大石の邪魔になるを穴を堀て埋んとせしが。十八人かゝりて動かず。其所を樽吉通りかゝるを百姓ども呼かけ。吉よ少し手伝呉ぬかと云。樽吉心得。立寄て。先各除き給へ。 われ動して見むとてヤツト声かけ。十八人にて動かぬ石を穴の中へ転し込ける。人々驚き。又かれを異名して十八人力と呼。叔父なる者と同道して江戸へ茸を売に出。浅草辺にて叔父にはぐれ。 途方に呉れて居たりしを。アル陸尺の欺て。雲州侯其頃の大守殊の外角力御すき也へ連行し所。めづらしき代表なりとて。彼陸尺に御褒美三十両給りぬ。 扨又叔父は樽吉を見失ひ。あなたこなたと数日尋ね歩行。ヤツト雲州侯の角力部屋へ行。捜し当見れば。最早八丈の小袖など着し居たるとぞ。叔父。段々樽吉の身分を申。役人中へ嘆きける所。 尤なりとて雲州侯より小室の領主牧野家へ御懸合に及。親元へ金百両くだされ。御貰被成しとぞ。彼六尺は三十両貰い徳なりしとぞ。

 雷電。段々出世し京都へ上る時。東海道大井川にて川越男。雷電に向ひ。関取越しませうかと云。雷電不審り。我に向ひ越ませうかと云は如何様覚ある奴ならんと思ひ。 越して呉よと云。彼者。心得候とて。雷電を肩車に乗せ。軽々と川を渡り行。真中頃にて。ウンと重みをかけければ。彼者下より。関取笑談成るなと云て。格別恐るゝ様子もなく。 さて易々と渡り越ければ。雷電もあきれ。先賃銭の外に褒美をとらせ。又一盃飲すべしと云。彼男。喜び連立て酒店に這入。両人快く酒汲かわしけるが。側に姫胡桃と云もの盆に盛りてありけるを。かの男とりて指の先にてひねり。 中の仁を出し喰ひ。これは肴によき物也と云。雷電。密に袂のうちにて潰し見るに。随分つぶれる故。どれと云て彼男のするごとく。ひねりて喰ひけるが。世には大力の者もある者なりと。 雷電の咄せし由にて。小室の藩。大和田多仲と云人の物語り。

 或年紅毛人。石町の阿蘭陀物渡世する見世に宿をとりて。当時日本にて名高き人は何々ぞと問ふ。谷風梶之助。俳優には市川海老蔵なりといふ。 何卒見たき者なりと頼し故。段々人を以て両人へ通じ。旅宿へ連行ける。紅毛人。谷風を見て。われら世界万国をわたる故。大きなる人はいくらも見しが。 いまだかくのごとき五倫五躰備わりし人を見ず。定めし強かるべしとて。大きに称美し。種々の物を谷風に与へしとぞ。又柏莚を見し処。 せうぼくなき親父の羽織を着せしが。から紙の脇に蹲踞したるばかりなれば何の興もなし。されども段々手から手へ頼し故。紅毛人は余程の散財なり。 其後柏莚。紅毛人は何と申たりやと問。谷風は殊の外称美したりしが。其許は少しも誉ずと云。柏莚又。今一度逢たきもの也と云し故。紅毛人にかくと言込し処。 紅毛人かぶりをふりて。面白くもなき故いやなりと云。此度は者は遣せまじ。只逢てやり給へとすゝめし故。紅毛人ヤツと得心したり。 此旨柏莚方へ申せしかば大に悦び。日限を定旅宿へ来り。紅毛人の居る坐敷のから紙を人を以て明させ。引足踏込はつたと白眼ば。紅毛人大きに驚き。 倚子から下へ転び落たり。扨上手なるものなり。これに衣裳を付。面をぬらば定めしおそろしからんと。此度は一方ならず称美したりと云。

《寐ものがたり》

 万力助三郎は甲州の産なり。丈高からず肥満して髪の毛薄く大菊石て鬼のごとき顔色なれども。至て気のよき男なり。わが父。 角力はきらひなれども如何なる事にや。此万力と相口にて。折節来り。父の机の脇にせつなそうなる形にて畏り居るを。胡坐かけよといわれても最初はかゝず。後堪がたくなれば胡坐もかきし也。 万力咄しに。われらを贔負して被下方よと申は世の中に一人もなし。たまたま金子など呉る人あれば其時。重ねて途中にて御目に懸らば助三郎と声かけられ被下るべし。 われら物覚あしく御見忘申。御挨拶も不致候ては失礼也と兼て断り置と云。又手柄咄しなどしたる事なし。土俵に上り相手のうしろを見れば纔三尺計り。仮令鬼にもせよ只一つきと思ひ。 又わが後ろを見ればやはり同じ事也と云て笑へり。ばつちといふもの一切はけずと云。一日歩行ば直摺きれる故。股引ばかりはくよし也。 或時新宿へ行。寐て居し所。廊下にて女郎ども集り笑ひ居る故。何事やらんと密に覗見れば。いつか股引を持出し。片々へ両足踏込二人してはき歩行て居たりと云その肥満思ひやるべし。いまだ我家へ来らざる以前。 窓下を通るを母の見かけ給ひて。あれ化物のごとき者が通るから御覧ぜられよと。祖母を呼て見せられしが。程なく門に案内を乞者あり。 出て見れば今の化物なり。忙りして。どなたと問ば。万力助三郎で御坐ります。
 万力。幕の内になり。戸田川鷲之助と改。後師の名を継て。勢見山兵右衛門となる。

 朝の雪勘三郎。二段目なり。後玉垣と改。年寄に成る。松浦侯の抱なり。或時朝の雪。万力宅へ行見れば。 新らしきふくさ唐紙にて張しふすまに河豚を画しあり万力自画なり。朝の雪。これに賛してはいかにと云。 万力悦び。書て給われと云。則筆とりて。
 ふぐといふ濁りをとれはふくと読むとくと見なさい目は金の色

 桟といふ二段目の角力を因州の抱なり大関にして田舎をとり歩行。 稽古の節四五人の揉て。桟大きに労れたれども。大関と成て居る故。サアイサアと云。 又一人揉。大きなる声を出し。どといつてくるしみ居るを見て。
 とつこひと大きな声をかけはしの因州因州と胸のくるしみ

 田舎にて大尽の許へ角力大勢招かれし時。彼大尽。茶の湯などせるのが高慢なりと見へて。茶の湯座敷など見せ。又茶を好る者あらば点て遣らんといゝし時。
 茶の湯より飯の湯をすく角力取

 藤の戸亀吉後湊川と成二段目大笑談もの也。常に勝と粟餅の曲搗の真似をせしが。或年。相撲上覧被仰出たり。年寄共角力を呼び。卒忽なき様にと厳敷云渡。藤の戸密に。 仮令角力構れても例之曲搗は致也といつて居たり。扨上覧も済。其後藤の戸に逢。曲搗致せしかと問ば。なんぼ我等でも負ては餅も搗かれずとて笑けり。

《寐ものがたり》

 わが叔父は大角力好なり。後には土俵へ上り。年寄の居坐して見物せり昔ヨリ素人ニテ土俵へ上りしためしなしといふ。其頃角力を好者。 一橋の奴といへば誰知らぬ者もなし。八丁堀地蔵橋。太田玄達法眼。これも角力好にて。荒馬大五郎といへるが贔屓なり。其頃東大関は阿武松緑之助。西大関は稲妻雷五郎。いづれも横綱免許一人土俵也。 或年正月の事なりしが。叔父風与法眼の許に行ければ。口上茶臺とか云事アリて。茶利屋新吉大津屋古石富本麓太夫。其外大勢寄集りて居たり。法眼其時。これはよくこそ被参たり。今日調度かくの通り景物茶番催せし故。 其許にも致されよ。題は角力がよかりなんといふ。われらは加様の事不得手のよしいへど。なんでもよし。一られよといふ。然らば致して見んとて表へ景物を買に出て。火打箱一来れり。 扨順を定。一番誰。二ばんたれとて致せし事の面白も有しが皆忘れたり。一覚たるをいわば。雀の千声鶴の一声といふ題にて。皿に鮒の雀焼をうづ高く盛り。これが則雀の千声なり。 又岡持に鯉を入。釣竿を添て。これが則つりの一鯉なりとて出しぬ。扨其次は。煎豆に花と申題を頂きました故。諸方の植木屋をたづねましたが。どうもいり豆に花の咲たるは御坐ません故。向島の平作方へ行ましたら。流石は平作。煎豆に花の咲たが御座ました。 夫を求て参りました。則御覧に入申すとて番太郎にて売そら豆の油煎にしたるを竹串にさし。根には少々草をあしらい鉢植にして出しぬ。扨此次は角力といふ御題を頂きましたが。なかなか手も存じませぬ私なれば。只其真似ばかりを御覧に入ませうとて。 火打を持出し蓋をとり中を覗て呼出し。火無し東。又附木をとりて。いほの松いほの松阿武松。又石をとりて。いし西。又鎌をとり。カチカチと二打て。 稲妻稲妻。

《寐ものがたり》

 田舎と云る男。さそくのよき男にて色々の事を案一枚画に出し流行らせる。 或時。三組の盃といふ物を拵へける。是は。当世に名高き文人。其外碁将棋糸竹の道迄も撰み。其内最達したるを三人ヅヽ出しけり。 仮令ば。狂句師祖山株木縫惣などゝ撰しなり。三箱元より田舎と善かりしが。三組盃おのれが名をのせざるを憤り。さまざま誹謗せしを。田舎きゝて笑居しが。又或時。田舎工夫して神仏相撲図といふものを出したり。 三途川の姥四ツ谷と翁稲荷四日市とすもうをとり。其外の流行神は皆たまり扣居る。その中に呼出し奴。うしろ向の図にかやうの紋を付しは三箱とみへたり。 扨。上の処に角力取組の如く筆太に書しは。世に憚る事を隠してそれと知られるやうにせし也。譬ば。遠近山北町奉行遠山也南町奉行牧野。田舎。 三箱の許へ来り。此絵はいかにと言て一枚与へける。三箱見るより。その趣向には頓着せず。只わが姿のありしを見て大きに悦。是は必流行べしといふ。神仏の角力になんでわが身の這入しや。一円わけもわからず。たゞ錦絵に出たるを悦びけるもおかし。

 田舎。右の絵のことにつき。奉行所呼れ。神仏角力と申絵を出せしは其方なるやと御尋。私なりと云。遠近山とはいかなる訳ぞと尋られ。都て加様の品は遠近張りませんければもうけに相成ませぬ故。 其縁起にて遠近山と為書候也といふ。然ば三柏とはいかに。恵比寿さまの紋所なりと答ければ。馬鹿者めが。あれは蔓柏だぞと言て叱れたりと。田舎笑ながらかたりき。

《寐ものがたり》

 大山梅五郎弟子。岩井川逸八といへる相撲は三段目のかしら所まで取。此逸八。狐を呼法を知て居たり。 相弟子のすもう。酒宴などの節。呼て見よとすゝむれば。先一人よりに立せ一坐の者にはヲンタラヲンタラと唱させ。 扨逸八は印を結び呪文をとなへると。かの寄に立し男。色々種々の真似をなして面白しとぞ。又低頭平身などせる節は必ず位高き狐の来りし時也とぞ。 或時狐を呼て居し所へ平岩といへる相撲。外より酩酊にて帰り来り。何此やろうと言しま。かの寄に立し小角力の天窓をくらわせければ大きに怒り。 平岩にむしやぶり付て。どふしても放さず。平岩も困じ果ければ。逸八平岩に向ひ。辞宜を致し首をさげ給へといふ。 其如くにすれば。忽怒りとけたりしとぞ。岩井川は筑後柳川の者なり。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp