対鴎楼閑話
《対鴎楼閑話巻之一》立行之話
諸藝にて天下に名ある人を見るに。皆本道に稽古して年功を積るより至る也。角力は力に拠り。囲碁は勘深きによれば。
是ばかりは修行に因ざる事と思ひしに。其人に聞ば。是亦本法の修行有て天下の名人に至る也。生ればかりにては至極に至らぬ物也と言り。
角力囲碁すら猶然り。何事も修行によらざるは有まじ。才を達し徳を成すに至ては。最修行による事にて。論語中学の功を説殫せり。
書籍に志す人も其旨に達せず。己が生れの才智にて古語の理をほゞ聞分け。或は文字の上に止りて。是を学問と思ふ事世の通蔽也。
凡夫の身を化して聖賢の地に至るといへば。兎角亀の毛の如く驚かぬ者なし。此の如き志の人有は。物に狂ふやうに思ふ也。
智に至りては世俗耳ならず。学べる人も多くは生れ付と思ふ者也。今智の一徳にて修行による事を述ん。
世俗の智と言は智巧の小智にて適々用に益ある事も有れ共。害有事益よりも多し。古人の跡に従ひ大路を行者は。
労せずして遠きに至り。山谷険阻跡なき所に路する人は。力を苦めて終に達せず。是何れか智と言べきや。
器用に任せ宛行にする細工は。墨尺に拠るの早くして善に何れぞや。心を尽して明を用るも。人の心の偽は察し難し。
人の偽は知ず共。己が誠の立ならば明を用ずして明なるべし。是又何れを智也とするや。人の賢を知るを大智とす。
何を以て賢を知るとならば。己修行の位積りて人の賢も見ゆる也。喩ば画を善する人の画の善悪を知り。
刀作人の剣の利不利を知るが如し。古人の跡に従ふにも。墨尺に因も誠の立も皆修行の積より至るなれば。
智の鍛錬に出ると知るべし。故に大智は必学中より生じて。其明日月の照らすが如し。閔子騫は常に智を用ひず。
詞少に有たれ共。徳成て後は言事常に道に当りし也。孔子是を称して。彼人もの言ず言へば必ず当事有と曰り。
大凡今の人誠に道に志すは皆智の妨げを成せば也。其故は孝といへば孝の道は知り。忠といへば忠の道も亦知れり。
人を治め礼を行ふも。我其理に明らか也。疑ばこそ人にも問ん。既に明ならば何ぞ労して人に尋んや。
孔子孟子と同居す共問事更に有べからず。是桀紂が桀紂たるに終る所以にして。今の智を憑む者之に類すと言ふべし。
柳は青しと見れ共。我心にては争で青しと定べき。花は紅と見ゆれ共。道知る人に尋てこそ其色と知るべし。
今に其人有ば従て之を問。其人無ければ書を読て古の聖賢に道を問。文理明らかに成り聖賢の意誠に分り。
己が心にも自得して。さて柳は緑なるを誠に知り花の紅なるに落つる也。此故に真に道を学ぶ人は生の私智を振捨て。
経伝義理中より真智生じ。其光明百千万道と成て宇内に照り弥る也。智の徳修行に因を以て其他を推て知り。
学の功を信ずべし。一度此を信ぜば此人即孔子の真弟子にして顔回冉雍が徒ならん。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp