常盤
《常盤三》
相撲の比ちかうなれは。衛府の君達いそかはしけに参りまかて給ふ。又ことしは西の国よりいみしき本手上り参りて。
右の方はまたきに気しきことなるを。上も左の方の人々も心やましう。あれに立ならはんすまひもかなと。
又国々に召につかはしなとせさせ給はんとするに。日数のほとなけれは。えものほりあへしと人々聞えけるも。
さうさうしき事に上は思し召れしを。召仰も過て。内取あすとての日。東の国よりえもいはすおそろしき鬼か何そと見ゆる最手上りて左大将の方に参れる物か。
いとうれしなといへはおろかにて。すけ達みなつとひて見さはき給ふ。内にもそうするに御気しきよくならせ給ひ。
舞なとも心ことにてあるへう仰ことあり。俄に君達舞し給ふなりとて。所々まとひあへり。召合は仁寿殿に御しつらひしたり。
其日青海波は頭中将うけ給はり給ふ。今一人とめさるゝに立ならふ人有かたく。内の大殿の中将こと人の中にすくれたりとて。
えり出させ給ひつれと。立ならひては出きえもいとおしけにかたてのいみしさにことの外にそ見給ふ。
むかしより聞え置けん花のかたはらの常盤木なと今も人々思ふめり。内の大臣今年より左大将にて居給ふそかし。
亮の君のおしけたれたるいとおしさは心くるしけれと。いかゝはせんにて思す事ある折なれは。頭の君にとりわけ目つけ給ひけるに。
詠はてゝ袖うちなをし給ふに。待とりたる楽の声はなやかなるにそへて。顔の色あひまさりて。あしふみ。
おもゝち。すへて世に見えぬさまのおとろおとろしう光りみちて。打ふり給ふ袖の匂ひもけにそたくひなきや。
大臣は是をよそに見なさん事のさすかにあたらしう。人も我ひかひかしさにそもときなんと。そゝろに心よるやうにおほえ給ふ。
上も涙くましうせさせ給ひ。上達部もおとなしきはみな涙おとし給ふ。殿は唯いたはしうのみ見給ひ。是を院の御らんせぬ事とて。
よゝと泣せ給ふ。ことはつるほとに。青海波の君達二所かゝいし給ふを。たれもみな頭の君の光にそ思ふめり。
つかさ召に右の大殿の宰相中将。中納言にあかりて。頭中将宰相にや。頭には内の大殿の亮の中将なり給ふ。
侍従も少将にや。宮の弁も上達部にて大弁なといひしに権中納言とそ。宰相は中将もはなれ給はすかし。
其外も殿原とりとりにつかさ増り給へる。みな弓場に参りてよろこひのよし奏し給ふ。宰相中将まかつるほと。上の女房の中に。
のほりぬる影をみるにもおり来つる雲の上のみ月に恋しき
天津空なると。たゝむ紙にかきてさしをかせ給へり。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp