落栗物語
《落栗物語下冊》
松江少将は所領十八万石余の主にて。おかしき人なりけり。或時親しき人々を集るとて。今宵は化物の饗をし侍るよし云ひやられければ。
怪き招きかなと思ひながら皆打つれて行ぬ。館のさまいつに変りていと静に設けなし。常には目馴ぬ前栽の竹の間より細き道を開き。
ひとつの東屋を建たり。其所のさま物さびていと淋しげ也。主もいまだ出逢ねば。客人達打向ひ物語し居たり。
夜寒の風の身に沁むまゝに。灯火暗くなりたる時。放出の方より。清げに引繕ひ半臂着たる小法師の。梨地の托子に白がねの茶盞をすへて持出たり。
近く寄来るまゝによく見れば。面の色赤みてゑも云わず見にくきが。眼は大にて額の程にたゞ一ッ付てあり。
人々驚きけれど。兼ねてのあらましなれば。念じて見居たるほどに。座中の人に茶を引渡して入ぬ。
とばかり有て。身の長七尺余と見ゆる童子の。かたちは太く逞しけれど。眉のかゝり目見なんどはいと幼くて。
年の程十六七と見ゆるが。柳の衫着て瓶子に土器持て出たり。此度は堪えかねてあれば。いかにとどよめき騒ぎければ。
彼者打笑ひて引入ぬ。やがて主の少将出来て数々のもてなしあり。各興に入ける時。前の事を問ふに。少将はたゞ知らずとのみ答て其夜は止ぬ。
後に聞ければ。彼小法師は少将の領地の山里に住けるかたは者。童は出羽国の相撲にて釈迦と云者也。
年は十七に成けるが。身の長は七尺三寸有しとぞ。少将は此二人の者を得しよりぞ。かゝる招きをばせられける。
此釈迦。京へ上りて鴨川の東にて相撲せし時。近衛舎人共見に行て。高き桟敷の上に居て釈迦を呼。盃をとらせしかば。
其下に寄立て酒を飲しに。首のほどは上に居たる人より高く見えしとぞ。又。或人此者に向て其骨柄を誉めければ。
答て云様。それがしはかく相撲し歩きて有なん。姉にて候者は今一かさまさりて大に候ほどに。見苦しとてみづから歎き候へ共。せんかたなく候と語りしとぞ。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp