筱舎漫筆
《筱舎漫筆巻之二》
○刀剣夜話
(中略)
さめのこと心得あり。よきものかけむとせば。莫大の費あるべし。因てこゝにたとへあり。角力にていふべし。
上の角力の入り口なる処より。本中のつめの方見処あるごとく。なまなかに拵へたるやうなる一のさめかけむよりは。
却て二のよき処のかた。心きたなからずしてよろし。されど人々の分限なれば。幕の内とか。関取とかなどは格別なり。
また二のきれをもはなれてぬりたらんは。却ておくゆかし。とにかくにさめにはおごるべからず。
《筱舎漫筆巻之七》
○金石角力
おのれ兼てこのむことなれば。金石角力とてたはむれに作りたりしを。惣輔といふ好事の人ありて。こたび板にゑれるなり。
世にいでなばさぞ鄙俗なる態ぞと人も笑ふべけれど。惣輔がものせしなればいかゞはせん。
《筱舎漫筆巻之八》
○国画復古
冷泉為恭といふ人あり。狩野其同の子也。今年歳十七なるが。才いみじく画尤工なり。狩野家の画風をこのまず。
眼を千載の上につけ。大納言金岡の風を慕ふ。幼穉より皇国の古画をこのみ。漢土の画法をいとふ。
応天門画巻をはじめ。法然画伝にいたるまで。其くはしきこと。衣服。調度。家居。人事はさらなり。
一草。一木にいたるまで。すべて精神をこめて観たることなれば。この屋根障子は春日験記にあり。
この器物衣冠は年中行事にあり。この松桜は一遍上人。この菫萩は加茂祭など。衣冠。装束。甲冑。
刀剱。馬具。舟車の類にいたるまで。これはあの巻物。あれはこの画詞など。すべて暗記ならざるはなし。
いま世の中に皇国の画法は。只土佐家のみとなれるやうに。誰もおもひをるを。北人傑出したれば。
和画再び起りて。地におちざるべし。此人の見て腹にいれられたる画巻左のごとし。
(中略)
相撲節会 同
(中略)
此外。いまだ目にふれざるものはあまたあるべし。巻物ならで粉本類は数しるべからず。ことにゆかしきものは。
冷泉家に写したる山水屏風なり。先金岡時代のもの疑なし。余も一度其物を見たりしが。人物のさまは興福寺なる野見宿禰の画のごとく。
打見てはさながら漢人なり。家居ありて内に貴人とおぼしきあり。酒瓶など又帷幕めくもの。真にふるめかし。
人のもちたる器。尤古雅なり。松。さくら。柳。水鳥。山岳。海水。すべて古色あふるゝがごとし。
又狩野家なる犬追物の模本は。則山楽の親写にて。当時豊臣家の命もて画きし屏風の粉本なり。
此真物の半帖。いま書林勝村氏に蔵せり。希世の珍なり。
同…狩野家。
《筱舎漫筆巻之十一》
○蜻蛉群集飛行
弘化三年丙午六月十七日。浪花人雲鶴と云角力取来りていはく。只今不思議なることを見たり。島の中辺通行せしに。南の方より空中を真黒になりて飛行する物あり。
間近く来るをみれば。皆赤とんぼうにて。数万群集して北をさして行けり。往来の人々。皆あきれて是を見る。
いかなる事やらむといふ。其時ふと。斉明紀の童謡のことをおもひ出しけれは。昔も蝿数万飛行せしことありと答へければ。
満座の人々。夫はいかなることやと頻りに問まゝに。日本紀廿六巻。斉明天皇御紀。六年十二月の条に。
十二月。天皇幸于難波宮。天皇方随福信所乞之意。思幸筑紫将遣救軍。乃勅駿河国造船。其船夜中無故艫舳相反。
衆知終敗。科野国言。蝿群向西飛踰巨坂。大十囲許。高至蒼天。或知救軍敗績云々。此頃専ら西洋船来侵すの評区々なり。
意あらむ人は可思事なり。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp