曾我三ッ巴
《曾我三ッ巴第一》

そがの老母ハおに王を御供にて。ちば殿のかりやへ来り給ふ。中げん共立出。今日ハ此かりやへ 諸大名衆を御よびなさるゝゆへ。 さかな物をとゝのへに出ました。老母聞 此中ハせつせつ御心付にあづかりしゆへ。お礼にきた 御客があらバかへらふ。 いや主人がおまへの義を申出しました。先御入なされませと申せバ。老母おに王をつれ かりやの内へ入給ふ。 然る所へ 十郎ハうを売に身をやつし。敵のあんない見んために。かりやかりやをまハり給ふ。中げん共ハ こりやこりやうをや。 だんな方に御ふるまいが有。うをゝ持て来れと 打つれかりやへ入にける どう三郎ハうちハ売と成来るを。 ちばの姫松がへ姫。いもと竹姫ハ 矢の先に文をつけ。にたんの女房もろ共 そりやしかじやと。どう三郎へゐかくれバ。 是ハどうでござります。松がへハ ないないいもとがそなたにほれてゐる。あねがきも入からじや がてんさせねバならぬとの給ふ所へ。 十郎うをかごになひ聞ゐしが。思ハず前へどうどこけれバ。是ハ是ハ十郎様かハつた姿じや。されバ身すぎのため うを買いたす。 やいどう三郎おのれハ云付た所へ行たか。参らふ存ますれ共。あなたがたが御通しなされませぬゆへ すけつねかりやへハまだ参りませぬ。 それでらちがあくかと。さんざんしかれバ にたんが女房きのどくがり。しゝがりのはなしによそへ どう三郎をゐなさんとすれバ。 十郎打かぎをどう三郎がかミのわげへ引かけ。かへさねバ 松がへハ。是十郎様 おまへハ弓の名人。 むかふ成しゝをゐて見やしやんせ。君の仰ならば 畏りました。ないない申た事を がてんでござりますか。 先ゐやしやんせ。そこらハ気を通しますと。弓をゐるとて うしろむいてゐる間に。どう三郎と竹姫の恋をしゆびさせ給ふ所へ 介つね御所の五郎丸かぢ原源太立出。 やいさかなうり まてまてと云所へ とらごぜん出給へハ 十郎ミてきもをつぶす 松がへハ あのとら様ハ心へが有て わしがたの□□□□のためよびました。 そなたがないない 何とぞ。介つね様のやしきへ御出入がしたいと有ゆへ。おもてむきの御酒ゑんのばへハ。 そちがやうなうを売が出る事ハならぬ。かやうの女郎のござるざしきへハくるしうないゆへ。介つね様にめミへをさせたらバ。 やしきへ入時のためにならふと思ふてじや。介つねハ それそれ酒々と云バ てうし持出る。先とらのんでさし給へと云バ。 さかづき取上 一つうけ 半ぶんほし 是うをや。此酒をすけてたも。十郎聞 さかづき持 是ハ介つね様へじや。打つけて仰られにくいゆへ すけてくれとハ介様じや。 さけものめますの うをならば。おもしろうをでハござりますまいか。でけた しうくを云たな。 こゝハのまふと かハらけ取上るを。とらかハらけ打おとし。あほうらしいと云バ。介つねきしよくをそんじ。 扨ハうをやハまぶじや いやしいざまで罷出。さまだけをなす かへさぬぞ。時に十郎 大小取てさし うをやでハない。 そがの十郎じや 相手にならふと。あやうくミへる所へ。そがの母 おに王もろ共とんで出。しづまれ十郎 母がとめるにせういんせぬかとをしとめ。 介つね殿 お久しうござる。私ハかハづがごけ。そが兄弟が母でござる。十郎ハ若い物の事何事をも御かんにんなされて下され。介つね聞 扨ハかハづごけか。 一もんの事なれバ そりやくにハ思ハぬ。やい十郎 汝ら兄弟ハ身をおやの敵とてねらふと有。成程敵じや さあうて なんとうたぬか。 十郎ハ 五郎ハゐず とはうにくるれバ。母ハ 介つね殿詞共覚ぬ。敵の事ハ かれらがおさない時より。 とくと云聞せ置たれバ しつてゐる。こなたでハない。またのがすまふのいこんによつてうつた。それにこなたが敵とハ どうした仰られやうぞ。 されバ 成程かハづハ またのがうつたれ共。身を敵じやと云てねらふと有。武士が敵と云れ 云ハけしてハ命おしむにあたる。 それゆへ敵に成て 相手にならふと云事。こりや十郎 重て 身を敵じやなどゝたハことを申な。かぢ原聞 あのこしぬけが なんの敵をねらいませふ。 五郎丸聞 介つね殿よう仰られた。よしこなたを 敵じやと云てねらへバとて。そりやゑんこうが月 およびもない事。 此五郎丸がじゆつこんいたす内ハ。ゆびをさゝする事でもない。老母聞 こなたがたハゐらぬ事をおつしやる。 介つね殿が敵にきハまらば うたさずにおかふか。十郎が一心を以て打ば 本望とげずしておかふか。 身ひんなと有て あなづり給ふか口をしい。十郎ハ 御尤じや 何事も仰られますな。私ゆへにおはらを立させますと存。 かなしいと はながみにて涙をぬぐひ。五郎丸に打付れバ。やい十郎 なぜ身がつらをたゝいた むたいな事おつしやる。 いやさ 身が一ごんをむねんがり 手でする事ハかなハず。かミくずをあてた。なぜこしにさいた刀でハせぬ。 いやあたつたら ごゆるされ。つらをくハして ゆるせと云てすむかと。十郎がほうげたをたゝき。 さあかんにんハ成まい。十郎むねをさすり 是ハすまふか。じやけうぶかいとわらひゐれバ。いやじやけうでない相手になれといへ共。 すまふはきらいきらいと 云まぎらかせバ。とらハ 是あのやうに云れ かんにん成まい。おに王どう三郎も。 さあ相手にならせ給へとあせれ共。十郎ハ 大事の命 しぬる事ハならぬ。母ハ やい十郎 しね おくれたな。 おのれがやうなこしぬけを 子とハ思ハぬ。七生迄かんどうじや。ゑゝ五郎有バ 此むねんハ見まいに。 かんどうしてくやしい。立かへり かんどうをゆるし しかへしをさせふと。一もんじにはせかへり給ふ。 十郎跡を見おくり。もはや母様にハおかへりなされふと。其まゝ五郎丸があしを取ておつふせ。ゑゝおのれ程 にくいやつハない。 よう母にかんどうさせた。さいぜんハ母のござつたゆへ。もしけがでも有バいかゞと。かんにんのしてゐた。 人をたゝいてよいかと。つらをさんざんに打かへす。とらおに王どう三郎ハ。おでかしなされたと悦ぶ所へ。 五郎大わらハにて はだせ馬にのり。一さんにかけ来れバ。五郎きたかきたか。母がかんどうをゆるさふと云。 かへらせ給ふがあふたか。五郎聞。なむさん まハれバ三里。すぐにうてバ十八丁。ちか道をきたゆへ 道がちがふてあハなんだ。 はせかへり 先かんどうゆるされふと引かへせバ。侍共十郎を引のけ。五郎丸を引立る。時宗見かへり 兄ひとりでハ跡が心もとない。 先おのれらをと 馬よりとんでおり。さんざんに打ちらせバ。介つねをはじめ 皆ばらばらとにげちつたり。 おのれ介つね のがさふかとかけ入を。十郎おさへ。かんどうの身でハ 敵打てもうつたにたゝぬ。 立かへりゆるされて 一所にうたふと云所へ。かぢ原切付る五郎其まゝひつつかミ。おのれをそがへのミやげにと。馬へ引のせ たゝき立てかへりける。 兄弟が心の内ぞゆゝしき
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp