後は昔物語
《後は昔物語》

○これは遠からぬことにて。扇屋に岩こしといふ傾城あり。此こしは七こしの越の字なれども。いはこすといふ名のあるゆゑに。 文盲に聞へてわろし。墨河が心は。岩こすといふ名に近きをもて。思ひよりたるかしらねど。それは案じ違ひならん。 あらたに御所に参りたる婦人に。名を付よと清少納言に仰ありしに。此女。琴をよく弾るなれば。 琴柱の名どころに思ひよりて。とみに岩こすと名づけしといふ事ありき。巴屋のいはこすも。琴をよく弾て。 初めて斯く名付たるや。さもなくつけたる名にや。其事は聞かず。○唱へにといひならはしたる所と。 といひならはしたる所とありて。をざゝ原。うき島原。あさぢ原の類あまたあれども。 何の原何の原と云は猶多し。角力取の和田原。はじめは和田の原と云しが。近き年比は和田が原といへり。 もじが関なども。もじの関なるを。がといひならはせり。和田が原ほど。耳には立ず。参議篁。和田の原と。小児も覚たること也。 これに限らず。角力取の名。傾城の名。誤れること多し。和田の原といふより。和田が原といへば。強く聞えてよし抔いふ評議かも知らず。 桟に。シの字を送りたるもをかし。さんともかけはすともよむまじきを。また傾城のむつきなどもをかし。
我若き頃。すみ町の和泉や二朱屋也に附廻しの女郎にて。まつとしといふ有。松年といふ心にもあらず。 行平の歌に。文字にて待つ聞かばといふを。字のたらぬ故に。し文字を入て。引延たる虚字なるを。待としと付たるもをかしきに。 禿をきかばといへり。其後又。附廻しの女郎出て。これは和泉きといひ。禿をとてかといへり。此歌は和泉川といふいづみの。 いつよりいつ見きとてかといふ事を。いづと濁りたる拙し。かゝること算へも尽きず。

墨河…「墨河は扇屋宇右衛門の俳名なりとあり。」頭書あり。
太字は原文傍線なり。
いつ見き…いつに傍書「何時」あり。

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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp