落噺顋懸鎖
《落噺顋懸鎖巻三》

  有の儘
さる剱術の師範。大の高慢にて。弟子どもと道の物がたりの序に。己が流義を自慢するに。弟子共ハたゞヘイヘイと聞ゐたるに。 づに乗て。某が流義ハ。凡日本広しといへども。外に類なき流義にして。故に古今無双流と名号たり。 世に武道の流義さまざまあれども。只剱法の一つのミにして。合戦の場にいたりてハ間に合がたし。 当流に於てハ。まづ第一ニ。兵法軍学を旨とするが故に。鎗術長刀弓馬術鎌くさり棒礫打うでをしすねをし枕引居角力組打しころ引草摺引に至る迄。 何一ツとして武の道に洩たる事ハござらぬといへバ。傍より弟子ハ忙果て。火術も武道の内でハござりませぬか。 イヽヤ。火術ハ大筒小筒。其外火術方とて。別にあるじやといへバ。 弟子わらひながら。先生の御流儀にも。少しハてつぽうもこもり升な

《落噺顋懸鎖巻五》

  商売ハ商売
ことし大角力ありとて。二条の川原にて小屋をかけ。諸国より力者あつまりけるが。勿論晴天十日の興行。 来る二日吉日にして。東西に部屋をわかち。行司木村何がし軍配をとりて。うやうやしく土俵の上にたち出。 四本柱天まく等のいわれをのべ。ならびにすまひの古実等をものがたり。左りの方によりてひかへけるに。 呼出しの奴。扇をひろげて東西よりよび入れば。げにや。ばせをの句のごとく。秋のからにしきのごとくに。 各おもひおもひのまわしを〆て。土俵入のはでやかなること。ものにたとへていふべくもあらず。こゝに京三条のほとりに。 ごふく現銀見世をあづかりし番頭。元来すもふずきにて。尤力も人にこえたりければ。一生の思ひ出にかゝる大ずまふの中へとびこミ。 たとへなげころさるとても一番取て見たしと。兼ておもひゐたりしが。此日も早天より見物にきたりしに。 初くち中入大ぜき等すミてのゝち。しかるべき角力とりの出たるを見て。ひそかに仕たくなして待かけ。 呼出し扇を上げ。西はよしの山よしの山といふよりはやく。土俵へかけ上り。飛出なりとて。よしの山と組合たり。 吉野山ハこがらなれどもすまふとり也。こなたハ大男なれども素人なり。組合たち合のもやう。見るかげなけれバ。 見物ハミなミな声たてゝ。おけやいおけやいと声かくれども。さらに聞入ず。暫しもみ合いたりしが。 吉野山はかの男の左りをさし。ヱイヱイとこえを出し。土俵ぎハまでおしてゆき。手がるにつき出さんとするときに。 かの男ハ。アツト一声さけびながら。身をひねれば。よしの山はおのがちからにはづミをうち。土俵より一間バかりむかふへどふどころぶ。 見物ハおもハずしらず。いちどにどつと声をあげ。ヤンヤヤンヤとほめけれバ。行司ハうちハを上たれども。 かの男が名のりなけれバ。かちずまふ現銀かけ直なしトいへば。見物どふりでまけおらなんだ

挿図に「しもふた。またやられた。こふいふてハまけをしミのやうじやが。 まけぬまけぬトいふわけハ。此本をよこのほうからミると。こちがかちじや。あいつを天井へほかしあげたのじや。 ナンと御見物がた。えらい力じやあろまいか」「ヤアこれわいサのサ。 ミさんせ。このくらいなやつハ。おちやのこだ」「行司わあい。 まけたまけたのおわかしさまヨ。へたなさかいでまたまけた。ヤアとこナア。よをいやサア。サヽ。なんにこツちやいナア」詞書あり。挿図の土俵は円なり。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp