諸国百物語
《諸国百物語巻之五》
十四 栗田左衛門介が女ばう死して相撲を取りに来たる事
加州の御家中に栗田左衛門介とてちぎやう八百石とる侍あり。内儀は同じ家中のむすめにて。かくれもなきびじんなりしが。
ろうがいをわづらひてむなしくなりけるが。左衛門ふかくかなしみてかさねてつまをももたず。三年をすごしけるが。
しんるいよりあひ。しゐてつまをむかへさせければ。尾張より新田六郎兵衛とて五百石とりのむすめ十七さいになるをよびむかへけるが。
三十日もすぎて左衛門。当番にて城へあがりける。内儀はこたつにあたりてねころびゐ給ふに。としのころ十八九ばかりなる女らう。
はだにはしろき小そで。うへにはそうかのこの小そでをきて。ねりのかづきにてまくらもとにきたり。
そのはうさまはなにとてこれにはゐ給ふぞと云ふ。内儀おどろき。さやうにをゝせ候ふはいかなる御かたぞと。
たづね給へば。われは此家のあるじにて候ふと云ふ。内儀きゝて。さやうの事もぞんじ候はで。ちかきころこれへゑんにつき参り候ふ。
御はらだちは御尤にて候ふ。さりながら左衛門どのはさぶらひともおぼへざる事にて候。そのはうさまのやうなるうつくしき女らうをもちながら。
又ぞやつまをかさね給ふ事。かへすがへすもくちをしく候ふ。明るさう天にかへり申さんとおもひ候へども。
女の事にて候へば。しばしのうちは心ゆるし候へと。申されければ。いかにもゆるゆると御しまい候ひて御かへり候へ。
さてさてまんぞく申したりとて。かへられけるをみればかきせるやうにうせにけり。さて左衛もんは城よりかへりければ。内儀。
われにはいとまを給はれとの給へば。にわかにさやうにの給ふはいかなる事にて候ふぞや。しさいをかたり給へといへば。
そのはうさまはさぶらひにあひ申さぬ事の候ふ。本妻ありながら。又われをよびむかへ給ふ事。さりとてはひきやう也。
へんじもはやくいとまを給はれとの給へば。左衛門きゝて。これはおもひもよらぬ事をおゝせ候ふものかな。
はじめより申し入れ候ふごとく三年いぜんに女にはなれてより此かた。そのはうよりほかにつまとてはもち申さずとて。
せいごんたてゝ申されける。そのとき内儀ゆふべかやうかやうの女らうきたり給ふよしのこらず物がたりし給へば左ゑもんきゝて。
さては三年いぜんのつまのゆうれいなるべし。べつのしさいは有るべからず。此うへはわれにいのちを給わるとおぼしめしとゞまり給へ。
いとまはいだし申すまじと。いわれければ。内儀ぜひなくとゞまり給ひける。そのゝち左ゑもんのるすの夜。
またはじめの内儀きたりて。さてさていぜんかたくやくそくなされ候ひて。今に御かへりなきこそうらめしく候ふと申されければ。
内儀きゝ給ひ。そのはうさまは今は此世にましまさぬ御身のよし。なにとてさやうにしうしんふかくまよい給ふぞ。とくとくかへり給へとの給へば。
はじめの内儀申されけるは。ぜひぜひ御帰りなく候はゞ相撲をとり候ひて。そのはうまけ給はゞかへり給へ。
それがしまけ候はゞかさねてまいるまじと。いふよりはやくとびかゝる。内儀もこゝろへたりとてくみあひ。
うへをしたへとかへす所へ。左ゑもんかゑりければ。ゆうれいはきへてうせにけり。そのゝち左ゑもんるすなればきたりてすもふをとる事五たび也。
内儀はこれを物うき事に思ひ。しだひにやせおとろへてわずらいつき給へば。ほどなくむなしくなり給ふ。
今をかぎりのとき。左ゑもんに申されけるは。内々申しまいらせ候ふゆうれい。そのゝちたびたび出で給ひわれをなやましけるを。
おそろしくはおもひけれども。一たびいのちをたてまつらんとけいやく申すうへはぜひなく思ひくらし。
今かくあひはて申す也。ねんごろにあとをとぶらひ給ふべし。此しだいわれらがをやにかたり給ふなとて。
つゐにはかなくなり給ふ。左ゑもんはかなしみて野べのおくりをいとなひつゝかきをきしたゝめ。内儀のおやにおくり。
その身は出家し。しよこくしゆぎやうに出でけると也。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp