助六所縁江戸桜
《助六所縁江戸桜》
上るり
思ひ染たる五所。紋日待日のよすがさへ。こどもが便り待合の。
辻うら茶屋にぬれてぬる。雨の箕輪のさえかゑる 巻橋助六さん。その 皆々鉢巻はへ 助六このはちまきの御不審か 上るり
この鉢まきは過しころ。
由縁のすぢの紫の。初元結をまき初し。初冠の若松の。まつのはけさきすき額。つゝみ八町風そよぐ。草に音せぬ塗りばなを。一ツ印籠一ツまへ。二重まはりの雲の帯。富士と筑波の山合ひに。
袖ふりゆかし君ゆかし 助六君なら君なら 上
新造命をあげまきの。これ助六の前わたり。
風情なりける次第なり ト段切にて。上るりきれる 皆々ヤンヤヤンヤ 巻山助六さん。
ちやつとここへござんせいなア 巻絹誰やらが待兼てゞあらうぞへ 皆々早ふこゝへござんせいなア 助六どふでんすどふでんす。
いつ見ても美しいお顔。そんならぶしつけながら。わつちやア割込だよ 皆々サア。
ござんせいナア 助六冷ものでござい。御免なさい ト長床几へ腰をかける。
女郎。てんでんにきせるを出す 皆々サア。烟草のまんせ ト一人一人にとつて。名々。助六に。きせるを遣る。助六。
迷惑なる思入して 助六この様にめいめい御馳走に預かりまして。しんぞ火の用心が悪ふごんせうぞへ 皆々なにを 意休君達の吸付たばこをいつぷく給べたい 巻山お安いことでござんすが。
きせるがござんせぬ 意休それほどあるきせるを 巻絹アイ。
このきせるには主があるわいナア 意休そのぬしは誰だ 助六わしでごんす。何ときついものか。
大門をぬつと面をだすと。中の町の両側から。近付の女郎の吸付たばこが。雨のふるやうナ。ゆふべも松屋の見世へ腰をかけると。五丁町の女郎の吸付たばこで。
せいもん見世先へきせるを蒸籠のやうに積んでおいた。女郎づかをにぎるものは。これでなければ嬉しくねへ。大面だなぞと味噌をあげても。大きなつらをしても。かふいふ事ア金づくじゃアならねへだテ。
撫附どの。誰だか知らぬが。きせるの用なら一本かして進ぜやう 意休それはかたじけない。然らばその味噌なきせるをいつぽん借ませうか 助六かして進ぜませう。
トきせるを足に挟みつきだし○サア。もつてござらぬか。どふでんすナどふでんすナ 意休ハヽヽヽ。立派な男だが。かわいやてんぼうそふナ。
足のよく働く麩屋の男か。そのやうなことをして。男達で候のと人をおどかすか。惣じて男達といふものは。第一。正とうを守り。不義をせず。
無礼なさず。不理屈をいはず。意気地によつて心を磨くを。まことの男達といふ。理非を辨まへず。ちよツくらをはたらく奴をば侠客といふとかへ。
廓に絶ぬが地廻りのぶうぶう。耳のはたの蚊も同ぜん。手のひらでぶつ潰すぞ。したが虫のこと。何をいつても馬の耳に風。まゝよ。
蚊遣に伽羅でも焚ふか 助六変動常ならず。敵によつてへんくわすとは。三略の詞。相手によつてあひしらひが違ふ。来つて是非をとく人はこれぜひの人。
大きな面をひろぐ奴は。足であひしらふ。不礼咎めをひろぐと。下駄でぶつ。ぶたれてぎしやばると。ひつこぬいて切る。これが男達の意気地だ。誠の男達の。
啌の男達のと。ならひもでんじゆもないは。引こぬいてから竹割にぶつ放すがをとこだての極意。誰だとおもふ。
ヱヽつがもねへ 意休ドリヤ。一ツたべふか トこれにかまはず。男達に酌をさせて。
酒をのんで居る 助六女郎衆。このごろこの吉原へ蛇が出るぞや 女皆々ヲヽこわ 助六イヽヤ。怖い蛇じやアねへ。
面はりきんで総白髪。髭があつて。然も市川左団次に似た蛇だ。このへびがかわつた事の。毎晩毎晩。女郎にふられても。恥をはぢと思はず。通ひつめる執着のへびだ。
こいつが時折ふし伽羅をたくだ。なんの為に焚くと思へば。そいつが蛇に虱がたかる。伽羅は大禁物。人目に至りと見せふとは。
イヤ窮屈な奴だ トこの時。奥にて。いぜんのくわんぺら門兵衛 門兵いやだいやだ ト湯上りの形にて出て。これに。いぜんの若いもの。茶屋の若いものついて出る。跡より。遣手お辰も留ながら出る。門兵衛。
こなしあつて 門兵おきやアがれおきやアがれ。くわんぺら様がかふをこつちやア。矢も楯もたゞはおかない。女郎めらを出せ出せ 若モシ。くわんぺらさま。どふしたものだ。野暮らしい。
お鎮まりなされませお鎮まりなされませ 茶若マアマア静かにおつしやりませ 意休くわんぺら。何を小言をいふ トこれにて。門兵衛。
意休を見て 門兵こりや親分でごんすか。聞てくださりませ。悪い奴は遣手めだ。こゝへ失しやアがれ。うなア女郎の二重売をしやアがるか。太いやつだ。これぢやアすまねへすまねへ お辰モシモシ。
何んの事でござんす。太い細いのと。ヲヽ怖 門兵ヱヽ。うぬは人を馬鹿にしやアがるか。これ。やい。このくわんぺら法王様が。御酒宴の余に。風呂に召さふとの御託宣。おれが思ひつきは。女郎を一所にいれて。
背中を流させやうと思ふ心あつていつたに。お受を申したゆゑ。先刻から風呂に己たつた一人。待どくらせど女郎めら。ひとつとりもうしやアがらねへ。おらア湯の中で半ぶんとけた。惣仕舞ひにした。大つぶをかふしてもいひか。
ふん張めらをきりきりここへだせ。のこらず湯壷へたゝきこんで。女郎の白湯づけをかつこむぞ 巻山モシモシ。
くわんぺらさん。お前ひとりが客さんではなし。ふん張呼はり置て下さんせ 巻絹そりや腹をたてやうとも。横にせうとも。お前の腹じやよつて構いはせぬが。
ふんばり呼はりやめてもらおふぞへ 巻橋やめさんせぬと。口へ大戸をたてるぞへ 新造アノ。悪てらしい面わいナア 同ほんに。
可愛らしいところは未塵もない 巻山アレ。アノ顔わいナア 皆々ヲヽ。笑止 門兵だまりやアがれふんばりめら。
己が口へ大戸をたてると。鼻の穴の潜りから。自由に出は入りをするわへ 巻山皆さん。聞しやんしたか。アノ悪たいわいナア 巻絹ほんに。
アノ様に毒なことを言ねば。強ふ見へぬと思ふての事かいナア 巻橋そんなにいはしやんす程。うわかぶきがして。
障つたら向ふへのめりそうな男じやわいのふ 新造アノ。下作な顔わいのふ 皆々しみじみ。ヲヽすかや 門兵ヱヽ。
強腹なやつらだ。亭主め。ふんばりめらを皆なここへつれて来い。胴腹へ細引をとうして。五丁町のまんなかで。女郎の百万遍をくるぞ 巻山ほんに自由さうに。
女郎が数珠つなぎになるかいナア 巻絹アノ。腹へ細引を通すといなア 巻橋アノ愛敬のないことを。
見て笑わんせ 皆々わあいわあい トはやす 門兵うぬらは笑つたな。イヤ。笑ひ清め奉まつつたな。
もうゆるされぬ ト滅多無常にさわぐ。皆々。これを留る。この騒ぎの中へ。向ふより福山のかつぎ米吉。饂飩箱をかつぎ。例の形りにて出て来り。
門兵衛につき当る 門兵アヽ。痛い痛い。野郎めまちやアがれ 米吉アイアイ。これはおゆるしなされませおゆるしなされませ 門兵なんだ。
お免しなされませふ。うなアけんどん箱をぶつゝけて。御免なさいとは。ここな蕎麦粕やらうめ。たれ味噌野郎の。出しがらやらうめ。うなア己が目の玉へいらねへか。
うなアうなアうなア ト胸倉をとつて。こずき廻す 米吉ごめんなされませ。女郎さん方。お詫なされて下さりませお詫なされて下さりませ 女皆々門兵衛さん。
堪忍してやらしやんせいなア堪忍してやらしやんせいなア 門兵イヽや。ならねへならねへ 皆々助六さん。
詫事してやらしやんせいなア詫事してやらしやんせいなア ト口々にいふ。これにて助六。門兵衛の手を捻上げる 門兵ヲヽ。
イタイイタイイタイ 助六大事ない。早くゆけゆけゆけ 米吉アイ ト花道へ行ふとする 門兵待ちやがれ待ちやがれ 助六ハテ。
よふごんすよふごんす。馬鹿な奴だ。早くゆけゆけ ト米吉。立ふとする 門兵動きやアがると。たゝき殺すぞ 助六ハテ。よふごんす。堪忍してやるものよ 門兵やるものよ 助六ハテ扨。
かんにんしてやりなさいよ 門兵なんだ。遣なさいよ。やりなさいがいやだ。やりなさるめへが堂する 助六ハテ。高が手に足りる奴じやアねへ。大人気ねへ。堪忍しなさい 門兵さつきツから。大分しやれる奴だが。
うなア己を知らねへな 助六これはどふしたものでゑす。この方を知らぬ者があるものか。この吉原はいふに及ばず。この江戸には隠れはねへ 門兵知つてゐるか 助六誰だか知らねへ 門兵おきやアがれ。
こいつア人を上たり下たりするナ 助六うぬが様な安い野郎を。誰がしるものか 門兵こいつア恐れ多いことをぬかすわへ。己を知らぬと吐すからは。ムウ聞えた。今日が吉原の宮参りか。こりや赤子ツ子に知らせると。疱瘡のまじなひになる。
耳の穴をほじつてよく聞け。これにござるが己が親分。通俗三国志のきゝもの関羽。字は雲長。髭から思ひ付てひげの意休殿。その烏帽子子のくわんぺら。関羽のくわんを取て。くわんぺら門兵衛さまと云腹ツぷくれだ。
うぬが傘をとれ。イヤサ。その天窓の鉢巻を引たくつて。三度礼拝をひろげよ 助六ハヽヽヽ。縁起をきけば有がたい。然し貴様の長ぜりふの内。気の毒な饂飩がのびる。馬鹿な奴だ。
はやくゆけゆけ 門兵やらねへやらねへ 助六先刻にから詫をしても。やらねへやらねへと○ハヽア聞へた。貴様はひだるいの。調度よい時分にかつぎめが来たに依て。
どさくさ紛れに饂飩をして遣らうとな。はて遠慮深い男だ。そんならそふといつたがよい。竟済むことを。己が振舞ませう。トうどん箱より。
うどんを出して銭はおれが遣る。こりやア精進か 米吉イエ。なま臭ふござります 助六お精進かは知らねども。
私しが給仕じや。いつぱいあがれ 門兵いやだは 助六ハテ。りきまぬものでごんす。
胡椒を入れて。ト門兵衛の鼻の先へ胡椒をいれる。門兵衛。くさめをする○サア。一ツあがれ。私しがくゝめて進ぜやう 門兵なんだ。
わしだ 助六ムウ。私しサ 門兵うぬが鷲なら。おらア熊鷹だ 助六ムウ。くまたかの長範。
貴さまは手が長いナ 門兵おきやがれ。おらア否だ 助六そんなら。
これ程にいつても否か 門兵いやだいやだいやだいやだはへ 助六すきに仕やアがれ ト饂飩を。門兵衛の頭からあびせる 門兵きつたきつたきつた トこれにて福山のかつぎ米吉。
逃ては入る。若い衆大勢。喧嘩だ喧嘩だと騒ぐ。この中へ。いぜんの白酒売新兵衛。棒をもつて出る。朝顔仙平。門兵衛の帯と脇差をもつて出て 仙平親分親分。仙平が来やした。まづ帯を〆さつしやい〆さつしやい トこれにて。
帯を〆め。わきざしをさし 門平ヲヽ。仙平か。口惜ひ。不意を擲れて。きづは浅いか深いか。見てくれろ見てくれろ 仙平これこれ親分。疵は何処もござらぬぞや 門平なんだ疵がない。ト天窓の饂飩をとつて○イヤア。
騒ぐまい。驚くまい。切れたと思つたら。こりやアうどんだ 仙平置ツしやい 門平ぶちのめせ ト若い衆。大勢。棒を振上る 助六なんだ。
棒をふりあげて。どふする丁稚上りめら。その棒がちつとでも障ると。死人の山を積むぞ 皆々ヤア 助六棒をひきやアがれ 皆々アイヽヽ ト静まる 助六ヤイ。
青二才め。三才やらうめ。子細らしいやつだ。凡そ親分門兵衛さまに刃向ふ奴は覚へがない。それにマア。親分のあたまへ饂飩をぶつかけたな。せめて三十二文もりなら不肖もせしが。親分を見くびつて。よく二八をぶつかけたな。
この上は。この奴が了簡ならぬ。己が手にかける。己が名をきいて閻魔の小遣帳にくつゝけ。ことも愚かやこの糸鬢は。さとうせんべいが孫薄雪せんべいは己が姉。
木の葉せんべいとはゆきあひの兄弟。塩煎餅が親分に。朝顔せんべいといふ色奴だぞ。野郎め。うぬをかふ ト助六にかゝる。
助六。尺八にてたゝく。仙平見事に投られる 門兵せんべい。どぶだどぶだ 仙平これなる木の根にけしとんで。思はぬ負をいたしたり 門兵角力の勝負は知らねども。木の根は正しく 仙平ヲヽ 門兵ここにあり 皆々おきやアがれ 門兵野郎め。
重ね重ねの曲手廻り。汝アマア。何といふ野郎だ 助六いかさま。この五丁町へ脚をふんごむ野郎めらは。己が名をきいて置け。まづ第一をこりが落る。
まだよい事がある。大門をずつと潜ると。己が名を掌に三遍かいてなめろ。一生女郎にふられるといふことがなへ。見掛は小さな野郎だが。胆がおつきい。遠くは八王子の炭焼ばゞ。
田甫のはつかけ爺い。近くは山谷の古遣手。梅干ばゞアに至るまで。茶呑ばなしの喧嘩沙汰。男達の無尽のかけずて。終に引けをとつた事のねへ男だ。江戸紫の鉢巻に。髪はなまじめはけ先の。
間から覗ひて見ろ。安房上総が浮画のやうに見へるは。相手がふへれば龍に水。金龍山の客殿から。目黒の尊像まで。御存じの江戸八百八町に隠れのねへ。杏葉牡丹の紋付も。
桜に匂ふ仲の町。花川戸の助六とも。また揚巻の助六ともいふ若いもの。間近くよつてしやツ面を拝み奉つれヱヽ 皆々イヤア トこれを聞。門兵衛ふるえる 助六ここな溝板やらうの。
だれ味噌やらうの。出し殻やらうの。蕎麦かす野郎め。引こみアがらねへか 門。仙もふゆるされぬ ト門兵衛。仙平。きつてかゝる。立廻りにて。助六。この両人の刀の寸を取ることあつて。
トヾ。両人の抜刃を投りだし。両人を尺八にてたゝき。きつと見え 女形皆々助六さんの大当り。ヤンヤヤンヤヤンヤ トこれにて助六。意休が傍へ腰をかけ 助六サア。親仁殿。こなたの子分だの何の彼のと言た奴らは。
皆なアノ通り。定めて貴様は堪忍なるまい。切らしやい抜つしやい。どうだナどうだナ○ナゼ物を言ねへ。唖か聾か。抜きやアがれ抜きやアがれ○ハテ。張合のないやつだ。猫に追れた鼠のやうに。ちうの音も出ねへナ。かわいや。こいつは死んだそふだ。
ヨシヨシ。己が引導を渡してやらう。ト下駄をぬぎ。意休が頭へのせ○如是畜生菩提心往生安楽。どんぐわんちん。ハヽヽヽ。イヨ。乞食の閻魔さまめ。 ト意休。あたまの下駄をとつて。急度なるこりやア。
面白くなつて来たわへ。ト意休。下駄をすて。刀の柄へ手をかけ。抜ふとするサア。ぬけぬけぬけぬけぬかねへかト詰寄る 意休インにや抜まい ト刀を納める 門兵これこれ親分。
こなたがそふ弱つては。己らがだいぶん心細い 仙平日頃自慢の兵法は。いつの約にたつのだ 仙。門エヽ。見じめな人だ 意休大象はとけいに遊ばず。鶏をさくになんぞ牛の刀を用ひんや。
意休が相手になる奴じやアない。くわんぺら。朝顔。鼻紙袋の用心しろ。ヱヽ。うぬ ト意休。思入。助六。脇差をぬいて。曲録を切。ちやんと納め 助六マア。
ざつとこの位なものサ 意休ぶて トこれにてすがゞきになり。大ぜい棒をもつて。助六にかゝる。これを切払ふ。この内。意休。門兵衛。仙平。女形その外皆々奥へは入ると。
若い衆大勢。棒をもち。助六の後について来る。この内いぜんの新兵衛も。同じく棒をもつてついて来て 皆々やらぬは ト棒をかまへる。助六。脇差をぬく。これにて皆々。揚幕へ逃ては入る。この事二。三度有て。
この内。助六。悪たい捨ぜりふあるべし。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp