損者三友
《損者三友》
ふみ月は。かくとも尽じ此郭の。名さへ五つ葉の松といふ。またれて遠きよすがさへ。つもりてちかくなりけらし。
うしやあつさのさへぎりて。あせにながるゝあだし名も。今は昔と流れゆく。遊客素見とりとりに。船でおすのは堀へつき。
駕籠は馬道中たんぼ。名におふ寺の前もゆく。ことにこよひは灯籠の。かわりてはつの夜はときく。いざいちはやく見ばやとて。
かのすき人らかたらひて。すゞしき風をせなにおひ。ゆくやしかまのかちすがら。いそげどおそき牛込や。吉田屋にこそ着にけれ此吉田ヤはふなやど也小玉が池の三だら連の狂歌師船主と云おとこなり九九船ぬしさんどうだ船主よくいらつしやりましたトそこらを見ていつもとりひろげてきたないこつたサまづこちらへ御上リ被成ませ今日はどちらへいらつしやり升ル九けふは色々ずるけの用がつどつたから先ツこちらへむけて出やした時にわつちをたれぞ尋ねて来た者はなかつたかへ主イヱどなたもいらつしやりませなんだト奥の方をむき今どなたもいらつしやらなんだのう奥から女房の声でイヱどなたもいらつしやりませなんだ主いらつしやりましなんだまづ一ふくめし上りませ九そんならちと是をト上りたばこなど出シのまんやとする折から○外から茂志ヤ此間は主今日は御揃ひでどちらへか志けふはコヽト色々用事で出やしたお玉が池で御障もないのかへ主左様デござりまする此間海上の夏の月のひらきもござりまして勝負づけも山伏町まで出して置ましたが両人イエまだとゞかなんだ御手元に有ナラちよと主こゝらにトたんすのあたりをさがし一枚しはだらけニ成たのを出し私も大はたきさ両人見る志此間は青楼はどうだ主此間ト奥の方に気をつけ三四日の居つゞけで大にしくじりました此男客についておひおひ楼にのぼるのおのこなり日々下タ町づき合にて一ト通りの山の手者にあらず九とかくいつも御逗留だの志かた丸さんは相かわらず唐琴かへ堅丸は神田也唐琴は鶏舌也主此間は大よどとやら承ました両人御逢のせつよろしくへ主畏ました志時に今月も御会は船で被成ませ主船もようござりますがあとの月も何かに拾三両ほどの入用で何かあとでつまらぬ物になりました船斗なればいくらのことでもなけれども夫からそれへでもはや披講時分は見て廻しといふものあなたの方の先生なども御不機嫌でござりましたろう夫からが芸者さわぎつまらぬ物でござりました両人そうでごぜしたろうわるくすると其内にはむしくいができたがるこまつたもんだ主大キにそうサ九そんなら茂志公モめいりやせうはかまはこゝで預ケとしやせうか志何此儘サ主最いらつしやりますか九そんならもしわつちどもを尋ねてきた者がごぜいしたらちと道よりがあるから先キへゆく今朝手紙でいつてやつた先きで逢ふといつたとおしやつてくだされ主畏りました志おたまが池でよろしくへ九わつちもへ主よくいらつしやり升た一向御草々でまた御近イ内に両人又此間にト出る
小玉が池…「小玉ガ池内神田ノ地名」頭書あり。
三だら連の狂歌師…「三だら法師旗本の用人ノ隠居俗名清野一葉」頭書あり。
船主…「水遊亭船主」頭書あり。
両人見る…「舟主が歌は 夏の夜はあくまもなきにわたつみの舟のとまもる月のすゝしさ」頭書あり。
かた丸さん…「千首楼堅丸」頭書あり。
先生…「橘洲先生のコト」頭書あり。
《損者三友》
そ滝川さんがいらつしやり升た妙ヤおいらん此間は御遠々しふ滝アイ と会釈する志九ヤおいらん是も会釈アリ ○といふは内滝川は表のかたニ座つく新造きせるなど出ス滝奇妙へむかい今日はだんだん富今日は妙先ツおいらんもおひおひ御快ウて。
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何とやら物とやらといふよりさきへ一ツあげませうとサ フシ
月夜がらすの声斗一ツ上ケませう何ぞといふとじきに一ツあげませうでござりまるチツテンツンツンテン一ツ上ケませうお玉東十をばちでこそぐる九もしおいらん此めなみをわつちがおもらい申やすつれていつて子ニいつチヤス滝アイおあげ申しいせう富おいらんがあげるトサいゝかメイヤ志まづこゝへきや富それきやとサ アイと茂志がひざの上へ来る志ちさいもんだ九髪はたがいつたメおいらん富何たれの事でもおいらんだと申イスはネ東みなおとなしいことでござります富利口ナ子でおざりいして頃日も内からあんじておかア様ンが見に参りイしたれば内よりはこゝがイヽといつておかア様ンが帰つたあとでおかア様ンにはまづあアいつてやつたもんだと申いスはネ六ツでおざりいすはネ妙でいぶ子供でも世事をいふネ志りこうなこつた九時に東十何そめづらしい上方のしやれをあんじてきたろうどこどこで遊んだ東京でも大坂でも遊んで参りましたがつまらネイもんでござりまする先ツ第一上方はかぶろもわかい者もへんじが大変でござります亀治やハアヽヽヽヽヽヽヽヽイヽヽヽヽヽヽ権助権助ハアヽヽヽヽヽヽヽイヽヽヽヽヽヽ私は呉服やかとぞんじました皆々そんなにもあるまいと皆々笑ふ東イヱサ誠のことでござりまするあちらに暫おるとうつりそうでなりませぬ時においらんト滝川にむかひ花扇様ンにも京で御めにかゝりました妙どこに居る東酒井様ンの京都の御留守居衆のおかみ様ンでござりまする滝はてナ 是は此御留守居江戸勤の頃吉原へきた時分追々東十をよんだなるべし今度上京ニつき金の壱両もせしめ漆と出たのならん東夫についておかしいことがござりました何とかいふ茶やで御めにかゝりましたが花扇様ンのおつしやるにはとかく江戸で一通りのちかづきのやうにして花扇であつたといふことをかくしてくれろとおつしやりましたから随分其通りニいたしまして両方できがようござりました所を其茶やの下女が何か持て参りましてハイ花扇さんとやらかしまして大キニぶつこわしましたもはや是もでいぶそうじやさかいしんきじやわいノフニ御うつりでござります志大坂などは江戸者にはへこむそうだの九なんだこゝなといふ詞におぢるとネ東とんだ事はすゞみでござります船で大さわぎニさわいで参り升ルと橋の上から悪たいをいひ升やかましいはわいらはあほうらしいなんのことじやなどゝ口々にいひますからぐつとかんしやくでなんだわいらは橋の上からぐどぐどとやかましいわへだまつてひつこみヤアがれそうそうしい夕立にあつた天の川じやアあるめいしすつこみヤアがれとやらかすと橋の上からそれヤなんのことじやきこへぬわへきこへざアだまりヤアがれ馬鹿しいと大平楽をやらかすと橋の上からいひぶんがイヽうぬらにやかまわぬわやいトサこちらからきこへざアだまりやアかれにへこんでうぬらニヤアかまわぬがおかしうござり升とんだとこでござりまする時に何かうまそうなものがござりまするト竹村の細巻のせんべいをやたらニ喰ふ皆々もせんべいニかゝるおそよは下から茶のいれたのを片手ニぼんニ茶碗をのせ持そへきたる九でいぶ其酒は上戸だのおいらアたのもしい東あなた様も御酒をめしあかりませぬか今日は御そろひで御酒がおきらいでござりまするト此内皆々へおそよ茶をついで出す東私は酒はきらい菓子も少しばかりほかたべませぬホ私が酒が参りましたト茶をめつたニついでのむおいらんの御座しきなどへめいりますると先ツおいらんの御手水なとの御留守にちよんの間にそこらをさがしますると御菓子だんすなどにさがしあたりまするそこでまずうまそうナやつをはら一はい盗んでくいのふたをもとの通りちよいと〆にしておきしらん顔で居まする何ぞの時夫からおいらんちとナあまイものはござりませぬかなどゝやらかしまするとそこでまたくだんの御菓子だんすが表むいて出ますとこれはけつこうナ御菓子などゝ申てまたはら一はいくいなどはどうでござりまする皆々笑ふといつた様ナやすい男ではござりませぬ富モウこんどからアゆだんはいたしいせん東私がことではござりませぬ。
おかしいことがござりまする私は角力がすきでござりますが九先頃の芝の大角力の比は大かたまだ帰らなんだろう東左様でござりまするざんねんをいたしましたいつも角力を身に参ります時は小重へ飯をつめ其間へかばやきを入又飯を入又かばやきを入めしを入レて蓋をぐつとつよくして大どつくりへ茶を入て持て参りまするイヽ時分ニかのめしの蓋をとると近所へかばやきの匂ひがほんといたしまするニ大どつくりをさわがし升から近所の者も見て居まするちとあがりませぬかなどゝ茶碗を出スとさきはなんでも酒の気でうけるついでやるぐつとのみの茶のやつさ私は腹の中で大わらいをして居まする大喰は私斗りでもござりませぬトおたまニゆびざし此子達もよくくいますじんぜうナ顔で七八はいづゝ喰ますそれだから俄に成とはじめ七八日はひだるいめをして向ふがわ時分はよくおどりますがモウこちらがわのこゝいらへきた時分はもはやはらがへつておどりが身にしみませぬむごいことでござりまする玉馬鹿らしいよしてくんナ東イヱ本のことでござりまする俄もイヽがおまんまがたべられぬトサ私が頃日もそう申ことでござりまする此子たちは色事はきらいおとなしい子だかきずが一ツ有と申たればそれはなんだといふこつたからとかく大食だ是がきずだと申ことでござりまする私どもは俄の出前でもなんでも随分よくすゝみまする玉うそばつかりいやだヨウそ俄もことしは早イそうでござりまする東九月初からはじまりまするとやら夫れが能ふござりませう俄の寒く成つたもはじまらぬものでござりまする此子達もフシ
何とやらして物とやらトおどるまねをしてあとで手にいきをかけてあたゝめる真似をしてしこうざまがわるうござりまする御見物の御客様がたもト身をふるへ火ばちニあたりながら見物の躰をしてゆびざしこちらのがよくおどるノフ またふるへるまねをするつまりませぬ皆々笑ふ滝川はにこりにこりと最前より笑ふ斗九万里もかみにいるそうだネ東左様でござりまするまん里はもはやとんとあつちのものニなりきりましたながくいたら引づりこまれそうでなりませなんだ九どこで逢たへ東伊勢で逢ひました九フウ其時だの万里が伊勢ニいたは三月ト四月か東左様でござります四月でござりました九伊勢の芝居へ出ていたようニもきいた東左様でござりましたそよ左様ならモウいらつしやりませぬか三人能ふごぜいせう妙モウ何時で有ふネそもはや七ツでもござりませうなどいふながら皆々身ごしらへをなし口々にいろいろのはなしをする滝川は新造禿を引つれさきへはしごをおりるつゞいて皆々どさどさとおりる伊八はきものをなをす三人ともおりたつ
よそほひ…「此よそほひ三美人の一人ナリ」頭書あり。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp