うつほ物語
《うつほ物語前田本》としかげ

かくて。なかたゞのじゝう。なにごとにもすぐれ。たゞいまよにたぐひなくぬけいでたる人なれば。 よろづのかんだちめ御子たちも。むこにせんむこにせんと。おぼしあまるは。御けしきとり給へど。 さらにこけひかず。殿にのみあり。ひとしれずおもふことは。左大将にこそ。さるべきよのいうそくはこもりためれど。 又おかしきゝみたりあまたありて。こゝろもやらめ。そこならではあらじなどおもひて。こと心なきなるべし。 としかへりて八月に。この殿にすまひのかへりあるじあるべければ。おとゞきたのかたにきこえ給。 あるじの事すべきに。はやかづけものゝことせさせ給へ。このたびのこと。こゝにてはじめてすることなるを。 こゝろことに。まうけのものなど。いたはりてし給へ。れいは中将よりはじめて。つかさの人。みなろくはとらするを。 ことしはそこにものしたまふと。きく人も心にくゝおもはんものぞ。しふのぬしたちもまうけ給へ。 れいは。中将には女のさうぞくひとくだりづゝ。小将にはしろきうちぎひとかさね。はかまをなんものするを。 このたびは。中将になを。ほそながをそへて。小将にはあやのうちぎ。みへがさねのはかまなどをまうけ給へときこえたまへば。 いさ。いかにすることにかあらむとの給へど。ものゝいろ。しざまなど。なべてのものゝやうにもあらず。すぐれてめでたくしいで給へり。
 三条殿に。殿北方ならびておはします。御だいまいれり。侍従うちよりまかで給へり。 くにぐにのしやうより。こうきぬこのなどもてまいれり。御いそぎのれうにとて。あやうすものかとりきぬなどおほくたてまつれたれば。 みくしげ殿する人。おまへにて。はからひさだむ。そめぐさ。なにくれのこと。庄々のものどもは。 一条殿にもわかちたてまつり給。おはすることはたえてなければ。御かたがたにおぼしなげき。さまざまにきこえおどろかし給もあれど。 すべてたゞいまは。こと人にものきこえむともおぼしたらず。
あるじ廿二日なれば。その日になりて。いとになくまうけさせ給。御前にすなごまかせ。前ざいうへさせ。 あげばりあたらしくうちて。心殿の南のひさしにおましよそはす。うちぎしとね。みなあたらしくせられたり。 めでたき四尺の屏風木丁ども。かたにたてられたり。うちにごたちうなひども。かさねのもからぎぬかざみどもきてゐなみたり。 うないは。あおいろふたあひ。かさねてきたり。おとゞ人にうちに心してあれ。我つかさのすけもはづかしき人ぞや。 左大将のみこ。左のおとゞのみこぞかし。いとはづかしきあたりなりとの給。きたのかたは。ことゞものさうぞくしすぐりて。 びはさうなどおなじこゑにしらべあはせてをき給。左大将。のたまふやう。右大将の三条の家にて。すまいのかへりあるじゝ給へるなるに。 いさゝかのわざするにもかならずいまするを。かしこにし給はんことも。かならずとぶらふべし。さてもこゝろにくき人の。 めづらしくしたまふ所なるを。みならひもせんなどの給て。御とものきむだち。ひきつゞきいでたまふ。 人にゆるされ。けだかくものし給ふ君なれば。おほくの人ゑがきをはす。右の大殿もわたり給へり。 あるじのおとゞ。よろこびかしこまり給。かくてみなつきわたり給ぬ。かむだちめ御子たちの御まへには。 したんのつくゑにあやのおもてまいれり。中少将にはすわうのつくゑ。官人にはみなほどにつけてしたまふ。 かくて御はしくだし給。御かはらけはじまり。すまひいでゝ。いつ手む手ばかりとりて。ほ手いできて。 ぬのひきなどするに。あるじのおとゞ。さうぞきをかれたることどもをとうでさせて。あてあてにたてまつり給へれば。 をのをのとりてかきならし。心みたまひて。つまおぼえてしらべられたる御ことどもかな。人のえせぬはやとの給て。 あそばせぬ。ふえどもふきあはせてあそばす。いとになくおもしろし。れいは。とねりすまひ人などには。しなじな。 ぬのをたまひけれど。ことしは心ことに。みちのくにのきぬをたまはす。ゝはえのあしつけたるなかとりみつに。 あづまぎぬつみて。おまへにかきたてゝ。政所の人さうぞくしていできて。めしたてつゝたまふ。つまひのおさすまひのほてには四疋。 たゞのとねりすまひには二疋たまはす。又この中将少将の御ずい身には一疋づゝ給はす。かづけもの。 ゑがの御こたちに。あかくちばに花ふれうのこうちぎ。きくのすりも。あやかいねりひとかさね。あはせのはかま。 さい将よりはじめて中将までは。あやのすりも。きくちばのからぎぬひとかさね。あはせのはかま。少将よりはじめ。 ゑがのすけたちには。うすいろのも。きくちばのからぎぬひとかさね。はかま。いろおられり。まうちぎみたち。 つかさのぞうまでは。しろきあやのひとへがさね。あはせのはかま。人々の御ともなるつかさある人には。 しらはりのはかまひとへ。府生には。しろきひとへがさね給ふ。けふまいりたる人。ろく給はらぬ物。かつなし。
かゝるほどに。なかたゞの侍従。かづけものとりていまぞいできたる。左大将ひきとゞめ給て。たびたびしゐ給。 侍従。かしこければとて。のみわづらひて。いとをそろしきめをも見侍かなといへば。左大将。わがぬしをゑはしたてまつるも心ありや。 ゑひて。もはらし給はねば。本上あらはし給へとぞや。たはぶれ給て。まことは。かのものゝね。 いさゝかきかせ給へ。けふの御あるじに。この御ことのねせねば。春の山に鶯のなかぬあした。 秋の池に月のうかばぬゆふべになんあるべきとせちにせめ給へば。ちゝおとゞうちにいり給て。 りうかくをとりていで給へれば。左大将とり給て。これにたゞ御手ひとつあそばせ。こぞの五節の夜ほのかにうけ給はりて。 いよいよなかなかなる心ちなんするとのたまへれば。侍従。としごろむげにわすれたて侍しに。せちなりし宣旨のをそろしさに。 からうじておもひ給へいでゝ。ひとてつかうまつりしを。そもそもはかばかしうや侍けんにだにおぼえ侍らず。 いまはまして。かけてもおぼえ侍らず。そのうちにけふの御あるじに。なかたゞが手つかうまつらんは。 よもぎののべにかはづのこゑする心ちなんつかうまつるべきときこゆるに。あるじのおとゞ。すきものや。 なをつかうまつりて。おもきろくやはたまはらぬ。左大将。まさよりがらうたしとおもふめのわらは侍り。 こよひの御ろくにはそれをたてまつらんとのたまへば。からうじて。万歳楽こゑほのかにかきならしてひく時に。 なかよりゆきまさ。けふをこゝろしけることをしらべあはせて。になくあそぶ時に。なをなかより。 かんにたへでおりはしり。まざいらくをまいて御まへにいできたり。ゆきまさびは。大将やまとごと。 みなしらべあはせて。あるかぎりのかんだちめ。こゑをいだしてあそびけうじ給。なかたゞ。れいのごくのてをばひかで。 思のものをひく時に。かくては御ろくもいかゞはせん。なをすこしこまかにあそばせとせちにのたまへば。 しらべかへてひく。おもしろきことかぎりなし。いまだなかたゞ。かやうにひく時なし。おまへにてひきしよりもいみじう。 このこゑもたうへきてならひきたれば。なつかしくやはらかなるものゝ。いとめづらかにおもしろし。よろづの人けうじめでたまふ。 たゞすこしかきいでたる。おとゞのうちひゞきみちていみじきを。ゆいこんごくのみつを。こゑのかぎりかきたてゝひきたまふに。 いとゞありとある人めでまどひて。左大将のおとゞ。ましてあはれがりめで給て。御あこめ一かさねをぬぎて。 御うなじのさむげなるも。かゝればぞかし。
 みな人をうづむもみぢのかゝらぬも風ふく松と思ふなるべし
なかたゞ。
 宮人にかきほの紅葉かくれどもちらせる枝はねたしともみず
なかより。かんにたへずおりはしり。万歳楽をおれかへりまうに。あるじのおとゞ。あこめぬぎ給。左右の大将。 御ことどもあはせて。なかよりゆきまさ。ふえふき。あるかぎりの人。はうしあはせてあそび給。おもしろきことかぎりなし。 大将殿わらはにおはしける時。さがの院の御賀に。らくそんになくまい給名とり給ける。こよひかくあそび人てをつくして。 めづらしきものゝねうはりてめでたきに。なかずみの侍従。らくそんまいて。御はしのもとにまひいでゝ。 おれかへりまう。なかたゞめでしれて。大将のかづけたまへるあこめをうちかづけて。もろともにまいあそび。 なかずみまいていづとて。御さいまつともして。さぶらふ左近のぞうちかまさにうちかづけていりぬ。
かくいとになくあそびて。夜ふけぬれば。からうじてぬすまはれて。えうのふの所におはして。あさましく大将殿のしゐ給て。 きんつかうまいらせ給へるに。こうじにたりとて。御ひめしてまいる。そこになかずみの君おはしければ。 たいめして物がたりし給。なかたゞ。うちにては。ときどきたいめ給はする時侍れど。こまかなることはきこえさせず侍つるを。 いとうれしくもおはしましけるかな。なるずみ。かなはだかしこし。なかずみもきこえさせんとおもひたまへながら。 御いとまもなかめれば。えきこえさせずなん。なかたゞ。うへに候などするおりも。おとゞ一所はなちたてまつりて。 いさゝかあひうしろみ給べき人もなければ。こゝろぼそくなむおぼえ侍を。いかでかたみにつかうかたらひきこえ侍らん。 内にも。このごろはおさおさまいりたまはねば。いかなることにかといふ。なかずみ。いかなるにか侍らん。 みだり心ちあしう侍れば。宮づかへもし侍らずなん。なかたゞ。などさ物せきせ給らん。もしみる人こふる御やまひか。 なかずみうちわらひて。いまはあふひもようなきものをといふ。なかたゞ。まこと。宮にも。ことなるしぞくもなかめり。 きみをふかきちぎりなしてかたらひきこえよとなんのたまはせし。なかずみにもしかおほせられて。 小将兵衛佐。はらからのちぎりなしたり。きんだちもさるちぎりなせとなむおほせられし。なかたゞ。 いとうれしきことなど。かたみにの給て。なかずみ。いといたうゑひてえつぶさにきこえずといへば。 なかたゞ。ひごろおもふたまへつることをとり申つるなん。こよひのよろこびに侍といふ。いま。かの殿にさぶらはむとて。なかずみまかでぬ。
かくてこれかれあそびのゝしりて。夜いたうふけて。みなかへり給ぬ。あるじのおとゞ。北方に聞え給。 ものはよくみ給つや。御子こそなをいと人にまさりためれとのたまへば。北方。いでや。をのれはみしるべき人かは。されど。 御めぞをろしきや。こ君には。天人もえまさらざりけるを。みなゝらひとり給へりけるこそはかしこけれ。 それに侍従おとらずこそ人々おもひためれ。ざえのとくに。たばぶれにても大将の君のゝ給はぬことなり。 春宮ののたまはするにもいだしたてられぬむすめ。とらせんとのたまふぞありがたき。さばかりあめのしたの人の。 きもたえてまどふきみを。しんじちにはあらねど。うれしくこそあれ。北方。さもめでたき君かな。御子どもはたよのつねにもあらずものし給らん。 おとゞ。ひといみじきものぞや。さばかりみだれてはしたなかりつるに。こと人のゑいざまにはにずかしなどの給て。 ふたところうちふし給。侍従さらしへもいかで。御まへにふしぬ。
左大将殿もかへり給ぬ。御時よくあそびていり給。なかよりゆきまさも御をくりしけり。やがて殿ゐせんといふ。 おとゞいり給へれば。宮。などかくをそくはおはしつる。おとゞ。かのみあるじの。いとになくかうざくなりつれば。 みな人たゞいまゝまでなむありつる。あてにこそのみとくに。おもしろうめでたきものをもきゝつるかな。 宮。なにごとぞ。あなうら山しとのたまふ。おとゞ。れいのものゝ上手ども。いとおもしろうあそぶに。 侍従いできなむとおもふに。さらにいでこで。日のくれつれば。いとくちおしかりつるに。夕づけてかづけものよりいでくるものか。 そのかみとらへてゑはして。れいのことひきたまへといふに。さらにきかず。ちゝおとゞうちにいりて。 いとめでたき琴をみてづからもていで給て。なをつかうまつれとのたまへど。さらにきかず。たゞがくのこゑにぞ。 やましさは。ものにかきあはせてはひくものか。いとしづごころなくて。なをあそばせ。ろくに。らうたしとおもふむすめたてまつらんといひたれば。 おりはしりぶたうして。になきこゑしらべて。いとあまたの手ひきつる。すべていふよしなく。ちゝおとゞなみだおとしたらひつ。 げに。はたいとめでたき人にこそあれ。あそびたるさまも。さらにこと人ににるべうもあらず。いかできこしめさせん。 とのたまへば。宮。いかでかれきかん。おとゞ。さらにおとろけにてすべきにあらず。ことををかせ給て。 うへのせめさせ給にだに。てもふれぬひとなり。こよひもをろかにいはましかば。にげなましを。なををのれこそへにたるおきなにて。 ゆるさずせめたりつればこそ。むつかりながらひきつれ。宮。あてこそして。なをひき給へ。ものきこえむなどいはゞ。 ひきてんや。そはひきもしてん。いまおりあらむときとの給。かづけものどもをあなきよらと見給。つれつれにぞ。

こけひかず…うけひかず。
こうきぬこの…こふきぬぬのか。
かた…かたがたか。
ゑがき…垣下にか。
あそばせぬ…あそばせ給か。
ゝはえ…すはうか。
おられり…おとれりか。
たうへきて…くうづきてか。
うはりて…そはりてか。
えうのふ…ゑふか。
まいらせ…まつらせか。
なるずみ…なかずみか。
かなはだ…はなはだか。
せきせ…せさせか。
ひと…いとか。
さらし…ざうしか。
よりいでくる…とりいでくるか。
たらひ…たまひか。
おとろけ…おぼろけか。
つれつれ…つぎつぎか。


《うつほ物語前田本》たゞこそ

かくてこのおとゞ。いもゐさうじをしてへ給ほどに。やまざとの心ぼそげなるとの。まうけ給てうすみ給ける。 そのわたりはひえ。さかもと。をのゝわたり。をとはがはちかくて。たきのをと。水のこゑあはれにきこゆる所也。 ものおもはぬ人だに。もの心ぼそげなるわたりなり。ましていみじき心ちしてなむへ給ける。おとゞおぼすやう。 我世中にひさしくえあるまじきを。せまほしきわざ。我よにしてんとおぼして。まづこ君の御ために。 一さい経。たほうのたうつくらせ給て。くやうし給けり。我のちのわざし給。たゞこそのためにし給。 この世にあらばそくさいとなれ。なきものならば。かのよの道ともなれとて。ありし時つかひしもの。 みなず経にし給とてみ給に。かのやまへいるとて。ものかきつけしこと。とりいでゝ見給に。かきつけたるものを見つけて。 おとゞおどろきもだえたまひて。おもほすことかぎりなし。さて。ひえにず経にして。かひかくして。 もてならししものをや。我めにはみじとの給て。ほとけつくらせ給はむとて。よろづのつはものして。 ちかう人あつまりてわるに。いさゝかなるきずつかず。かねのうへにつゆかゝらんばかりなり。もてわづらひ給ほどに。 おほぞらかきくらして。あめふり。いかづちなりて。このことをまきあげつ。かくおほいなるわざをして。 まちわたり給ほどに。たゞこそをこひじにゝかくれ給ぬ。

給てみ…給てぞか。
ちかう人…ちから人か。


《うつほ物語前田本》さがのゐん

かくて。右大将殿にかへりあるじゝ給ければ。れいのごとなむ左大将殿もおはしけり。さてのちに。なかたゞの侍従。 内よりまかづるまゝに。左大将殿のみかどにきてたゝに。かの殿のさぶらひのべたう藤原のかずちかあひたれば。 なかたゞがさぶらふよし。侍従の君にきこえ給へとの給へば。いりてきこゆれば。なをこなたにとて。 御ざうしによびいれたてまつり給て。たいめむし給へり。なかたゞ。一日あさましくたべゑひて。たいめむたまはりけるを。 いかになめげなるさま侍りけむ。そのかしこまりもきこえさせんとてなんまいりきつる。源侍従。はなはだかしかし。 ひとよのむらいはありもやしけむ。さらにおぼえ侍らぬは。なかずみがゑひこそすゝみて侍けめなどのたまひて。 うつくしくものがたりなどしたまふ。なかずみ。かくひとりのみなむ侍。時々はたちよらせ給へ。まかりかよふ所などもなければ。 つれづれとなむ侍とのたまへば。などかはさはおほする。なかたゞこそうちにまいりよりほかにまかる所なけれ。 きむだちのおはする所はうしのけむぞや。あるじの侍従。なかずみがまかる所。りうのつのにだにぞあらぬやなどのたまふ。 ものがたりなどいとこまやかにして。なをかたみにうしろみどもなどいひかはして。かへり給ぬ。侍従の。 こゝにときどきかくものしたまひければ。おとゞきゝ給て。なかたゞのじゞうの。ときどきいますなるを。 わかきおのこども。つきづきしくもてなしてあらせよや。きむをこそをしへざらめ。ことわざもかのじゞうのする事は。 えあらぬをや。いさゝか。なをものがねなどもきゝならひあられなどの給。なかたゞ。あて宮にいかできこえつかむとおもふ心ありて。 かくきありてになむありける。さてをのづからとの人になりて。ごたちなどにものいひかけなどする中に。そわうの君とてよきわかうど。 あて宮の御かたにさぶらふにつきて。この思ことをほのめかしいへど。つれなくのみいらへつゝあるに。 さてのみはえあるまじければ。おもしろきはぎをおりて。葉にかくかきつゝ。
 秋はぎのした葉にやどルしら露もいろにはいづるものにざりける
とて。そわうの君に。これおりあらばとて。こゝにもてまいりたれば。あて宮見たまふ。

たゝに…たゝくにか。
かしかし…かしこしか。
まいりより…まいるよりか。
うしのけむぞや…うしのけもぞやか。
ならひあられ…ならひたれか。
ありて…ありくか。
かきつゝ…かきつくか。


《うつほ物語前田本》内侍のかみ

かゝるほどに。左大将殿のなかのおとゞに。君だち上達部御子達あまたおはしまして。ものきこしめしなどして。 御ものがたりしたまふほどに。右大将。その日御いとまにてこもりおはしければ。けふうちへまいらで。 こもりものすれば。むつかしうおもほゆるかな。左大将どのへやまうでまし。それは。内々はまさりて。 けうはおもほはん。いざ。中将。三条殿へとのたまいて。われも中将もきよげなる御なをしたてまつりて。 ひとつ御くるまにたてまいり。ちかきほどなれば。ことなる所とき御前もなくてまうで給へり。まづ中将おろして。 こゝに。けふいとまにてこもり侍るがむつかしきになむ。さぶらふときこえ給へり。左大将。まさよりも。 さなん思ひたまへむつかりて。そなたにもまいりこんと思ふ給へつるに。いとかしこしとの給て。みこたちかんだちめひきいで給へり。 右大将おりて入たまふ。みなおましにたてまつりぬ。かくて。おほんおしき。さらにもいはず。ちゞに。 しろがねのかはらけ。くだ物から物。いときよらかにしてまいらせ給ふ。北のおとゞよりまら人の御さかな。 おほみまいらせ給ふ。それにうちつぎて。ふずくまいり。を物などまいらせ給ふ。かくて。御物がたりのついでに。 あるじのおとゞ。右のすまゐどもはまうできにたりや。こなたのはまうでこぬかな。すこしはまうできにためり。 れいのとしごろ。まうのぼりくるおのこども。かずおほかるを。ことしはかずのごとくなむまうでくまじきとしなめり。 まうのぼりたるかぎりは。ことなき物どもなむある。かたちもいときよげにて。たゞいまのちからのさかりなるおのこどりにて。 いとよし。なをつかうまつらんに。すこしみ所あるとしのすまひとどもになんある。れいのまうでくるおのこども。 あるはしに。まるはみのやまひなど侍りて。さるついでの物どもたてまつりあけかくいとよき。左大将。 左のもよしある物どもあめり。ちからつき。ようめうなどもことなきうちにも。ことし。おもふところや侍らん。 こともなく心づかひしてなむ。まうできためる。このなだかきしもつけのなみのり。まうできたり。 まづめづらしきものは。かのなみのりがまうできたることのみなむ有。まらうどのおとゞ。こなたの。 いよのほて。ゆきつねがまうでこぬに。かねまさは思ひつきにて侍り。あるじのおとゞ。ひとひも。 仁寿殿にておほせられしは。すこしよし有わざもしてしがな。おなじくは。いでたらんせちゑの。みどころありてもしなしてしがなとおほせられしを。 ことしのすまひ。かくおのこどもなどおほからねど。さてもありぬべきかぎりあるを。おなじくは。 御心とゞめて御らんぜさせ申てしがなと思たまふる。まらうどの大将のおとゞ。かねまさもさなん思ひ給ふることなるを。 心の。さるべきさまなることをなむ。えおもふ給へいでぬ。あるじのおとゞ。いはでおぼさむに。けしうはあらじ。 左大将。されど。いはではえあらぬ物になむなどのたまいて。われもわれもをとらじとおもほす。 御かはらけたびたびになりて。右大将。こゝにまいり。こゝはむかしこそはづかしうおもふ給しか。いまは心やすかりけり。 あるじのおとゞ。いまは御うしろなすべき人やは侍らん。しかおぼすはときこえ給ふ。右大将。あやしく。 はたこゝにまうでくるは。さぶらひつきたる心ちこそすれとて。
 たちなれてやみにしやどをけふみればふるき心ちのおもほゆる哉
とのたまふ。あるじのおとゞ。
 やみぬともおもほえぬかなわが宿はいまこそ人のたちもならさめ
とのたまひて。御物がたり。むかしのことなどきこえたまう。世の中の心ゆき。なをおかしきものは。 らうある女のなさけあるが。ものいひかゝりなどするが。かの女のいかにせましと思ひわづらへるが。 ものいひかゝりなどするが。かの女のいかにせましと思ひわづらへるが。心とゞめてかきたるふみ見るばかり。 らうある物こそなけれ。むかし。さがのみかどの御とき。承香殿の宮す所ばかりの女をみ給へぬかな。 あやしくめでたかりし人の御心にこそありしか。まさより。いまだ中将に侍し時。かの宮す所。内らんのまかないにあたり給て。 じゞうでんにさぶらひ給かたに。すきたるみすのうちにおはしますに。うちみゆるほどに。さらにたましゐなくなりて。 いかで。いさゝかならんこともきこえてしがなとおもひわたりしに。いかなるおりにかありけむ。 きこえはじめて。のちのちはせめてきこえわづらはすほどに。おぼしわづらふにやあらんと見えしほどの御ふみ見給へしこそ。 よにあはれにらうありしか。まさよりがおいのよに。その御ふミ給へしばかり。 にるものゝあはれなむおもほえぬ。つゐにうとくてやみたまいにし物から。のたまひはなたぬことなどのあれば。 たのみまさりて。いとゞしくたまひしのゆくらんかたもしらずこそありしか。さる女のいまのよにあらじとや。 右大将。いまのよの女のふかくありがたさ御心は。仁寿殿の女御こそおはしますらめ。このうけたまはる承香殿に。 さらにおとらぬ御心なり。かねまさ。げんにあることならばこそとり申さゞらめ。たいだいしきことなれど。 むかしきこゆることありしを。さらにのたまゐはなたで。たのめとのみあらせつゝ。おほくのすきごとを御らんじたるなむ。 いとありがたき。いまに。いとたまさかにきこえさする時ほど。おなじやうなるものから。とほき御心はなをおなじやうなれど。 おほくのすきごとをなむ御らんぜられぬるなど申給ふ。あるじのおとゞ。いで。いづくなりしをか。 まさよりはわらはべのなかよりは。さるこゝろある人はあらん。その承香殿はいとすぢことなりし人の御心をや。 大将。よし。さば。かの御ふみはありや。かねまさがもとにか女御の君の御ふみありしかと申給へば。 おとゞ。まさよりがもとになからんやは。よろづのこと。むつかしうとおもふ時にみ給へつゝ。せけんのことわするゝふみありかし。 右大将。三条殿にして中将して。仁寿殿の女御の御ふみ取にやり給ふ。あるじのおとゞは。左衛門の佐の君して。 むかしの承香殿の御息所の御ふみとりにやりたまふ。この御ふみ。御もとなると。かねまさがもとなるとくらべんに。まづ。 ものかけ給へときこえ給へば。おとゞ。なにをかくべからん。まさより。むすめひとりかけん。をもとにはなにをかかけたまはんずる。 かねまさは。侍にしたがひて。なかたゞをかけ侍らんなど。これかれこどもをかけ物にて。この御ふみども。 かよはしたまひけりなかに。すぐれてめでたきをえりいでし。もち給へりけるを。右大将殿のをば。しろがねのすきばこのいときよらなるに。 しき物などいとめでたし。それにつれて。この殿のを。らうのむしばみなどしたるに。あやけづりいだしなどしたるに。 からくさとりなどゑりすかしてあるにいれて。御らんじくらぶるに。さらにをとりまさらず。 いとひとしきてことば。をとりまさらず。ひとしき時に。あるじのおとゞ。仁寿殿は。うるせき人にこそありけれ。 むかしよりのちの世まではいはゆるさがの御時の女御ぞかし。とそれにことにをとらぬてなど。はしりかきけり。 など。まさよりがもとにおこするふみ。これに思えたるすぢのおもほえぬとのたまふ。右大将。かへりてこの御ふみは。 いまめきたりすぢまどまさりたりけり。持なりとさだめられて。なかたゞをこなたの御のり物に。この殿のもたまへる女をあなたにとりて。 かたみに御こどもをとりたまふ。かくて。御あそび。よろづのものゝこゑかきあはせてあそぶときに。 なかたゞきこゆる。なかたゞ。こゝばくのしやうの御ことなど。物にかきあはせてつかうまつるなかに。 ひとい。ふぢつぼにて。つかうまつりしばかり。おもしろきなむ侍らぬ。かのひめ君。びはあはせてあそばしし。 うけたまはりしに。世間の事こそおもほえざりしか。たゞいまのびはの一は。らう少将こそはべめれ。 それにもあはせてたびたびつかうまつる時はべれど。えかのてにもいださぬてをなむ。いとめづらかにあそばしし。 あやしかりしかば。おさおさものゝねに。あはせがたくせらるゝなむ。よになくつかまつりしを。 かくして。なかたゞが上じゆくるしきてをこそ。になくひきあはせたまひしか。それを。かのあそばすびはの。 あかずおぼえ侍しまゝに。やむごとなきせちゑのために。のこして侍してどもを。のこさずなむつかまつりし。 あるじのおとゞ。まことにたはぶれにても。そこにあそばすしやうのこと。あやしく。いさゝかにてもかきあはせたがひなどもせず。 ともきたまへしびはなり。さるは。女のせんに。うたてにくげなるすがたしたるものなり。ことにならふなども見えざりきや。 いかでするならん。まこと。その日。もとにやはかはにかきたるふみの。御ふところより見えしを。 せちにおしまれしは。たがぞ。まさより。そればかり見たまへまほしき物こそなかりしか。たがぞとのたまへば。 なかたゞがいらへ。あらず。さとよりらうしのものし給ひしなり。あるじのおとゞ。いで。このそらごとなせられそ。 なでう。さとよりは。さまのおほんふみはたてまつれたまはん。心ばへあるべくこそ見えしか。 いとしるかりきや。なかたゞ。うちわらひて。かみをこそはとりあへず侍けめ。なかたゞは。さらにおひのよに空ごとをなむしらず侍。 おとゞ。これをはじめにて。ならひ給ふにこそはあめれなどのたまへど。いはず。かくあそびくらして。 おまへにむまぶねたてゝ。御むまどもにまぐさかはれなどするに。あるじのおとゞ。右大将の君に。 むまのたてまつらまほしくおぼさるれば。はりがはたてさせ給て。みなきんだち御たうしあそばすほどに。 なかじまなる五えうに。みさご。いけよりたちて。三ずむばかりのふなをくひておりけるを。あるじのおとゞ。 かれゐたまへらん人には。このにしのむまぶねのむま。十疋ながらかけんやとのたまふ。右大将。 みなあそばせ。かねまさもつかうまつらんやとのたまふ。あるじのおとゞ。まて。しばし。見しらばあたらぬ物ゆへ。 とりたちなば。けうさめなむ。なんらうへき兵衛のぜうまづ心みてんやとて。あるじのおとゞ。 右大将とまづあそばす。あるじのおとゞは。にしにみやに。かしこくいたはりかはせたまう五尺のかげ。 九寸のくろといひて。なだかき御むま。二かけ給て。左大将殿は。たかやにすへていとなだかき御たか。 ふたつかけ給て。まづあるじのおとゞあそばす。これ御ほいありて。このむまたてまつらんの心にての事なれば。 ことにあそばしあてんの心もなくて。たゞとりたつまじばかりのほどに。心してあそばす。さらにもてはなれたり。 右大将のおとゞ。おいらかにたちはしりあそばすに。さすがごとくに。ていたるハおごめに。 いをとして。いけにいりぬ。けうずることかぎりなし。このまむかへして。御むまをたまはり給ふ。 その御まやのべたうあづかり。二人あそびて。ひかせてまゐる。夜ふけて。右大将のおとゞ。 このかけものゝ九すのくろをひきかさねて。あそびてまかで給て。いりたまふ時に。なかたゞ。とのゝみまやのべたうあづかりよるの人。 このむまをまひあそびて。かの大将殿のみまや人のてよりあそびとる。さて。その御むまをひかせてぞまいれるべたうあづかりに。 なくあるじしたまひて。さい将中将。かはらけとりて。になくしい給ふ。夜一よそのこまをあそびあかして。 あか月がたに。女のしやうぞくひとくだりしらはりひとかさねあはせのはかまひとへづゝたまふ。 かづきてかへりまいるに。この殿ゝ御たか二。殿のたかゐにすへさせて。かへる御むまやの人に。そへてたてまつれ給ふ。 左大将殿は。この御たかは。ゐまひとたびわたり給て。いまひとつのみさごおとしてなむたまはるべきとてかへし給ふ。 右大将。かねまさはみさごをつかうまつり。そなたには中じまのほどよりにあそばしゝに。この御たかはとてなむたてまつれ給ふ。 大将殿に。なさけなきやうなり。しいてたてまつればとて。とのゝたかがひ。こまのがくして。たかどもあそびとりて。 かへるたかゞひに。中将君。かはらけとりて。かぎりなくあるじし給ひて。ほそながへたる女のしやうぞくひとよそひ給て。 かへしたまひつ。右大将。なさけはあくまでおはすかしなどのたまひて。北のかたに。左大将殿にまいりてありつるやうなど。 いとくはしくかたりきこえ給ふ。かゝる程に。左大将殿に左のすまひいとおほくまいれり。おとゞ。ハしたてゝ。 すのこにおはしましてのたまふ。ことし。右大将殿も。れいよりはこゝろことに。ことしのすまゐ。つかうまつらすべきことなりなどのたまふと。 つねよりもいたはりてさらへ。なみのり。かくまうのぼりたれば。れいよりまさるとおぼゆるとしなり。 左大将どのも。なみのりまうできたるをとなむ。のたまふことしありし。あなたのしもつけのほて。 さきになみのりにあひたりしゆきつね。まうでこず。さりとも。かならずまうでくらんとなむのたまひし。 さらでも。左にはいとこともなきすまひども。あまたあめり。あやしく。れいの左右の。とあるにきしろひて。ことごとしき事あるを。 一のにはうらてはてのばにいできなむ。よからんなどの給て。ものいといかめしう。まどころよりてうじてたまふ。 かくて左大将殿も。ろなうことしのすまひは。かたんかたに。やがてすけたちなどいますることありなむを。 さるこゝろまうけせむ。こぬまでも。しかおもひたらんに。まくるにても。なんでうことかあらんとする。 にはかにてあしかりなむ。なをこゝろとゞめてしたまへや。かづけ物などおほくまうけたまへと北のかたにきこへ給ふ。 ま所などに。かくのごとく。つゝくともかぎりなく。きよげなるうちしきなどのことども。まうけさせ給へり。 左近中将たち。はた。かちまけせむほどのがく。つかうまつらせんこと。かつ物ならば。そのあそび人どもすまひ人どもはえらびさだめてんとのたまひて。 いかで。あるじをきよらにせむ。なにごともめづらかにせむとて。大将たちはわれもわれもおとらじなむおぼしける。 そのすまひのせち九日。たてまつりてまいり給ふべき御しやうぞくども。大将のおとゞのも。なかたゞの大将のためにも。 かぎりなくきよらにせさせ給ふ。北のかた。きぬあやふさにとうで。えうぜたてまつり給ふとぞ。中将おまへにまいり給て。 なかたゞ。宮にまいらんとおもふを。えまいらぬかな。大将のおとゞ。なをまいりて。ふぢつぼものに申さば。 なやましさはやみなむ。なかただ。かのつぼねには。すこし心ちしてこそものは聞えめ。みだり心ちのなやましくおぼえんまゝに。 ひがごときこえてははづかしからん。大将。中将のかしこきは。かの君にきこゆることのいらへなど。 せさせたてまつるこそうるさけれ。なかたゞ。それもさらになれきこゆる。左大将どのも。おなじごと。このすまひの事をさだめらるゝに。右にいよのほてまうのぼりたるに。 おとゞいとかしこくよろこびたまふ事かぎりなし。ことしのすまひに。ゆきつねまうでこざらましかば。 左のなみのりもまうできたるに。はじめ。ゆきつね。なみのりにこそはさだまりにしか。それらまうでこぬかとて。 いとくちおしかりつるに。うれしくまうのぼりたりなどおほせらる。
 いよのほて。にえたてまつる。すわうぢんなどたてまつれり。すまゐどもなどにももたす。 左大将殿には仁寿殿ふぢつぼの御しやうぞくのこと給ふ。これは右大将殿にたてまつり給ふ。こゝにすまひ人らあり。
そのひごろは。左右近衛大将。中少将。たゞこのごろすまゐのことをのみ。たの御心なく。ひのちかくなるまゝに。 いそぎて日ゝにまいり給ふ。そのことさだめられなどす。さこん。中将つらずみ。頭かけたり。 平のこれかげ。平中納言殿の太らうもとすけのきみ。ごん少将にふぢはらなかまさ。なだかきかたち人らうざなり。 左近には。なかたゞすくし。ふたりながらさい相にて中将なり。少将にゆきまさ。左大臣殿のさぶらふなかきよ。 むらかたなど。なだかき人々なむ。そのころの左近中将にはものしたまひける。 かくて七月ついたち。このみかど。仁寿殿の大将のみやす所の御つぼねにわたり給て。などか。よべ。 くら人たてまつりたりしかど。まうのぼりたまはずなりにし。あやしく。ひごろたびたびむかへ人をかへし給ふかな。 もし。おぼえゑんずることやある。何ないとをし。御やす所。えんじきこえさすべきことや侍らん。 まめやかには。ひごろ。あつけにや侍らん。あやしくなやましくおもひたまへられてなむ。 まうのぼり侍らぬ。それこそは。まうのぼりたまはゞ。さもおぼされざらめ。まこと。なでうなやましさぞ。 もし。れゐのことか。あなみぐるし。いまはよにもこへなどかいまはすともおもはむ。なつみつのといふこともありや。 まことにこのごろは。さる人あまたものすなり。ものし給ふらん。あはれ。ならはぬ御心ちもおもほさるらん。 それをなむ。たゞいまきゝわづらふ。たれにかおほせられんとすらん。あやしや。いまだおほせひとやはある。 うへ。あぢきなのあいぬす人や。いらへ。さらにこそしり給へね。げになにごとならん。げにしりたまはずや。 つれなくなものせられそ。かくのたまはんからに。右大将うたがはむ。みやす所。ましてこれこそ。人のうへにても。 そらごとゝおもほえぬ。うへ。あやしう心にくゝらうある人なればこそ。さ見つゝある。こと人はかたからんかし。 しりてまどはむことは。そがうちにも。またゆるす所なむある。かの兵部卿のみこ。はらからともいはじ。 すこしみ所ある人なり。まづうちみるにも。かの君を御兄なしてもたうまほしく。さならずば。 われもたらまほしくなむみゆる。ましてすこしなさけあらん女の。心とゞめてかのみこのいひたはぶれんには。 いかゞはいとまめにしもあらん。とみれば。ことはりなりとて。せちにもとがめず。時々のけしきをばものとも思はれずかし。 されどつみまぬかるゝ事どもなむある。そがなかき。おもとに大将あそんならしたまはん。せちにもとがめざまし。 ことはりなりとみゆるところぞすこしあらまし。さらに兵部卿みこ。かへりてくるしき人なり。 みむ人にこゝろとめられぬべきこころありて。きちじやうてん女にも。いかゞせましとおもはせつべき大将なり。 それを。すこし人にまさり給ふ所は。いとふかくなむしりたまはずなりにける。のちはおぼつかなけれど。 御いらへ。あなうたて。さる心やは見えし。こと人をこそ物せらるめりしか。かうのたまふからに。いとあしからん。 ただいひしが見所ありしかば。たゞふみはしりかきたるが。こゝろあるさまなりしかば。あはれなど思ひしなどきこえたまう。 そらごとをのたまふにこそ。さらばうたがひきこえん。なでう。そらごとにかあらん。時々物きこえ。いまもあめるはとのたまふ。 みやす所。いさや。さおもひはるゝ心やありけむなど。しるくみゆることもなかりし。この春宮にさるえふか。 まださとに侍し時こそ。さおもふ事もやあらんと見給へしかときこえたまう。それはたさかし。 いづれのせかゐにか。おとこあるが。あしこいはぬがなかりし。まつはりなき致仕のおほゐまうちぎみ。 たかもとのあそんさへ。いふ事ありけむかし。これになむおどろきにし。あやしくものせらるゝ人なりけりとは。 そが中になむ。いとせちにいふ人々ありときゝしと。なかたゞは。天下にめづらしき心あらん女も。 あれだにすこしけしきあらば。えしのぶまじき人ぞかし。それをいかによそにみては。いかにあらん。 と思ふなむ。いと心にくゝありがたき御心と。いよいよおもほゆる。いまもなをその心うすまじかし。御いらん。さるは。かのあてこそも。みる所やありけむ。 こと人よりは返事せよせまうくは思ひたらざりしを。かのなかたゞもさもやみけん。いとあはれとおもひぬべきことおほくすめりしかど。 まめやかに思ひいてやみぬめりき。地上。あはれなる事もかな。かの中にかよはされけんふみ。いかにけうありけむ。 かれを見ばや。すゞしのあそんのふきあげのはまにものしたりし時に。なかたゞいとせちにらうありしかば。 なをあてこそはなかたゞにとらせ給へと大将にものする事ありしを。いとせちによろこびいふことありしかば。 かならずとらせ給てんやと思かしを。心ざしことなりければ。かくことなるを。いかにおもふらん。 天子そらごとせずといふ事は。なきよなりけりとこそはおもふらめ。あやしく。心にくき所ありて。 はづかしとおもふ人に。そらごとすとおもほゆるなむいとをしき。そのいま宮をやはとらせたまはぬ。 天下にいふとも。えまさる事あらじ。あやしく。みるに心ゆく心ちして。せけんの事わするゝ人になむある。 すゞしのあそん。えこそひとしからね。なをかれはかれとして。これは心ことになんある。まだくらゐなむ心もとなき。 それはなおぼしそ。さらではえもどきのたまふことあらじな。みやす所。いかに。こゝには。ともかくも思ひたまへん。 よろづの事。のたまはせんにこそは。御いらへ。されど。そこにゆるしたまはゞとこそ。いらへ。こゝには聞えさせん。 なにかは。さてあらんに。人などは。にげなく。などいふことはなくやあらんなど思ひたまふれど。 くらゐなどまだたかき人にもあらねば。なをしばしはかくてものし給へとなむ思ひ給ふる。みかど。などてか。女のたゞにてさかりすぐる事のあらん。 さるべき人なくてあるときにだにあぢきなき物。かくよきひとをみては。さてすぐすことのあらん。 位はなをもほしそ。まだとしわかき人なり。つみはまぬかれなむ。そのほどはた。よに人にはおとさじ。 なをさをもほしたれ。よにそしられはあらじ。いらへ。いでや。えぞ思ひたまへさだめぬや。うつほをおぼしいづるにやありけむ。 あなさがな。よにもどきあらんことはきこえじ。なをさおぼしたれ。こよなき位にしなしてん。 たゞいまのみめよりも。かくゞしたるざへに。かたち心などもすぐれば。たゞいまよりおぼえまさるなむ。 宮す所。いまよく思ひ給へさだめてを。さとになどゆるし申されば。うへ。その御さとこそ。よにそしりたまはざらめ。 さてはたのもしかなりなどきこえ給ふ。御だい四たてゝ。ひの御ものきこしめす。 まかなひにもわたらせ給へりき。からうじてこのごろなむすこしおこたりて侍。上。いといとをしきこと。 さらになむしらざりける。いかにあやしき心と人々思ひけむ。そらごとなむいとあしきことなる。 いかゞ人のたゆまざらなどのたまふ。かゝるほどに。かんだちめみこたちなど。みな仁寿殿にまいり給ふ。 殿上人さぶらふかぎりまいれり。左大将。三条院に御くだ物御みきなどゝりよせて。その御つぼねにおほくのかんだちめみこたちなどおはしまして。 御みきまいりなどして。御物がたり。上も。春宮も。ひさしくよしあるわざとす。やうやう風すゞしく。 時もはたおかしきほどになりゆくを。せけんのこともわすれ。心の中ゆくばかりの事も。この秋してしがな。んんさだめ給へ。 人のよはひといふ物。はかなき物なく。いのちあらんかぎりこそ。あらんことを見つゝこそあらめとのたまふ。 春宮。げにおなじくいでこむせちゑどもを。なを御時のめづらしき。ないたいにもしてしがな。 かのふくあげの九日。すこしよしある九日にはなりなむ。又さやうならんこと侍らば。よからんかし。 としのうち。いでくるせちゑの中に。いづれいとせちにらうあり。さだめ申されよや。大将。としのうちのせちゑ。 これをいづれとらうありて。てうはいなどきこしめす時は。いとおもしろく。内えんをきこしめす時も。 いとらうあり。おもしろし。三月のせちゑは。花とくさくときは。いとらうあるほどなり。さて。 なをことなるはなゝどはさかぬ程なれど。あやしくなまめきて。あはれにおもほゆるは。五月五日なむある。 みじかきゆのほどなくあくるあか月に。ほととぎすのほのかにこゑうちし。さみだれたるころほひのつとめて。 あやめ所々にうちなきたる。かのほのかにしたるなむ。あやしくけうまさりておもほゆる。くだ物などのさかりにはあらぬほどなれど。 わづかに時すぎたる物などのあるなむ。いとらうある。せくなどきこしめすときに。はたさらにもますものなし。 七月七日。おかしうはあれど。ことなるおもしろきことはなくなむある。かれもありざまになむ。九日も。 ふきあげを思ふたまふれば。いとこそらうあれ。それよりのちは。五日はをとるとなむ思ふたまへらるゝ。 上。いとようさだめたまふなり。思ひしごと也。さらにとしのうちのせちく見るに。五月五日にますせちなしとなん思ふ。花たちばなかうじなどいふ物は。ときすぎてふりにたるも。めづらしきもの。 ひとへにまじるなむいとおかしき。そこにますものなくなむ。せちするときのまゆみくらべむまもさらにみどころなしかしなどわらふ給ふ。 かく御物がたりし給ふほどに。日ゆふかげに。かぜなどもふかずあるに。人々。すこしすゞしう風もふきいでなむ。 さるは。けふ秋たつ日にこそあれ。しなくみゆるかぜふけやなど。かんだちめのたまふほどに。ゆふかげになりゆく。 めづらしきかぜふきいづる時に。ふ。かくぞいだし給ふ。
 めづらしく吹いづる風のすゞしきはけふ初秋とつぐるなるべし
とのたまふ。みやす所。みすのうちながら。げにれいよりもけふはとく。
 いつとても秋のけしきはみすれども風こそけふはふかくしらすれ
ときこえ給へば。ふ。うちわらひたまゐて。されどまだとにぞ侍る。
 たちながらうちにもいらぬ初秋をふかくしらする風ぞあやしき
そこときこゆるかぜなかりやとの給ふ。左大将。それもいかゞとて。
 とにたつとたのみしもせじあだ人の秋はいでゝもすぐすといふなり
ときこえ給ふ。かきてそこにてひくれぬ。うへうへみかどわたりたまふとて。みやす所を。 こよひだにまうのぼりたまへ。れいの御むかへにたにまつらば。かへしたまはんものをや。いざもろともにとてたち給へり。 宮す所。これもかくしやすき御つかひになむときこえたまひて。まことは。なにかはとて。
 なつだにも衣へだてゝ過にしを
ときこえ給ふ。をのれつらくてとはこれをやいふ。あなさがなとて。はやうとのたまう。まめやかには。いま。たゞいまときこえ給ふ。 れいのかくし給ふなよ。ゝし。さらばみづからもよとてわたりたまひぬ。かくて。かんだちめみな御もとにまいり給ふ。 上よりくら人御ともにたてまつれ給へり。女ごまうのぼり給ぬ。
 こゝにみやす所よなどおはします。大将の君。御こひきつれて三でうのゐんへかへり給ふ。
左大将は。さいしやうの中将もろともに。とのへかへりたまハぬ。こと人は。あるはとのゐにさぶらひ給ふもあり。 さとにまかでたまふもあり。左大将の君もまかで給ふ。むこも。こども北のおとゞにをくりたてまつり給てなむ。 あなたこなたへおはしましける。ものがたりしたまへりけるほどに。上。仁寿殿にわたり給て。こゝになんものする。 しかつかうまつれとおほせありつれば。又そこにまいりて。御ものがたりなどきこえさせつる程になん。ようくるもしらずなりにけりや。 宮。いかに。ふぢつぼにはなにごとかものし給ふ。おとゞ。上つぼねにものせられける。ことなることもものせられざめり。 れゐのあそびをなむせられつる。つかさのさいしやうの中将。みすのもとにて。しやうのことつかうまつりつ。 あてこそはびはをなむすこしかきあはせらるゝなりつる。こゝにものせられしよりも。すこしまさりにけり。 さるいちもちの中将にをとらぬうへにかきあはせなどするに。さらにもどかしかしずや。宮。いかに。 かの中将の思ふらんけしきはいかゞある。をとし。けれをなむみたまへつる。すこししづ心なきけしきなむ。 みなしにやあらん。見えつる。宮。あはれときく人の心にこそありしか。いとせちにおもひたるものから。 さらにあばれたるけしきは見えず。さりとも。はたさおもふらんとは見えつゝ。おなじうはしりかきたるふみの。 おいらかに。人みるともかたはにもあらず。さすがにいとあはれに見えしなり。いとこひしきさいしやうの中侍のふみ。 いとひさしく見えねば。思ひいでられていとこひしくなむ。おとゞ。いまもかしこには。たゆまじかめり。 けふもみたまへつれば。御ぜんにきやうつかうまつりとてさぶらはれつるに。こともなくはしりかいたるての。 うすやうにかきたる。ふところよりすでに見えつるを。みせよや。たはぶれごゝろにこひつれど。 わらひていださずなりぬ。なをけしきあるふみにやあらん。宮もはた。なかたゞ。いまもむかしも。 さる心あなりとしこしめしたんれば。返事ししせられなどするをば。せちにのたまうまじかめり。 ことはりとゆるされたるこそは。この中将はいとかしこけれなどのたまふ。宮。いで。この中将。 このなかにいれてしがな。さまこそをこそはしか思ひ侍れど。おほせらるゝことあるや。なを。 さまこそはすずしのあそんにものせられよ。なかたゞはわれおもふことなんある。すゞしにとおもへど。 ぞうのげんじなり。おなじくはなかたゞを。となむおもふと。たびたび。かのふきあげの九日にもおほせられしあり。きは。げん中侍も。 なかたゞのあそんに。いづこかはおとれる。さらにをとりまさりたることなき人にこそあなれ。おとゞ。 げむ中侍は。いきをほひこよなくまさりたなり。さりとも。けふはおとるるは。人がらはいとひとしきを。 こゝろはづかしげさと。ざえとは。とうの中将はなをまさりたらん。まさよりが思ふか。あてこそに心ありし人々。 これをだにと。兵部卿のみこ左大将のたまふを。げん中将にものしたらば。いきほひによりものしたるにやとおもはれんなむいとをしき。 まさよりは。さらにいきほひもとはべるにはあらず。たゞ。このよにこゝばく。ようめう。らうあるひとのなかにも。 をくれたる人。このふたりこそはあれ。これひとりはとおもふほいなむある。なかたゞの中将をば。 かくおほせらるめれば。宮。なかたゞをば。たれにか上はおほせらるらん。おとゞ。いさや。たれにとおぼすにかあらん。 おぼすことありとおほせらるれば。それもこのすぢははなれじとこそをもほゆれど。なをまさよりは。 このとうの中将こそいとをしけれ。よのつねの人にもあらず。めでたき公卿のひとりごにて。よろづのことこゝろもとなからぬ。 このよの人のかぎりなくあらまほしきになん。頭中将。いきほひはあるまで。げむ中将は。いとめもあやに。 ひとつものなるとみればこそ。ふさいにはおぼえぬ。かならず人々おもふところあらんとおもへば。 人のむこといふものは。わかき人などをば。本けのいたはりなどして。たつるをこそは。おもしろきことにはすれ。 いたはりどころもなくて。本けのはづかしくものせらるゝなん物しき。さるは。いとみどころある人にこそあれ。 このふたりの人見るときにこそ。め。いつゝむつはほしけれとのたまふ。 宮。それは。頭中将をとおもひしかど。さればなりと人にはしらせんむかし。おとゞ。ひとのことには。 さおほせらればなむとはいかゞかたらん。いさや。いかゞせまし。このさまこそ。あて宮の御かはりにと人々のたまふこそくるしけれ。 ちいさくより。とう中将のためにといたはりおほしたる物を。さて。このそでこそちゝこそをばいかゞすべき。 それを。兵部卿のみこ左大将どのにはとこそはおもへど。いといみじうおもひたまへるなかたゞの中将のはゝあるをいかにせんと。 おとゞ。いづれをいかにすべきことぞや。なを見るに。そでこそは左大将のみたうばんによく。ちごこそは兵卿のみたばんにこそはよからめ。 おとゞ。かしこうものたまひあはせけるかな。そでこそは。いとよく。かたちも心も。右大将にこそつくりあはせたれ。 ちごこそは。いといかめしくて。このみたるところこそあめれとのたまふ。みや。この人々いづれかは。 いとみるかいなく。ものしくはある。そがうちに。いとまこそはかいるにもにずこそはおいゝでたれとみゆれ。 藤つぼにはたこしけはおとりたるをや。あてこそは。あやしく。こゝかしこともなく。おしなべてめやすくこそものし給へなどきこえ給ふ。
 ものきこしめしつゝおはします。きんだちみな。なかのおとゞには。十四の君よりはじめ。 あなたの御はらのわか君たち。みなわたりてすゞみ給ふ。
こゝに大将殿みやなどおはします。くにぐにより。きぬいとおほくもてまいれり。かくて。みやおとゞ。くにぐによりまいれるきぬいらんじて。 すまゐのせちの仁寿殿ふぢつぼの御しやうぞく。いかできよらにしてたてまつらん。おとゞ。ろなく御まかなひにことこそめたりたまへ。 さるは。心してよくせられたらんぞよからん。御もなにはすらせたり。からの御ぞどもぞまだせぬなどのたまはせ。 またおとゞのそのひたてゝまつるべきさぞのこと。ごたち廿人ばかり。うす色のもきてあり。うなひどもふさなり。 からの御ぞなどそめさせ給ふ。御紅ぞめは。うちものなどせしところのべたう。だいにおもと。くら人よりしもづかへなどあり。 いみじくものそめさはぐ。
 まどころにけいしたち。いとおほくつきたり。いかにぞ。御ぼにどもはれいのかずさぶらうや。 よしのりいふ。御ぼにははせのよねをおほせにつかはせ。ごげむ。ことしは。わせのよねいとおそきとしなりといふ。
かくて。すまひのせちあすになりて。うちにいとかしこく。まかなひにあたりたまへるみやす所。からゐたちと。 まうのぼり給ふべきことをおぼしつゝ。てつくしたる御けしやうをしおはします。そのすまひの日。 仁寿殿にてなむきこしめしける。なえん思ひたがへたるなるべし。そのひ。あしたの御まかなひには仁寿殿女御。 ひるのまかなひには仁寿殿女御ひるのまかなひには承香殿の女ご。よさりの御まかなひには式部卿の女御。 からゐ十人。色ゆるされ給へるかぎり。色をつくしたてまつれり。かうゐたち。みな日のよそひし。あめのしたのめづつらしきあやのもんをたてまつりつくし。 みやす所たち。まかなゐつかうまつりたまはぬは。うないにてなむさぶらひたまひけり。くら人もみな。 いまの御かどのさかりにものしたまへば。この御時のくら人は。やむごとなき人のむすめども。あるは御せちのくら人あつ。 ざうやくつかうまつりくら人も。さらにおとろへぬかたち。さらにおとらぬしなのものどもにて。 かみあげさうぞくしたるさまもいとめでたし。十四人のくら人。七人御せちのめしくら人。十七人はざうやくのくら人なり。 あるはかうぶりたまはりて。みやらふ。こゑゆるされたる三人。ないしたち。ゆるされぬもいとめでたくあり。 すべて。かしこにつかうまつるべき女。かたちども。仁寿殿にはさぶらふべきよういしてあり。 左右近衛大将よりはじめて。よろづのあめのしたの人まいり給ふ。左右こんのがく人。おりとゝのへてさぶらう。 おもしろきことかぎりなし。みなすまひのしやうぞくし。ひさご花かざしなどいとめづらかなることもしつゝ。 左近のあくうちつゝさるゝふ。かぎりなくきよらなる御かたちども。まして。御しやうぞくたてまつりて。 みなその日。おとこ女。二あひをなむたてまつりける。 かくて。その日。まかなひも宮す所たち。一の女御大将殿の仁寿殿式部卿の女御なり。これたゞいま時の女御也。 仁寿殿の女御。あしたの御まかないにいでたまふ。さらに本上の御かたち。この宮す所ににたるなし。 花ふろうにからあやかさねたるすりも。かいねりのうちぎ。あか色にふたあひがさねのからの御ぞたてまつりて。 さぶらひたまふ。そこばくの人に御らんじくらべたまふに。このみやす所とのみこにてさぶらい給ふ。 みかど。このみやす所を。左大将きこえ給ふことありき。いまもわすれたまふまじとおぼして。 さてはいかゞあるべきと御らんじくらべて。うちとに御めをくばりて御らんじおはしますに。 いづれもこともなきおとこ女にてある時に。上おぼす。この女御と大将と。さてあらんに。なかるまじき中にこそありけれ。 これをおなじ所に。らうあらんところにすへて。なさけあらん草木。はなざかりにも。みぢざかりにもあれ。 み所あらん所の夕ぐれなどありて。ゆくさきをいひちぎり。ふかきこゝろいひちぎらせ。かたみにあはれならんことを心とゞめてうちいはせ。 おかしきさはらせんに。けしうはあらじ。なをきゝ見む人。めとゞめ。みゝとゞめみざらんやは。 見えし。さてあらせてきかばやなどおぼしつゝ。まぼりおはしますに。まかなひうちしなどしたまふにも。いとらうらうしう。 まことに大将の。すまゐのことなどをこなひ給ふにも。いと心ふかきらうのみゆれば。あやしくにたる人の心ざまにもあるかなと御らんじて。 御ぜんに。いとおもしろきをみなへしのはなのあるにつけて。とにさしいだし給ふ。
 うすくこく色づくのべのをみなへしうへてやみまし露のこゝろを
これが心みとき給ふ人ありやとてうちいだし給へば。兵部卿のみことりて御らんじて。心えたまはず。されど御心におぼすことありければ。しらずぎこえにかくなむ。
 まがきよりなゝむらにほふをみなへし野べはいづれもさもやまつらん
とかきて。右大将のおとゞにたてまつり給ふ。されどひとしれぬ心ひとつにおぼしゝことなれば。うへにけしき御らんじたらんもしりたまはねば。 なでう心ならんとおぼしながら。
 をみなへしいやしきのべにうつるともよもぎはたかき君にこそせめ
とて。大将のおとゞにたてまつりたまふ。あやしく。たしいまの御まかなひには。わが宮す所こそさるるひ給へ。 そのおりにしもかくのたまふは。おぼす所やあらんとて。
 ふた葉よりのべにならはぬをみなへしまがきながらをおひのよはへよ
とて。なかたゞのさいしやう中将のかくさるらふにとらす。なかたゞ。うちみるすなはち。らうのふかきあまりに。 思ひよりて。かくかきつく。
 なでしこをならべておほすをみなへしうへては花のおやとたのまん
とかきてまいる。うへ御らんじて。いかにいかに心を御らんじて。ときておはしますに。兵部卿のみこ。 承香殿をおぼしたり。左大将のを御らんじて。あやしくこゝろへたることをものままひたるかとおぼして。 なかたゞを御らんじて。みかど。わらひ給ふことかぎりなし。なかたゞのあそんは。なでう心をかへたるあはとおほせらる。 なかたゞ。ふかくはしり給へざりつれども。はた。そうしたらん。こよなくあらずや侍らん。かしこうそらおぼえするあそんなりやとてわらひてやみ給ぬ。 いまはみなすまひはじまりて。左みぎのけしきいはひそして。かちまけのかつきには四人のすまひ人いだして。 かつかた一二のすまひ。かたびとにとられ給へるみこたちかんだちめ大将中少将かへしたまふ。 十二ばんまで。こなたかなた。かたみにかちまけしたまふ。たゞいまは。こなたもかなたかずなし。 いま一ばんは。いだすべきになむ。かちまけさだまるべき。左にたしな。しもつけのなみのりのぼりてさうに。 なみのりが宮こまうのぼること三たび。こゝばくのとしごろのなかに。ひとたびはつかうまつれり。 ひとたびはあふてなくてまかりかへりにき。雨のしたのほてなり。左大将のおとゞ。左のすまひこれにあふべきはなしとおぼして。 こたびのすまひにぞせうぶさだまるべければ。せめてこなたかなただにいとなみかはしておはしまさむ。 左はなみのりをたのみ。右はゆきつねをたのみて。大ぐはんをたてつゝ。かたんことをねむじ。さらにすまひとみにいでこず。 かくいふほどに。まだひたかし。そのほどに。をものゝまかなひかはりて。承香殿つかまつりたまひけるを。 いまはよさりの御ものになりて。式部卿宮の女御あたり給ふを。このみやす所。ひるの御まかなひに。 なをこたみはつかうまつり給ふ。のちは御ゆづりあらんことをつかうまつらんとて。けふはなを承香殿つかうまつり給ふ。 ゆふかげのほどになる。日のまかなひつかうまつり給ふ。すまひのさかりにきしろひて。かちまけして。 左右さまざまのすまゐいだしてつかうまつらせ。かぎりなくがくをつかうまつる。かくおもしろき。 御らんぜしほどに。まかなひの御やす所のかたちしやうぞく。めでたくきよらなるも。ゑ心とゞめて御らんぜざりけるを。 かくきしろい。しとみかはしていでこぬほど。この御まかなひを御らんじて。ゆふかげにあやしくものゝきよらまさるほどに。 れいよりもまさりてなむおはしましける。みかどの君。この御なたち給ふ兵部卿の宮に御らんじくらべて。 げには。たゞ。ゑみすごしてあるまじき人のなかにこそはありけれ。おとこも女も。かたみに見かはしては。 げにげにげにみはいたづらになるも。われにてもたゞにてはえあらじかし。みるに。おとこも女も。 ふかきらうありけりとも。いとゞおぼゆるかな。かゝるなかの。さすがにいろにいでゝはえあらず。 思ひつゝむことありて。そのなかになでうことをいひつくすらん。このなかには。よの中にありとあることのすこしみ所きゝ所あるはいひつくすらんかし。 かれをきゝみるものにもがなと。これかれをくらべつゝおはしまして。いかで。これにいさゝかなること。 いはせても見せてしがなとおぼす。ものなどきこしめして。けふもまかなひは人々にかはらけ給ふべき物ぞや。 わいても。そこにはいむ給ふ事やあらんとする。みやす所。まかなひのかはらけ給ふべき人こそさぶらはざめれときこえ給ふ。 兵部卿のみこはえきゝすごしたまはで。けふはかはらけのすまひのせちにこそときこえ給ふ。 みかどわらひ給て。さればやめて給ふれする人もあらん。兵部卿みこ。たふるゝかたになりなば。 かつなもなりなむかしとき聞え給ふさま。せちにかへしあまりけしきなれば。あはれに。くるしくおもほゆるらん。 さてあらんに。にくげなかるまじき中にこそありけれ。など御らんじて。 上。御かはらけ女御に給ふべき人なかなるを。げになしやと心みんとてまかなひの宮す所に給ふとて。
 つは物のはらにやどるはつらけれどかたはにみえぬをとやなりけり
とみゆればなむ。とがめきこゑぬとてまいり給ふ。宮す所。たまはりたまふとて。
 かたはなるなのをとやにもきこゆれば思ひいらるゝころにもあるかな
とて。たまはり給て。春宮。とりてひやうぶ卿の宮にたてまつり給ふとて。
 秋のよのかずをかゝせんしぎのはのいまはをとやのかたはにはせん
おなじくは。さてあらんなむよからん。兵部卿。たまはりたまふとて。
 おほとりのはねやかたはになりぬらんいまはをとやにしものふるらん
おもほえぬことかなとて。大上の宮にたてまつり給ふ。とり給ふとて。
 夜をさむみはねもかくさぬおほとりのふりにししものきえずもあるかな
なをいはれそめたまうにたるこそあしかめれとてとりたまゐて。左大将にたてまつり給ふ。とて。
 きえはてゞ夏をもすぐす霜みればかへりて冬のかずぞしらるゝ
右大将にたてまつり給ふ。とりて。
 花のうへに秋よりしものふるなればのべのほとりのくさをこそ思へ
かゝるそらごとおそろしかりけりとて。兵部卿みこにたてまつり給ふ。とり給ふとて。みこ。
 こきまぜて秋のゝべなるはなみればあだびとしもぞまづふるしける
かゝるほどに。ことかんだちめいとあまたまいり給ぬ。たびたび御かはらけまいりて。ひ。さるの時ばかり。 いまひとてのすまひ。こなたかなたさらにいでこず。上よりはじめたてまつりて。かんだちめみこたち。 なをけしきあるべきてなり。こたみこそ。ことさだまるべきたびなれとおぼして。しいてまちおはします。 からうじて。まづ左になみのり。右にいよのほてゆきつねいでくる時。人々。こたみのすまひのかちまけのさだまらんこと。 いとむごなり。まさに。なみのりゆきつねがあひなんては。とみにさだまりなむやいと心もとなくてあるほど。 上。いとせちにらうあり。左にも右にも。けふかたんかたは。まいれる人わかれて。そのつかさの人。 くはんにんのをくりせよとおほせられて。左右とあそぶことかぎりなし。かゝるほどに。なをなをひだりかちぬ。 左より四十人のまい人わかれて。人なをかずしらずいできて。あそぶことかぎりなく。おもしろくあそびせめて。 左大将かはらけとりて。なみのりにたまハて。あこめの御ぞぬぎて給ふ。かぎりなくあそぶに。上。こゝらのとしごろ。 さがのゐんの御時にも。くにしりてのちも。見所ある事なかりつるに。さらにいへ。たゞいまの大将たち。 すこしれいの人にたちまさりたる人にて。こゝろづかひせられけむ。いとらうあるかな。これにすこしめづらかならんすじにして。 かの九日のひとしきすまひになしてん。仁寿殿のすまひのせち。ふきあげの九日ともいはてしがなとのたまふ。 春宮。さりとも。けふこれはやとみゆること。こと人はゑつかうまつらじ。こくばくにならびなく。あめのしたあるかぎりのものゝけふにつきぬるを。 それにすこしたちまさらんことは。すゞしなかたゞなかよりなむつかうまつりいたさん。上。その人々こそ。 心こわき人なれ。さりともいまみんかしとてすゞしをめす。すゞし。その日いとめでたくしやうぞこきてまいれるを。 御まへにめしておほせらるゝ。けふなん。れいのせちゑにゝず。ものゝけうおもほゆるひになむあるを。 けふるいだいのれいになりぬべかめり。おもふやう。いましこしめづらしからんことしつけて。おなじくは。 れいにせん。なを給ふのすまひのこと。よに又あるまじく。ふることなむ思ふ。人のすまじきことをこそはせめと思ふに。 すゞしのあそんと。いまひとりとなむある。あそんのとぶらひにものしたりし九日なむ。もろこしにもなく。 まづらしきれいになりにし。けふのすまひとなむ。またさなさまほしき。かつかうまつりしきん。つかうまつれ。すずし。 としごろつかうまつりしきむ。つかうまつらじと思ふこゝろ侍て。たましいをもかへ。つかうまつりしあなすゑをもすてゝ侍れば。 さらにひき所あるてといふ物なんおぼえず侍とそうす。うへ。さらにそうすまじきことなり。なかたゞのあそん。 たびたびいなび申すをだにゆるさで。げに山がつともきかじやとおほせらるゝ。しゐてかたはらなる人にいふ。 いさゝか。ようまれ。あしうまれ。思ひだにいでられば。つかうまつるべきを。さらにかけはなれてなむおもほゆると人々にいふをきこしめして。 すゞしのあそんがさまし申すを。すまはせては。なかたゞのあそんのしてんをばせめじなどたびたびいとせちにせめさせたまふ。 かしこまりてさらにつかうまつらず。上。てんげにおぼつかなくおぼゆとも。ふかきさいは。それにむかひて。てふれしむれば。 じねんにおもひいでらるゝものなり。いと。さいふばかりにはあるまじかめるを。さりともかたねばかりはのこりたらん物をと。 たびたびじゝ申ことなり。上ずもつねにこのみてはせざりけれど。らうあるこゑにもあるかな。まして。 つねになのかひて心にいりなむとき。いかならんとおもほゆるなむ。いとおもしろき。いとせちなるよに。 うしろめたきことはいはじやとて。をまへなる六十てうをこかにしらべて。これこゑをもて。おもかへし。 たゞかのふきあはせむにて。つかうまつられよかし。いやゆきがぞうのこのはを。ことのねのいでこんかぎり。 つかうまつれとおほせられて。すゞし。さらにことてはおもひいづることや侍らん。こかのてといふ物。 かけてもおもほえずなむ侍。このしらべをかへしてこゑになして。なかたゞとさぶらはゞ。なかたゞのあそんのつかうまつらんをうけたまはらばや。 わづかにも。たゞもゝの六十てうばかり。ことてどものおほく侍らんときこえてさぶらふ。 すゞしのあそんつかうまつらばこそは。なかたゞのあそんは。きしろいたる人つかうまつるに。これにかきあはせてつかうまつれともいはめ。 すまうまじきすゞしだにかくいふ。ましてかのあやにくものは。まさにきゝてんや。よし。おほせみんかしとのたまいて。 なかたゞのあそんと御くちづかうめす。なかたゞ。左近のあげばりに。ふえふきせめて。かちたるあそびしをなに。 めすこゑをきゝて。ふゑうちすてゝにげかくれぬ。 かくれ所もおぼえず。いかで人にしられじと思ひ。ふぢつぼに。春宮にさぶらひ給ふ大将殿のあて宮の御つぼねにかくるゝ時に。 ごたち。こはなぞの御かくれぞやなどわらひいふ。なかたゞ。たゞいま。わづらひにて侍り。えまかでゞ。 せめてかくれ所をもとむるに。たゞこゝにさぶらはんのみなん。こゝろやすかるべき。兵衛。あなむくつけや。 あやまちしたらん人をば。いかでかかくさむ。いひかけもこそしたまへ。中将。ほかにあやまつべきこともおぼえず。 こゝにこそよろづの事あやまつべけれ。兵衛。ようなきもの見えずとかいふなれば。いづくにかしたまはざらん。いらへ。 さりとて。あはせにあだならぬ人もあめりやとて。みすみき丁のなかにかくれて。なげしにをしハかりて。 たゞあてみやのおまへにさぶらひて。ものなどきこえて。けふうへにまうのぼりたまはぬ人は。いとつみふかき心ちこそしたまへ。 さるめでたきことのありがたげなるを御らんぜで。なをおぼろけにはあらじかし。上。兵衛の君して。いらくなどぞさせ給ふ。 それ見すぐすもつみなきにはあらずかし。なかたゞ。時々さぶらふにあへにたるにやあらんとて。まめやかには。 さばかりおもしろかりつるものを。御らんぜずなりぬる。ひやう衛。このごろ。なやみ給ふことありてなむ。 いづかたかかち給ぬらん。いらへ。なせんにかとはせ給ふらん。左のつかさの中将には。なかたゞ侍らずや。 いづかたにかはあらん。兵衛。さればこそは。こなたにはあらじとおもほすめれ。いらく。心のうちはよきそらごと人なりけりなどいふ。 いとこそよくけなかりつれ。いで。さもくちおしく御らんぜずなりぬるかな。さるは。かならずまうのぼり給へらんと思ひ給へつるを。 おなじくいたすまひといへども。いとらうありてし侍つるは。さぶらひたまふらんと思ひてこそあれ。 御らんぜざりけるこそ。いと夜にしきの心すれ。兵衛。こゝにてやは御てづかうつかうまつり給て。 御らむとさせたまはぬ。いで。なにかは。あふてにしなし給はゞなどいふ。 かくて。ものきこえ給ひ。よろづのことをいひゐたれば。うへ。兵衛していらへさせ給ふ。中将。 こまうどなどこそ御つじはありといふなれ。まかりわたりともおもはぬに。あやしくもあるかな。いちゝ。 されどもこまつぐりはたあそばす。上ずにおはしませばにこそあはれなどいふをりに。ゆふぐれになりぬ。秋風いとすゞしくふく。中将。
 秋風はすゞしくふくをしろたへの
など。おまへなるしやうのことをかきならしなどす。兵衛。されば。たのみきこゆる人もあらんかしな。 中将。こゝならでは。いづくをかはしらへ。されど。のにも山にもとこそいふなれ。 中将。それはあらしならんや。兵衛。されど。まかぜとこそきこゆなれ。中将。されど。いまはみなこがらしになりにたりや。 ひやうゑ。むべこそはこゑのそらにきこえけれ。中将。まづさきにたつとてなむ。兵衛。春ごろよりきこえざりつる御すきぞかし。 いかでならん。中将。秋ぎりのふにはいかゞきこえざらん。ひょうゑ。それがはれすみあらんこそみぐるしけれ。 中将。そよや。つきせぬこそいとわびしけれ。兵衛。やどかす人はあらんを。あいなき御事なりや。などなむ。 中将。されど。春宮よりはかへさるめるを。ひやう衛。それはくものうへには御やどりありとてなむ。 中将。それをまかりすぎしは。月かげにも御らんじけむ。兵衛。それこそはしらくもなれ。中将。いで。 まことは。まめやかなることをこそきこえさせめ。月日などはこえこそ侍れ。え思ふ給へさだめぬことの。 とし月にそへてまさるをば。いかゞせむ。つゐに御らんじゝらじとやすらん。兵衛。このごろは。月にそへてはおもほしゑずやあらん。 つごもりになりにけるは。いで。さては。ありあけもしるからんかし。あやしく。まめごときこゆれば。 そらめにおはするかな。いなや。君をきこゆるにはあらず。あいなきかいもとかな。ゝをいひて。世の中にわびしきものは。 ひとりずみするにまさるものなかりけり。あが君や。おぼししらなゝんときこゆるはわりなかりけり。いまは。 ゆふてもたゆくとくるしたひもときこえさするも。いとなむかいなき。あて宮。からうじていらゝたまふ。 したひもとくるはあさがほにかといふことある。中将。おなじくふかば。このかぜも物のえうにあたるばかりになりなむとて。
 たび人の日も夕暮の秋風は草のまくらのつゆもほさなん
涙のかゝらぬあか月さへなきこそ。ふぢつぼの御いらへ。
 あだ人のまくらにかゝる白露は秋風にこそをきまさるらめ
わすれ給ふ人々もなうはあらじかし。中将。まだこそなけれ。
 この葉をもやどにふるさぬ秋風のむなしきなをもそらにたつかな
しるきこともあらじものを。いづれかあだびとならん。ふぢつぼ。
 ふきくればはぎのしたばも色づくをむなしき風といかゞおもはむ
まめやかにも見えずかし。中将。それはおもとにならんかしとて。
 秋風のはぎのしたいほふくかぜに人まつやどはことしやくらん
ふぢつぼうちわらひ給て。
 まがきなるをぎのあたりを吹風のいさやそよともいかゞこたへん
中将。いでや。もどかしうこそあれ。
 ふきわたるしたばおほかる風よりもわれをこちててう人もひともあらなむ
ときこゆるほどに。仁寿殿よりなかたゞをせめてもとめさせ給へど。さしになし。まかでやしぬるとおほせらる。 ぢんにもまかづとも見えず。ずい身はありときこしめして。しゐてもとめさせ給ふ。たゞいま。左近のあくにて。 になきしやうのこゑごえいたすなりつるを。よにもまかでじ。まかでにたらば。めしにつかはせなどおほせらるれど。 さらになし。うへ。左大将に。なかたゞのあそんに。せちにあわかほしきことなむある。さらになしとや。 そこにあり所はしりたまへりや。大将。たゞいままで。さぶらいつるを。まかでやしぬらん。さぶらはずなん侍。 上。さらば。めしにつかはせかし。大将。まかで侍とも。さるは見えざりけるを。あやしくなむきこえうせ侍ぬる。 中将あそんもさぶらはるゝを。もし。きんつかうまつるべきことやおほせられつらん。さ承てかにげぬらん。 いとあやしき物なり。きんのことはへは。あとをたちてにげかくるゝものなればにや。しばし。御ことゞもをかくされ。 すゞしのあそんもさぶらはず。まかるよしをいひちらして。かくされよ。あいなうはた。やがてまかづる。 すゞし。なにの。よきことゝたちて。たゞけしきばかり。御まへちかきわたりにて。よりずみの君のきみにあひ給ふ。 すゞしはまかでぬ。もし。めしあらば。御まへにてびはつかうまつりつるに。にはかにけさうしてとそうし給へといひつけて。 なかたゞきくばかりにもいはでこれもふぢつぼにまいりぬ。 なかたゞ。かれはたれぞといふ。すゞしといらゝていふ。なかたゞおはせぬと。いとよくふくめり。すゞしとて。 秋風にもなし給ふかな。こゝにこそかくれられたりけれ。たゞいませちにもとめさせたまうめるは。なかたゞ。さらば。 あなかまや。すゞし。大将のおとゞ。めすつかひにさゝれたまひつめるは。それをばすまひたまはじかし。 なかたゞ。こよひはおやもこもしらじ。すゞし。おまへにて御ことたまはりて。せめそせさせ給へるに。 こうじにたりや。あが君の御とくにこそまかりいでぬれ。なかたゞがとくには。さのみこそはうれしげなけれなど物がたりしつゝ。 うちより。せんがうのおしきどもに。さかな。いとかうざくにしいだされたり。中侍。いとねたきこと。 たゞひとつ。すゞしがけうあるかな。なかたゞ。なに事ぞや。いで。けふかならずまいり給ひなむと思ひつるに。 なかたゞ。それや。なにかねたきことありや。このすまひの左のなみのりがかちつるほどのやとたひつかまつりつるをなむ。 おはしますとよういしつる所なむあひつるはらへをこそすなれ。ことなるかみともおもはぬものを。 すゞし。ねたきこともいふを。きこしめしいれぬは。げにそれだにあらぬ御心なむめりかしなどきこゆ。 なかたゞもさぞありつるや。さうのふゑのしらべにほどよなどいふ。ふぢつぼ。こゝにてやは。ただいまきかせたまはぬ。 かくても。すゞしもなかたゞも。よろづのことをきこゆるほどに。仁寿殿より頭中将もとむるつかひに。 つかさの人もさしながらさとにはいき。なかよりも少将たちもつらねて。すべて宮のうちをもとめぐり給ふ。 大将のおとゞ。たゞ殿上わらはをひとり御ともにて。まづぢんごとも。さい将中将やまにてつるとらはせ。 このえのみかどに車やあるとゝはせにつかめしたれば。ぢんにも。まかで給ともみえず。つるまも随身どもゝあるときこし。 后まちよりはじめて。君だちの御殿ゐ所御つぼねどもにうかゞい給ふに。ふぢつぼにたちよりてきゝ給へる。 御まへのかたにしやうのことひき。すゞし。びはかきあはせて。しるき人々のことなれば。しるくきかせじとて。ことごゑをしらべ。れいのこゑをかへてひけど。らうある人の御みゝなれば。ふときゝしりていり給ふ。なかたゞ。 みつけられてすべなき心ちしてしゐてかくるれど。おとゞみつけ給て。めせばなどかくてはものするや。 まいられよやとのたまふ。なかたゞ。やがてまかりでにけりとそうせさせたまへと。たゞいま。みだり心ちものにゝず。 なやましくて。えおまへにさぶらうまじ。おとゞ。みぐるしき人にもあるかな。まかでけりと人のそうすればこそ。 めしにつかはせとはおほせらるれ。又。たゞいま。ずい身も。のり物もありとそうするなりつるは。 さきこしめしたるには。いかゞさはそうせん。かねまさゝへかくすなりとおほせられじや。たいだいしきことなり。 あそんのまじらひするに。かねまさくるしき時おほかりや。世のなかの人のいなびがたく思ふことは。 ほうとくこそはすれ。いかゞ。あめのしたならん人は。おほせのことをいなび申す人のあらん。せちに御くちづかうめしもとめさせ給ふを。 宮のうちにさぶらひながら。おほせにかなはぬ事。れいの人にえあらじや。はやうまいり給へとのたまう。 なかたゞ。さらに。なをこよひの事はゆるさせ給へ。おとゞの。ゝちにかねまさひミつにいたまれざらん。 なにゝかせん。天下にしだいにかなはんとて。なにかあしからん。こよひのめしにかなはれざらんこそは。 いとあしかるべけれ。御けしきあしうておほせらるとやとて。せめて御さきにをしたてゝまいりたまふ。 すゞしの君をばありともきゝたまはず。
 こゝにふぢつぼなかたゞすゞしひめ君ごたち。かずしらずおほかり。大将。なかたゞめす。大将中将の君春宮のきみたち。 左大将の三君さがのゐん女五宮四のみこ。給宮おはします。女御。まかなひのも。たゞのも。ふさにさぶらひ給ふ。 左大将殿のおほぎみ。すべてこの御ぞう。きんだち女たち。さしながら御かたちいときよらなる。
上。こなたにいり給て。などふぢつぼまうのぼりたまはぬ。二宮。そがさうざうしきこと。かの君のまうのぼりたまへらんこそ。 けふのすまひよりもみ所あべけれ。春宮。かげにはづばかりはあらざめるものをとて。御まへに。なまみるの。 いしかいつきながらあるをとりたまひて。ふぢつぼに。などかまうのぼりたまはぬ。こなたにみなものせらるめる物を。
 うらなるやみるめはしらですまのあまはそこにやかづくうみのたまもを
とおもふなむあやしき。いまだにまうのぼりたまへとてたてまつれたまゐつれば。ふぢつぼ。
 そこなるやみるにかくるゝうみのもはえこそかづかねめにさはりつゝ
人々の御らんぜむを思ひたまへてなんとてたてまつれ給へり。春宮。こ宮に。御らんぜよや。いとさいふばかりにはあらぬをとて。御まへにいで給にぬ。 かくて。ゆふぐれにふぢつぼよりまいり給ふ。じゞうなりしときよりも。このごろはいとめでたきかたちのさかりなり。 ちゝおとゞ。さるかたち人にて。つらねてまいりたまふに。さらにおやことも見えず。たゞひとつふたつのおとゝこのかみに見えたり。 左大将のおとゞ。みたまいて。こともなきずいじんかな。中将のあそんのけふのういじん。いとみぐるしやとあそびおはしまさふ。 左近大将。右大将。ひだりみぎのつかさのかのずいじんしたまふなり。いかゞおなじつかさのつかうまつりたまはざらんとて。 なかたゞをさきにたてゝ。左右大将しりにたちてまいり給ふ。なかたゞもとめにとてありきつる少将左右近もたちて。 みなあそびてまいる。ただこの御なかに。すゞしひとりなんなかりける。なかたゞ夕はつして。そこらの人にもすぐれてめでたく。 かたちのきよらなるよりも。さしあゆみたるさま。うち思ひつるけしき。さらに人にゝず。なまめき。らうらうし。 左右の大将よりはじめてまいるを。上御らんじて。いと御気しきよくて。いとかしこくもとめいでられたるかなとのたまふ。 御けしきのいとよければ。御まへにさぶらい給ふかぎり。弾正のみこ。たちて。みはしよりあそびおりて。 なかたゞのあそんにあそびあひ給ふ。兵部卿のみこわか宮よりはじめたてまつりて。かんだちめみこたち殿上人。 つらねてむかへ給ふ。上。さぶらひけるを。などかめしにはまいらざりつるとのたまへば。右近大将。左のあくにて。 大将のかはらけ給て。けちするをたぶことありければ。こよなくたべゑひて。ふかきむぐらのしたになむかくれて侍ける。 草のなかにふえのをとのし侍を。たづねてなむ。うへ。草ぶえをこそはふきけれ。大将。かくれあそびをやし侍らんときこえ給ば。 うへ。御かはらけはじめさせ給ひて。えひ人どもわすれぬことありとかおほせられて。なかたゞに。
 もゝしきをいまはなにともせぬ人のたれとむぐらのしたにふすらん
げんに人あらじかしとてたまへば。なかたゞ。
 もゝしきにしる人もなく松むしはのべのむぐらぞふしよかりける
とそうし。たまはりて。春宮にさぶらふ。春宮。いで。そのこもられつらんむぐらもおもほゆるやとて。
 松むしにやどとふ秋のむぐらには宿れるつゆやものをおもはむ
とのたまへば。なかたゞ。
 おなじ野に宿をしかさば松虫の秋のむぐらをたのみしもせじ
ときこゆる。春宮。左大将にまいり給ふ。大将とり給ひて。
 松むしに宿をしかさば秋風ににほひことなる花も見えなん
とて。たまはり給ひて。弾正のみこにまいりたまふ。とりたまひて。さはふれにても。たゞやすをこそおぼしかけねな。
 花見かくのべをみるみる秋ごとに猶松虫のたびにふるかな
つらしとこそきこえつべけれ。 かゝるほどに。上。なにごとをして。これにものをいはせんとおもほす。なかたゞは。いとかけはなれてさぶらふに。上。 ごばんをめして。なかたゞとごあそばす。なにをのりものにかけん。いとせちならんものもかけじ。 いひごとをかけむとのたまはせて。三ばんにかぎらせたまひてあそばす。うへの。御ざへをつくしてしままふ中に。 ごなんいちにしたまひ。さかへおはしますうちにも。これにいかでおもほし。なかたゞ。はた。さおもほすらんともしらで。たゞふぢつぼにてものきこえつるのみおもほえて。 われこの御ごにかたんともおもはず。たましいはたゞふぢつぼにてかうのみある心ちしてつかうまつりければ。 一ばんに上かち給ぬ。二ばんはなかたゞかちて。はてのたび。てをひとつうちあやまちて。たゞめひとつをまけたてまつりぬ。 上。けうありとおぼして。はやう。のり物つくの事はとおほせらる。なとごとをかはつかうまつるべく侍らん。 たゞいふ事をいなぶまじきばかりなり。らうある秋。夕ぐれにいはんこと。たゞにはあらじかしとおほせらる。 なかたゞ。ねたうまけたてまつりぬるかな。こゝろづかひして。つかうまつらましものを。なにごとをかおほせられんとすらんと思ひて。 とくうけたまはりて。みにたえぬべきことならば。つかうまつり。たえぬことならば。そのよしをこそそうし侍らめ。上。 なかたゞがたえぬことは。よにありなんや。さてたへぬべきことならば。うけたまはりなむやは。なかたゞ。 うけたまはりてのみなむ。上。すゞしにたまひつることゝひとしきせいひんを。おなじこゑにしらべて。 これなん。けふのいひごとにつかうまつらんに。よろしきことなる。これ。さらに上ふたへて二ときかじ。 これがねのいでこんかぎり。このいんをたちかへりたちかへり。たびたびあそべとおほせらる。なかたゞそうす。 ことおほせごとは。みをいたづらになさん。ほうらいのあくまてこゝにしやくうどんげをともにまかれとおほせらるとも。 みのたへんにしたがひて。うけたまはらんに。さらにこのおほせごとをなむ。かゝるところどころにつかはさんよりも。 かたきおほせごとなるとそうす。上。うちわらはせ給て。になきちよくしかな。さりともと。ほうらいの山へふしやくともにわたらんことは。 どうなむくれん女だに。その使にたちて。ふねの中にておい。しまのうかべども。ほうらいをみずとこそなげきためれ。 かの心じやうずのさる物だに。ついにいたらずなりにけるほうらいへ。いまあそんの。日の本のくにより。 ゆくらんかたもしらず。ふしやくのつかひしたらんこと。すこしわづらはしからん。ゑやもとめあはざらん。 どうなむくはん女。えをとるまじかめり。いまひとつ。けうあるくはん女いでくるわづらひあらん。これ。 になきつかひごのみなり。又。あくまこくにうどんげとりにいかんに。すこしみのこれへやあらん。かれも。 なんてんぢくより。こんがう大しのわたりけることは。むつまじきともがらを。となりのくによりむかへとりて。 これあいかへりみるとて。時のこく女のあたをいたしてなん。さるつかひにはいだしたりける。それなむてんぢくよりわたるに。 じねんにとしへにたれば。にゝくのともがらのわかれにあはずとはなげかずや。それをいかに。あそんの。 こくものあたありともなくて。又。さるくすりえうずるきさきありともなくて。にはかにおやをすてゝわたらんに。 すこし。ものゝわづらひある。ふけうになりなむ。みのつかれありなん。かくになきことよりは。たゞこゝながらしらべたるひとつひかん事は。 やすからんかし。あるまじきつかひにはすゝまで。たゞこのことを。てひとつかきならしてきかせなん。 かのふしやくうどんげにおとらざらん。ふしやくはくふとも万ざいのよはひありといひて。 かのくにのていわう。さるかたきつかひをたて。もとめられ。うどん花は。にわかにせむるいのちとゞめむとてなりける。 いづれもいづれもいのちをおしむくすりなりけり。それをあそん。ことひのいひごとを。さらばとて。あくまこくほうらいのやまていだしたてなむ。 われすこしはになき。まづは。われかくめにちかく見ならしたるを。さる心すごきつかひに。はるかなるほどを。 いだしたてゝおもはんになむ。すこしあはれに心ぼそからん。またいきて見し人も。たゞいまものせらるゝ。それがなげきおもはんをみんに。 いとかいなからんかし。かくいふほどに。ふしやくをも。ほうらいにもいたらんとをもはむほどに。 ともかくもあらば。ふしのくすりもなにゝかはせんとおほせらる。なかたゞ。さては。むかふことかたきほうらいには侍らざりけり。 たゞふしやくなむかれ侍りにけりとそうす。上。されど。こよひは王母がいゑにをとらずなむありける。 なかたゞ。ちかきまもりにどうなんくはん女こそさぶらへとそうす。上。うみひろく。風はやきを。いかでもとめられんとすらん。 なかたゞ。さらにゑつかうまつるまじきよしをそうし。このころの哥をつくりて。御らんぜさせなどするに。みかど。 わりなくいふものかな。これについにまけぬることのねたさなどおもほして。これならぬことかなとごとをかはいはんとおぼすに。 なかたゞのはゝに。としごろいかでかと御心におぼしわたり。むかしよりきこしめしかけて。いかでたのみおもほしけれど。 よにもきこえざりければ。くちおしくおもほしけることの。かく。いまよの中にありときこえ。たゞいまのらうざかたち人の二三のものゝうちにいるを。 これがついでにのたまひよらんとおぼして。さらば。あそんはたえてつかふまつらじとや。かく。みづからはゑものすまじかなるを。 すこしあそんのてにおもほえたる。ひく人はありなむや。なかたゞ。このぞうのては。まつかたのみなむつかうまつらん。 このひとつすぢになむ侍る。上。それはときどききゝ。いまだすこしめづらしからんをこそとおほせらる。なかたゞ。 ひとつそこのては。まつかたをはなちてつかうまつる人侍らず。上。なを思ひいでられよや。さてなしや。なかたゞ。 おぼえず侍。うへ。女のなかに思ひいでよや。たれありなむ。なかたゞ。おもほえずなん侍るなど。のたまふけしきあれば。わづらはしう思ひながら。 なかたゞ。ないじやくにも。外じやくにも。女といふ物のなんともしく侍る。そがなかにも。女がたなには。 さらにまつかたをはなちて。こゝろはやかた侍らずなむ。きんは。もしはゝかたの外じやくこそ。かのとしかげのあそんのきんはつかうまつらめ。 それをさるべきすぢのさらに侍らねばにやあらんとそうす。よし。それはさもあかん。やむごとなきあそんとして。 うつしつたへたる人なしや。たえてなしと申さじばかりにはありもしん。それをこそは。こよひの物にはいだされめ。 それははやく。これをさへきかずば。心うからんとおほせらる。なかたゞ。うつくしとりてつたへ侍しなかたゞだに。 たえてそのすぢおぼえず侍るを。まして。もとの師はおぼゆることかたくやはんべらん。上。それをこそは。 いまのしもわすれにたらんとはおもはめ。かしこにおぼつかなくおもほされんよとの給ふ。なかたゞ。 げにわすれにて侍らんよしばかりをば。きこしめされてしがなと思ひ給ふるを。いかでかは。まいらすべく侍らんときこゆれば。 はやう。それをだにものせられずば。さらにきかじなどゆるしげなくおほせらる。なかたゞ。いかゞはせむ。 まいらせたてまつらんかしと思ひて。ものもきこえでたつ。左大将み給て。あそんや。などさばかりおほせらるゝものを。 又いづちぞや。あやしくたましゐしづまらず。ことやうにもなりゆく人かな。みぐるしかめり。しばしさぶらへとのたまふ。 さいしやう。おほせらるゝことによりてなりと申。さては。なにかはとのたまふ。さいしやう。近衛のみかどにいでゝ。 そのひ。ちゝおとゞの御くるまのいときよらにてたてるに。をのがくるまをばうちすてゝ。はいのりて。おとゞの御ぜんみなつかうまつる。 かくて。さい将の中将。三条殿にまかでゝいる。北方。御ぞなどひきゝて。その日御ぐしすこし。はしにねてほしいたまへるなりに。 なかたゞ。すのこにつゐゝる。きたのかた。いかゞ。すまひはいづかたかかちぬる。なかたゞ。左なむかちぬる。 北方。いとさうざうしきことかな。もし。こなたやかち給ふとて。人々まいりあつまりてさぶらうめるものを。 いとくちおしきことかな。なかたゞ。いとつらくものたまはするものかな。なかたゞ侍かたのかつこそうれしけれ。 おもほしこそをとしたれ。北方うちわらひて。それはたうれしくて。こゝにこゝろまうけなどしたるに。 さらねばさうざうしくなむ。なかたゞ。左近ひきて。大将よりはじめてまつらんかし。はいても。にしやひんがしにやあらん。 まことに。たゞいまのうちのおもしろさこそ物ににね。こかたはた。なをすこし心ことなる御気しきありつかし。それもあなたにはれいもしたまふこと。 はたすぢことなればにやあらん。左のかちたまひて。たゞいまけふあることこそかぎりなけれ。 よになだかきまひのしものゝといふものゝかぎりつどゐて。よろづのあそびをし給ふつるをみ給へるに。 なかたゞひとり見給へつるかいなさになむ。御むかへにまいりきつる。北方。いかでか。おまへのことをばみん。 それをこそは。なかたゞはよく御らんぜさせたてまつらめ。天下に。さいはうじやうどのあそびもかくぞあらん。 御らんぜむとあらば。御らんぜたてまつりてん。はやはやいで給へ。北方。すゞろなりともこそおもへ。 また。かしこにおもほせいかゞはあらん。中将。まさにさあらんことをばきこえてんや。さるべくもあらず。はやこときこゆ。 北方。すゞろには。とおもへど。かたり給ふをきけば。見まほし。中将。などてか。なかたゞは。人のすゞろなりとおもはんことはきこゆべき。 くちをしくとも。などてか。さばかりのことをみ給へしらざらん。なをはや。すこしよしあらん御ぞたてまつり。 み所あらん御かたちみいでゝ。いざゝせたまへ。きたのかた。きぬはせちにもとめば。さりやあらん。 かたちはいづくよりかはとうづべき。おさめたる所もおぼえぬは。それをこそは。いとよくとうでさせたまふ時あれ。 よし。みたまへかしなどいひいたり。きたのかた。さば物せんかし。うしろめたきことをのたまはんやはとて。 御ぐしのなまじめりたる。いそぎほし給ふ。中将。けふのすまひのいとくちおしく。こなたのかちたまはずなりぬるに。 なかたゞが身にはよろこびあり。とのゝ御ためにはよろこびなむなき。さるは。たゞひとばんになむさけたまひぬる。 たゞいまこそいとおもしろしや。せめておもしろきをみ給ふれば。よかひなきになむ。御むかへにまいりきつる。 あるじのゑがのまうけにまいりたる人々。この御ともに。なかたゞむまにてさぶらはんとて。たゞかのちゝおとどのびやうげの御くるまに。 ひとだまゐみつしてまいりたまはんとて。さい将。みやまのべたう右のむまのすけに。そのみまやの御むまのなかに。 なかたゞのひともとかなるべき御むま。うつしをかせてたまへ。むまのくゑんすけくにときこゆ。 いはゆるりうのこまといふととも。たてまつらんには。とがやなかたゝ御むまやなからん。中将。 みづからだに。のがひにははなれたるみを。ましてのり物は。みまやのざうやくせをしともおもはん。 くにとき。こまひきもちかくなりぬれば。のがひもかずにいりたまふ時やあらん。中将。それにかずあまる時こそ。 くにとき。ふぢつぼの御かたをや。いまはおろし給てぬ。なかたゞ。あなにげなのかたの人人のまつまや。 まめやかには。その御ぜんつかうまつらんむま。しやうぞきたまえや。れいの君のすきさかし給ふ也けり。くにとき。
 いまさへやすきてみゆらん夏衣ぬぎもかふべき秋の暮には
かぜのうちふくほどに。中将たつとて。
 秋のよのすゞしきほどにたつ時はかふる衣も猶ぞすきける
などいひて。くにとき。まめやかには。御をそひはいづれをかたてまつらん。中将うつしをゝきて給へ。 なせんにか。むらいなり。くにとき。ことをのこども。うつし侍らぬものあるを。さてたてまつらんは。 にはかにをのこどもわづらひ侍なん。中将。人はなをれいの御みをそひたてまつれ。なかたゞ。なをみのかずならず。 よの心にもかなはねば。なをかしこまりをだにこそあれ。人はなをれいのごぜをといふ。くにとき。 みまやに三十よひきたてる御むまのなかに。ふきあげのはまにてえたまへりしつるぶちにまさる御むまなし。 それにうつしをきて。中将のためにひきいでなどしてあるに。北方。すましたる御ぐしのひたるをかいけづり。 花ふれうのぢずりの御もに。ころうかさねて。すゞしきほどなれば。あやのかいねり一かさねあか色ふたあゐがさねのからぎぬ。 いとめでたき。たてまつりて。なでう。めづらかなるわざもせず。かくばかりにて。おとな六人わらは四人下づかへ二人していでたちて。 みすのもとにつゐゝ給へるを。にはに。たにともしてさぶらふたいまつのひかりに。中将みるに。ましてさらなり。 御ぐしのほど。たけに二しやくばかりあまりて。すこしこまろがれするかみを。かきあらいたるすなはちひとせなかこぼるゝまであり。 さらに一すぢちりたるもなし。すがたのうつくしげなるかと。さらにいとめでたし。たけだちよきほどに。 すがたのきよらなること。さらにならびなし。かほかたちさらにもいはず。なかたゞ。これをみるまゝに。 ふぢつぼを思ひいでゝ。このきたのかたをさらにをやと思ひわすれは。いくなりし天女ぞと思ひいたり。 北方。さらばくるまよせさせ給へ。中将。たゞいま。おとゞのみたまはぬこそ。いとくちをしけれとて。 御くるまよせよとて。てづから御き丁さして。しりにおとなふたり。ひとだまひにつぎつぎ人のりていでたちたまふ。 中将。うつしにのりて。くるまのながへちかくそひてたつ。このとのゝあるじのまうけしにまいれる四ゐ五位六ゐなど。 あはせて八十人ばかりしてまいりたまふ。かくて。ぬひどのゝぢんに。くるまひきたてゝ。中将しばしとてうちへまいる。 御さきの人。うちにまいる。人々は。御くるまのもとにさぶらひたまへ。なかたゞはひとりまいりなむとている。 御ともに。まへにたにともして。御さきにかずしらずおほかり。 かくてたてるほどに。中将殿上にまいりて。仁寿殿の御まへにさぶらひ給ふ。上御らんじて。いかにぞや。 かのいひし事はとゝはせ給ふ。なかたゞ。まだ。のり物ながらなんとそうす。みかどうちわらひ給て。 さらばかけ物ゆるすとおほせらる。なかたゞ。御こたえしてたちて。かのいもうとの君の。春宮にさぶらひたまへる御つぼねにまうでゝ。 君は上におはすれど。はゝ宮こそおはする。この大将。さばかりいみじき御なかにおはせしかど。この北方につきたまひにしより。 あたりにもよりたまはず。わづらひたまひて。御女をとう宮にたてまつり給て。これをかしづきものにて。 うちにのみなむおはしましける。そこに中将まいりて。いかで。人々にもとり申さむとみすのもとにていふ。 みこ。たれぞやと御くちづからのたまふ。なかたゞときこえて。いかで人だまひならんみき丁まいらんに。 いかにさとへとりにつかはするなん。宮。いときたなげなりとも。やはとて。月ごろ。わかき人のひとりさぶらひたまへば。 うしろめたさにこゝに侍を。こと人はさもこそ。とうたまざらめ。そこにさへいとうとくこそおぼしたれ。なかたゞ。あなかしこ。宮にさぶらひなどする侍れど。 こゝにおはしますらんといふ事。えうけたまわらずなむ侍ける。さるは。一日も一条どのにまいりて。 御かたにさぶらひしも。なかのおとゞにさぶらひて。きこえさせしかど。いんになどうけたまはりしは。 こゝにこそをはしましけれ。かしこけれど。ひめ君など宮にさぶらひ給へば。かずならずおぼさるとも。 よの人のしたしくさぶらはんよりは。心ことにおもほさんなん。いとうれしく侍べき。宮。さらにものたまうかな。 このさぶらひ給ふ人は。おやもおもほしわすれたまうめれば。よの中にあはれに心ぼそげなる人なめり。 はらからもなにゝつけてかおぼさむ。なをあはれなるものゝ心ぐるしきにおもほして。とぶらひ給へかし。 なかたゞ。あなかしこ。さらにおほせごとなくとも。きこえさすまじきほどならばこそあらめなどきこえて。 ことごとにとり申さむとするを。いそぐこと侍ればなむとていそぎてたつ。その御つぼねより。はなふれうのかたびらかけたる三じやくの木丁ふたよろゐたまはりて。 母北かたの御もとへもてゆく。上おはしまして。仁寿殿のみなみのひさしの。御ましよそへつるにしのかたに。 御びやうぶ御木丁などたてさせ給て。上達部しばしあなたにとて。ひんがしのかたにわたして。そのにおはします。 なかたゞ。なかずみの君を。いざ給へ。なかたゞ。せちなる人こよひまいらするを。御かげにかくして。 いていりたまへ。なかたゝみ。たれぞや。いざかしとていてさてやむごとなくむつまじき人にき丁もたせて。 ちゝおとゞの御くつもたせて。はやをりたたまへといふ。物おもほえずもおもほゆるかな。いづくにおもよとてぞ。中将。 あなさがな。なしろしめしそ。さりともあしき所にはおはしまさせてんや。北方。あなくるし。ことやうなるまいりかな。 さる心もおもはぬものを。かたはなるめををもみるかなとのたまへど。むかしより中将のことにしたがひ給へば。をり給ふ。 わらは四人。御木丁のさきにさしたり。おとなしりにたちて。中将くはかせたてつり。もとらせて。御ぐしつくろひ。 かしづきたてるさま。めでたきことかぎりなし。いとうつくしげなり。めでたくつくろいて。われも。こときんだちも。 木丁さして。まいらせたてまつる。上。いでおはしまして。みな人いださせ給ふ。御とのあぶらけたせたまふ。 御さいまつども。にきたにけたせ給て。まうのぼらせ給ふすなはち。うへ。御みちのしるべせんとて。なをこれよりとのたまひて。 御つぼねへ入たてまつり給て。中将さりげなくてゐたれば。大将。さらに。ゆめにも此北方ならんともしらず。上。 みき丁のもと。しとねうちしきてゐ給て。まらう人に物がたりしたまふ。こよひ。なかたゞのあそんにいふことありつれば。 みづからはえせずなむあるべき。かわりをなど物しつれば。いかなるかはりをかはと思ひつるは。としごろのの心ざしのあらはるゝにこそはありけれ。 きたのかた。いとあやしく。れいよりもおもふたまへられつるを。にはかに。さぶらふべきさまにもあらず。 いひいそがし侍つれば。ものもおもほえずまかりいでぬるこそ。いとあやしけれ。上。なにかあやしからん。 つねにかくこそあらまほしけれ。けうある夕ぐれにこそ。そこにまいりきて。うけたまはらまほしきことあれど。え。 さすがにところせき心ちして。心もとなくありつるになど。としごろ。むかしことのたまう。むかし。治部卿のあそんのありし時より。 なを。いさゝかものゝねをかきならしてきかせたまはなん思ひて。御むかへせんとつねにおもふ事ありしかど。 あそんのありしかぎりは。さらにあやしくふるめきのぞうにて。かゝるすぢのこともうとましげにやありけん。 たまたま。まいらせたまふとものせしかど。きゝいれられずなりにき。そのゝちは。さらによの中にきこえたまはずなりしにかば。 心ざしのみおほくて。すこしもしらせたてまつらずこそなりにしか。さるは。かくたいらかに物し給ひけるものを。北方。 としごろは。よのなかにもすまぬやうに侍し。むかしといまとなん。このよの中はみたまふる。中ごろは。 いづれのよにかものせられけん。むかしながらたいめんたまはらましよりも。まして心ざしまさる事こそあれ。 しか思し時は。めなれやあなづりきこゆるときもありなまし。かしとかたきことごとものしたまふめれ。北方。 なにごとにか侍らん。こゝろまさりしぬべきことにも侍なるかな。上。おぼえたまはずやは。をのづから。 いはねどしるく見えたまふらんとなん思ひ。心ざしきこえはじめては。きこゆる人もきゝ給ふ人もいとまなくなん。 まづ。こよひの人のかはりにものしたまふぬるを。かの人のゆづりきこゆらんことを。はやとのたまふ。 さらゆつなどある人も侍らずなむ。上。あなさがな。おもとにさへ。かくこそのたまはざらめ。はやうとのたまう。 御いらへ。なにごとにか侍らん。さらにいひしらする人なむ侍らぬ。上。なかたゝあそんはきこゆることはなしやは。 北方。さらに物も申さずなむ。たゞ。ぢんのわたりにものみ給へよとものし侍てなむ。かくさぶらはすべかりけるを。 気しきにもいださで侍りつれば。なにともなく。さとすがたもひきかへず。いそぎまかでつるを。 みかいもとにかくれて。ものみさぶらべきむぐらのかげなんある。なをまかりをりよとものし侍りつれば。 つねもそらごとし侍らぬを思ひ給へてなむ。たまのうたてなまでさぶらひにける。上。うちわらひたまゐて。 よそなれば。こゝもかいなしや。御ほいありつらんむぐらのしたならねば。きたのかた。いまはそのむぐらもかどさしてなむ。 うつらひきこゆる人もありけりとのたまゐて。まことか。中将のあそんのきこゆることもなかりつらんは。 さらば。きこえかし。ふるき人のまへに。物がたりするやうにやあらん。こよひ。中将のあそんのせちなるいひ事のかずありつるを。 さらにみづからはものもおもほえず。ものわすれせぬ人をものせんとありつるは。げにそうまうのうちにこそはものせられけれ。 されば。それをもきこえんとてなんとく。なかたゞにたまいつるせいひの御ことを。ごかのしらべながらとりいで給て。 これをなむ。かのあそんに。こよひのいひごとのかずにつかうまつれととものしつれば。おもとにきこえよと申されつる。 これ。さらにこゑもかつじ。たゞこのミながら。このしらべのてを。とゞめ給てなくあそばせ。きんといふ物ゝこゑあまたなれど。 なをごかなむ。あやしくあはれにおもほゆるとのたまふ。北方。さらに人たがへに聞えさせたるにや侍らん。 きんとはなにのなにか侍らん。それをだにえしり侍らぬに。あやしくもきこえさせけるかな。上。この御ふけうのたえぬを。 なかくしし給ふこそはうなけれ。さてもゆるしきこゆべきにもあらずや。まさにそれよりはかへてんや。 むかしよりしるきよめをば。きたかた。かたに御ことゝいかゞきこえさせざらん。さらにきんといふもの。 よそにても見給へずとなむ。むかし。さもやありけむ。としごろさらにめにちかくみたまへねばにやあらん。 かけてこれこなむ思ひたまへられぬ。そがのちに侍りしなかたゞ。さらにおぼえ侍らずなんたびたび申すめる。 それこそ。すこしむかしの人々などにも。あまたのてひきまさりて。つかうまつるめりしかとて。さらにてもふれず。 上。これつゝき御こと也。まゝに。わかき時よりしつき給へらんこと。いとさわするばかりあらんや。さいといふ物。 はかくよりつきにたること。さらにとしふれどわすれぬ物なり。中将のあそんは。なをしらるゝことのあたりに。 申さるゝにこそあめれ。まことにわすれなば。いとくちおしきことにこそあべけれ。天下にいふとも。 いとけはなれてあるまじきことには。人にくからぬなむよき。むかしのあそんの。さるよの中の一のものに物せられしのち。 おもとにのみこそ物し給へ。さるありがたきてをつたへとりて。たれもたれもすこしづゝなりともきこえつべかりける。 まめやかに。かうのたまふこそいとつらけれとせちにゆるさずのたまふ。かたみに。上も北方も。のたまひかはして。 上。かきなすことのとこそいゑ。つらしやとのたまいて。
 よそにこそねをもなくてはさよふけてひかぬもつらきことにもあるかな
君がつらさにとは。これらなりけんかし。北方。秋のしらべは。ひくものこそあなれとて。
 秋かぜのしらべていだす松のねはたれをたつたの山とみるらん
たつたひめかと思ひ給へらるゝかな。上。いでや。てふれらるゝ人もなければ。みなちりゐにたりや。
 みづをあさみひく人もなき曳の山のをがはゝちりぞしらぶる
さるは。すくせもありとかきて。きたのかた。めにみずばいかゞとて。
 水をあさみみさごもみゆる山がはゝ秋みゝもひかずやあるらん
上。なをあそばしみよや。
 みもりだにひきはじめてば山がはのそこよりみづはたへずいでなむ
心ざしはいづみよりもまさりなむ。よしよし。みたまへ。まめやかに。かうのたまひてやあらんとする。 さてはゑまかでたまはじ。はやうこそといとせちにのたまう。きたのかた。おぼろけなうきこえ給へば。 からうじていとはかなきこてうども。いとほのかにかきならし給ふ。上。なをなをかくおぼつかなくうけたまはれば。 ましてこそ心うけれ。すこしききごろあらんてを。ひとつふたつあそばせなどのたまう。すこしおもしろきてなどあそばすに。 この御こと。むかしのなむやういしものことなれば。ことにかれらにおとらず。いとせちにあはれなることそへる御ことにて。北方。 こゝろにもいれずかきならし給へど。さるじやうずのてけのてどもを。いちもちにしつきたまへる人の。さるは。ことにあきのよのふけゆき。 ゑんの松ばらの。仁寿殿にあり。ありけむ風にしらべあはせてひくに。あわれにおもしろきこと。ものにゝず。 北方。ようあそばす事。むかし大将のおとゞにたいめんしたまふ山にすみたまひしとき。ひきたまひけるまゝに。 そのゝちさらにすみたまひけるよに。てふれたまはず。この大将かのおとゞにも。さらにこのきむひきてみせたてまつりたまはず。 さい将中将は。ときどき。きのくになどにても。つかうまつられけれど。この北方は。さらに。さとにいでたまいてのち。 きんにてふれたまはずあるに。かくわりなくきこえ給へば。つかまつり給ふ。なを。としごろさはがしくなどして。 まれにこそ思ひいでたまへ。わすれものしたまうを。このきんにてふれたまふにつけて。よろづむかしのことおもほえ給て。 あはれなる事かぎりなし。おやの御てよりひきとりし。中将にかの山にてならはせしこと。又このさとにいでんとてひきしなむ風のこゑなど。 よろづにあはれなりしふるごとを。わくごとおほくて。せけものゝあはれにおぼえてあそばす時に。みな人。上中下。がく人ども。 がくやのあそびの人もあそびやみて。たゞこれをきこしめして。あやし。このまいりつる人はたれならん。 たゞいまのよに。さかりの。よしといはるゝなかにも。かくばかりのきんひくべき人のおもほえぬかな。 たれならんとみな人おどろきつゝ。なかたゞの中将こそ。かくばかりのこゑはいださめ。それはた。かくてあり。 あやしくもあるかな。ふぢつぼはたまうのぼりたまはず。みな人あやしがりつゝ。なをこの大将殿にやあらんと人おもほしよる気しきを。 大将のきみ。おどろきたまふ気しきをみて。中将。せめてしらずがほをつくりて。あやしくけうある御ことにもあるかな。 たれがあそばすにかあらんと。いといたうあはれがり。おぼつかながりゐたまへり。左大将殿のまいりたまはんを。 なかたゞしらざらんやは。たがまいりたるならんと人々思ひ。大将おとゞもさおもほしてあるに。よはふけまさり。 こともいできまさるまゝに。ごかのてどものけうあるをあそばしいだしつゝ。わざとおもしろくなりゆく時に。 この北方に。上せめて御心とゞまる。むかしよりきこしめしかけたるうちにもまさりて。 あはれとおもほしまさる事かぎりなし。さておほせらるゝ。ふんのてどもの中に志あらんてどもいでこむおりには。 すゞしなかたゞはしまうし。なかよりゆきまさはいまめきたらんしやうがつかまつれなどおほせらる。 かゝるほどに。めでたくあそばしかゝりて。そのこゑ。いとしめやかにひき給ふ。上。てどもをとりいでゝ御らんじつゝ。 このてにはなどいふありけり。又。などひくべきてなりとのたまふ。こののたまふこの。北方。ふんのことつくして。 めづらしくてをさへつくしてあそばす。ひとなみは。ごかのうへふのことあそばして。しをすさのこゑにあそばすさま。 おなじくらいかへして。かきかへたまふさまのことのね。おもしろきを。ことはりなり。おなじくかいひきたまうさまのてづかひなむ。 かなしくめでたかりける。このめくたちを。むかし。もろこしのみかどのいくさにまけたまひぬべかりける時。 このくにの人ありて。そのいくさをしづめたりけるとき。天皇。よろこびのきはまりなきによりて。なゝの后のなかに。 ねがひ申さむをとおほせられて。七人の后をゑにかゝせ給て。このくにの人にえらばせ給けるなかに。すぐれたるかたちありける。 そのうちに。天皇おぼす事さかりなりければ。そのゐのあひをたのみて。こくばくのこくにも夫人の中に。 われひとりこそはすぐれたるとくあれ。さりとも。われをものゝふにたばんやはのたのみに。かたちかきならぶるゑしに。 六人のこくもは千両のこがねをゝくる。すぐれたるこくもは。をのがとくのあるをたのみて。をくらざりければ。をとれる六人はいとよくかきおとして。 すぐれたる一人をば。いよいよかきまして。かのこのくにのものゝふに見するに。この一人のこもりをと申す時に。 天子はかとかくすといふものなれば。えいなびず。この一人のこくもをたまふ時に。こくも。このくにへわたるとて。 なげくこと。こかねをきゝかなしびて。のれるむまのなげくなむ。このめいかてたちなりける。それをきくに。 けだものゝこゑにあらじかし。それをあそばしつるみてたつなし。あらばともおもほえたつれとのたまふほどに。 いのはくにあそばしいたる。それ。かのなむやうのいへのぞうなりけり。それをみせきこしめして。このあそばすては。 むかしのこあそんのつかうまつられして。ひとしくなむありける。中将のあそんのは。よろづの事わすれておもはせて。 せめて物のけうなむおもほえし。おもとにあそばすは。よろづ物のあはれなむおもひいでられ。むかしの人のこゑなどおもほえ。 ふかき心ざしのふゝりしさへなむ思ひいでられける。心ぼそくあはれなることは。あくまでおもとになむあそばしける。 わすれてもあるべきものをあしはらにとこそきこえつべかりけれ。このむかしのおもほゆるてをあそばせよなど。 かきかへしたまふ時。あるをばそれをましとき。なきてをばことごとにつけてめでたまひて。せめて御心にふかくこの北方をおぼしいりおはします。 つぎつぎあそばしつゝ。このはくにかきかへり給ふほどに。なかよりゆきまさ。しやうがつかうまつりて。 すゞしなかたゞ。詩ずへしなどするこゑ。ただいまの上じゆ。このみちの人四人。むかしのいちもちのすぢ一人。 あはせて。さるふるきあたらしき。上じゆたちの御あそびなれば。いとしめやかにけうある事かぎりなし。 上。このはゝのあはれなるに。心すごきをとをきけば。ことはりなり。このてなむ。かのこのくにへわたりたるこくも。 このくにとわがくにとこえけるさかひのほど。なげきけるてなり。げにさる天王のせいひとしく。いちの后としてありけむに。 さる物ふのてにいりけん心ち。いかなりけむと思ひに。ましてあそばしますさまのことなるこそ。いみじくあはれなれ。 せきゆるされぬ人ありには。このはくをとらぬこゑいだしつべき心ちなむする。さかゐこえけむこくもに。 せきいらぬ国王をこそおぼしもおとさゞらめ。北方の。いかなるせきもりかはゆるしきこえさせざらん。上。 ちかきまもりのちこそはたかくゐためれなどのたまふ。このこくはくを。ひとたびはほのかにかきならして。 いまひとたびばかり。こゝろとゞめてかきたてゝつかうまつり給ふに。そこばくきこしめすかぎりなん。 おとこ女。にげなくみるなみだをながしつゝ。きこしめしあはれがりもことかぎりなし。 いでや。なにをかはこよひの御ろくにはすべからん。さらにこのあそばすてどもにあふべきろくこそをもほえね。 すゞしなかたゞがきのくにの九日くをまだをこなはぬかな。つかさの大将を。は月のころをひになりなば。 ろくおそろしとせめ申せ。さて。こよひのろくをばいかゞすべき。すゞしのなかたゞはきくきくあり。おもとには。 みづからをやはえたまはぬ。中将の朝臣。まへきの国のろくには。むすめをこそはとてたれとて御まへなるひだまひのふだに。 内侍かみになすよしかゝせ給て。それがうへにかくなむ。
 めのまへのえだよりいづる風のをとはかれにし物とおもほゆるかな
これがあはれなればなむとかきつけさせ給ひて。かんだちめたちの御中に。人々これになしてくだされよとてたうびつ。 左のおとゞみたまひて。いとおぼつかなし。たれならんとおぼせど。御てづからのことなれば。なしたまふ。 左大臣紀二位源朝臣すゑなとらんよりとかきつけて。そのかたはらに。
 風のをとはたれもあはれにきこゆれどいづれのえだとしらずもあるかな
おぼつかなきせんじになんとかきつけて。左のおとゞにたてまつり給へり。み給て。あやしく。たゞいまこともなききんのこゑいだして。 ないしのかみになるべき人。たえてなし。きんひきける人のそらにこそはあめれとおもはしよりてなし給ふ。左大臣二位藤原朝臣忠雅とかきつけて。かくなむ。
 たけくまのはなはのまつはおやもこもならべて秋のかぜはふかなん
とかきつけて。左大将にたてまつりたまふ。左大将見給て。これかれまいりて。これはなでうことぞ。さらばとてきこえ給ふ。 右のおとゞ。いさや。さらば。かくなむ思ひたまへよりたる。いかに。さはおぼさずや。いで。さもしらずかし。 さこそいへ。いたくおもほしよりたるかなとてなし給ふ。大納言正三位兼行左近衛大将陸奥出羽按察使源朝臣まさよりとかきつけて。
 花はより吹くる風のさむければむべもこ松はすゞしかりけり
とかきつけて右大将にたてまつり給ふ。見給て。あやし。こはなでうことゞもぞ。かねまさはこゝろえずやとのた給ふ。 うへ。けしう。そこは。こゝろえ給べきことにもあらずかし。おぼつかなくから。御なをはや。右大将。 かげろうこそ。これにはたてまつるべかめれ。おぼつかなくてはとのたまふ。うへ。おぼめくより。はかなくてやはありけむ。 いで。なしらせそやなどのたまふ。三位守大納言かねゆき左近衛大将春宮大夫藤原朝臣かねまさとかきて。
 ふけまさる松よりいづる風なれやことなるなみの涙おつるは
とかきつけ給て。民部卿にたてまつりたまふ。
三位権大納言兼民部卿源朝臣
さねまさとかきて。
 としふれどえだもうつらぬたかさごはとなりの松の風やこえまし
とかきて。左衛門督にたてまつり給ふ。それなし給ふ。中納言従三位兼左衛門督藤原朝臣まさなかとかきつけ給ふ。
 いにしへの松はかれにし住の江のむかしの風はわすれざりけり
とて。平中納言にたてまつり給ふ。中納言源三位平朝臣まさあきらとかきて。
 きく人はあねはのまつの風なれやむかしのこゑを思ひいづるは
とて。宮のかみにたてまつり給ふ。中納言中宮大夫従三位源朝臣ふんまさとかきつけてなど心々に御なしてくだりぬ。かくてこの歌。
 松かぜのむかしのこゑにきこゆるはやそじまより吹つたふらん
北方は。ごかのくどもしらべども。みなつかまつりはて急ぬ。上。あかずめでたしとおもほせど。こにしらべかへてつかうまつり給ふべきにもあらねば。 あかず心もとなし。とおぼしながら。上。ごかはかくおぼつかなくおもほゆれど。かごとばかりはあそばしつめり。 いまはこれよりかへらんこゑにしらべて。いまたひのせちえにあそばさむこゑをしらべて。まかで給へかしとのたまへば。 なをむかへのこゑにしらべてさぶらひ給ふ。上。としごろすぐしけることは。なげきてもかひなし。いまよりだに。 なをよろしからんせちえごとに。すべてせちえひとつに。てひとてづゝあそばせ。またせちゑならずとも。 春秋の草木のさかりの見どころあらんゆふぐれなどに。なをおもしろからんてあそばしてきかせ給へ。れいても千ねんがうちにいでこんせちゑごとにあそばすとも。 この御てのつくべきことのなきなんあはれなりける。人のよはかぎりあるものを。ゝのかぎりにして。ともの千ふかつきむことのかたきこと。 うけたまはりさして。よのかはらむはあはれ。うしろめたきこと。いかでか。そこにも。こゝにもまんざいのいのちよはひもがなとこそおもへ。
 ちとせふるまつよりいづる風のおとはたれかときはにきかんとすらん
内侍のかみ。
 こゑたえずふかんかぜにはまつよりもよはひゝさしき君ぞすゞまん
たれにかあらんと申給ふ。それがふぢやうなるにこそあはれなれ。よし。おもとにも。くさきとなるとも。 このことのねをそれにしたがへて。このあそばすをばうけたまはりて。とりのこゑにてもうけたまはりてん。 くさとならば。むしのこゑにてもきゝ。山とならば。風のをとにてもきゝ。うみかはとならば。なみたかきをとにてもなむきかんとのたまふ。 やうきひが。七月七日。ちやうせいでんにて。きこえちぎりければ。おもとには。こよひ仁寿殿にてをちぎりきこえん。 さらに長生殿のながき人のちぎりにおもほしおとすなと。よの中のあはれなる事をのたまひて。かくなん。
 ひめまつのつるの千とせはかはるともおなじかはべの水をながれん
そこにさおぼせかし。こゝにはたさらなり。内侍のかみ。ことでしはといふことのあれば。えなむとて。
 ふぢせをもわかじとおもへどもあすかゞはそなたのみづやなかよどみせむ
とのみなむ。さらにみには。ふかきこゝろをとのみこそ。上。よし。さて心み給へかしとて。
 もろともにながれてをみんしら川やいづれの水かわきはまさると
などのたまふほどに。ないぜんにおほせ事ありければ。御まへの物いときよらにてまいり。せんがうのおしきよそぢ。 それにおしきのだいしき物。いとになくきよらにて。ごきどもなどさらにもいはず。おなじくもりたるくだ物から物。 よのつねのくひものにはあれども。いとめでたし。上。右近のさねよりの中将ひやう衛の督などに。かくてものし給ふに。 こよひこのきんつかうまつる人。いとめでたき人なるを。あそん。なをないぜんにつきて。このまへの物。 すこしなさけづいてたゞいま物せよ。くだ物など。いとけうある物をえらびてつかうまつれとおほせられければ。 この君。殿下のてをつくして。らうありとある人。殿上人などして。ゝづかうまないたにむかいて。ゑんのいうそくたち三四十人して。 ゝうじいだしたること。いときよらなり。 かくて。めでたくて御ことつかうまつりはてゝ。あか月がたになるほどになん。ないしう四十人。みなしやうぞくしつらねて。 よそぢのをしきとりてまいりける。かく内侍督になり給ぬるすなはち。女官みなおどろきて。にはかにないけうばうよりも。 いづくよりもいづくよりもかみあげ。しやうぞくして。かたみいできて。この御をしきとりてまいる。 ないしのすけ。まかなひしたまふ。そのすけ。いとやんごとなき人なり。うへつかうまつり給て。源氏みこたちなどの御こにておはします。 源氏の女なり。よくてみな。このないしのかみの御ともにあるおとなわらはなどに。いときよらに物たまふ。 かゝるほどに。大将のおとゞ。まかで。ものまいりなどする程に。わがめとしりはて給ぬ。大将。あやしく。 そゞろにてまいりけるかなとおぼせど。その人の御めことて。さるおほそらの中にいではしりてあるに。 ことにはづかしからず。かくしくす給ふ。おとゞ。いやますますに心にくゝなり。かゝる女もたりたる人。 いかにこと人をみんと。ききさきの宮よりはじめたてまつり。そこばくの人おもほす。げにはた。みめかたちよりも。うちいだしたるさら。 うみいだしたるこなどをみるに。いとよのつねの人ならず見え給ふ人なれば。かへりてめいぼくありと。 むかしよりきこしめしかけて。つねにとはせ給ふ。いまにてもおぼしはなれで。とはせ給ふものを。かくてさぶらひ給ふに。 のたまひかゝることもこそあれと心はそらにおぼして。この殿のまん所べたう。左京の督たちばなのもとゆきの。 北方の御をくりにまいりたるをめして。のたまふやう。このさとの。にはかに女官のあるじしたまうつるめるを。 かの三条に。たゞいまゝうでゝ。さる心まうけせられよ。かならずをくりに人々ものせられなむ。女官のつくべきかた。 へがのおとこのつき給ふ所など。きよらにしつらはせん。もとゆき。おましどころは。このすまひに。こなたかちたまはゞ。としつらひさぶら。 御あるじのことなどは。こたみは。かねて心してつかうまつりたれば。なでうわづらひも侍まじ。おとゞ。されど。すまゐにかたんまうけにこそあらめ。 これは。かくにわかにちうあるせんじにてあることなるを。女のあるじなどのこと。いときよらになむせまほしき。 あるじのこと。心ことにあるべし。いはむや。たゞいまの女官どもゝなり。やむごとなきすけなど。はたものし給ふせ。 よういせむ。さい将中将もものせんとすれど。こゝにまかでられんに。なくてはあしかるべければなどいとくはしくのた給てつかはしつ。 かゝるほどに。うち。はた。いかでこのをくり物いとめでたくしてしかれとおもほして。左のおとゞにの給ふ。 この内侍かみのまかでんに。いかで。けうあらんをくり物してしがなと思ひふを。さる心もなく。にはかなることなれば。 えなでうことなからんが。いといとをしきこと。蔵人所くらづかさのわたりに。すこしいまめき。らうあらんものは。 とうでられなんや。このことものせまを給ふへ。これ。うしんのぞうにてはんたうるさきの人なり。心してものせさせ給へとのたまふ。 后宮仁寿殿なども。いかでか。いさゝかなりともものせんなどおもほす。 かゝるほどに。上。内侍かみに御ものがたりしたまふついでに。こよひ御もとにさぶらう人の中に。内侍つかうまつるべき人はありや。 このごろ。上のないしつかうまつるべき人の。ひとりなむなき。すこしものなどしりて。さてもありぬべからん人。 たうばりになさせ給へ。やがてそこにまいりなどしたまはんに。うしろみもせさせ給へ。すべて女官のことは。 なにごとにも御心のまゝにを。むかしよりかやうならましかば。いまはこくもときこえてましかし。 はいてもなかたゞのあそんばかりのしんわうなからましかし。よし。ゆくすゑまでも。わたくしの后におもはんかし。 時々なをまいり給へ。みやす所は。ねがひにしたがいて。せいりやう殿をもゆづりきこゑん。みづからはやかきにすむとも。 御ねがひの所はものせん。さてさぶらはるとも。人あしとはものせじを。なをさてものし給へ。右大将のせいせんもあぢきなし。 いまは。それにもなしたがい給そかし。さてもけしうはあらじ。ねたうとおぼさんやは。それには。なつゝみ給そ。 かくてところをばさてのみやあらん。ないしのかみ。なにかは。さぶらはんをせいする人の侍らん。すゞろにさぶらはゞこそあらめ。 上。おもとだにものしたまはゞ。なにかさらん。かくれたる所こそ。かく物をぢはすれ。心ざし。むかしよりさらにたとふる物なくおほかれば。 なをさて思ひてあれど。いまはた。なをさてのみはえあるまじきを。天下にかくいそぐ心ざしのかたがたありとも。 さとにものしたまはんに。はたえものせじを。こゝにものしたまはゞなんよかるべき。やがてもさぶらひ給へときこえむとすれど。 さまざまにすゞしきことなんこの月にはある。十五夜にかならず御むかへをせん。このしらべを。かゝることのたがはぬほどに。 かならず十五夜にとおもほしたれ。内侍のかみ。それは。かぐやひめこそさぶらふべかなれ。上。こゝには。たま。 はたをくりてさぶらはんかし。ないしのかみ。こやすがいはちかうさぶらんかし。上。いかでこのないしのかみ御らんぜんとおぼすに。 御とのあぶら。物あらはにともせばものし。いかにせましとおもほしおはしますに。ほたる。をはします御まへわたりに。 三四つれてとびありく。上。これがひかりに。物はみしぬべかめりとおぼして。たちはしりて。みなとらへて。 御そでにつゝみて御らんずるに。あまたあらんはよかりぬべければ。やがて。わらはべやさぶらう。ほたるすこしもとめよや。 かのふみ思ひいでんとおほせらる。殿上わらはべ。よふけぬれば。さぶらはぬうちにも。なかたゞのあそんは。 うけたまはりうる心ありて。みづのほとり。くさのわたりにありきて。おほくのほたるをとらへて。 てうふくのそでにつゝみてもてまいりて。くらき所にたちて。このほたるをつゝみながらうそぶくときに。 うへ。いとゝく御らんつけて。なをしの御そでにうつしとりて。つゝみかくしてもてまいり給て。内侍のかみのさぶらひたまふき丁のかたびらをうちかけ給て。 ものなどのたまふに。かのないしの督のほどちかきに。このほたるをさしよせて。つゝみながらうそぶき給へば。 さるうすものゝ御なをしにそこゝつゝまれたれば。のこる所なくみゆる時に。ないしのかみ。あやしのわざやとうちわらひて。かくきこゆ。
 ころもうすみ袖のうちよりみゆるひはみつしほたるゝあまやすむらん
ときこえ給ふさま。めでたき人の。ものなどいひいだしたる。さらなり。しいゐだしたるまへなど。はたいとめでたく。 心にくき人の。そのかたち。はたよにたぐひなくいみじき人の。さるらうあるものゝひかりにほのかにみゆるは。ましていとなむせちなりける。上。 御らんずるにたとふべき人なく。めでたく御らんずる事かぎりなし。かくていらへ給ふ。としごろの心ざしはこれにこそみゆれ。
 しほたれてとしもへにけるそでのうらはほのかにみるぞかけてうれしき
上。おはしまして。よろづにあはれにをかしき御物がたりをしつゝおはしますほどに。よあか月に成ゆく。とりうちなきはじめなどするに。うへ。 まれにあふよはといふことは。まことなりけりなどのたまふ。
 あか月のこゑをばきかでひなどりのをなじとぐらにぬるよしもがな
とのたまへば。内侍のかみ。
 かいのうちをゆめよりかへるひなどりはたかきとぐらをよそにみるかな
ときこえ給ふほどに。夜あけなんとするにに。かんのおとゞいそぎ給ふに。やうやうひなどみゆるほどに。いそぎ給ふ。 またまつや。そもそもこはあか月かは。まだあけぐれもひかりみゆるものをとて。右大将。さだめてのたまへとのたまふ。 大将。なをさだめがたくなむ。なをゆふつけどりのひなとなるこゑなんきこゆ。いづれにか侍らん。ふたうになん。たゞいまもおぼえ侍とて。
 しのゝめはまだすみのえかおぼつかなさすがにいそぐとりのこゑかな
これをなんうけたまはりわづらふと申たまふ。上。うちわらひ給て。内侍のかみの御もとに。きゝ給へ。 かく人の申うるめる。こゝにはきゝなむまさるとて。
 ほのかにもゆふつけどりときこゆればなをあふさかをちかしと思はん
とのたまふ。かんのおとゞ。
 なをのみはたのまぬ物をあふさかはゆるさぬせきはこゑずとかきく
なをふたうになんあなる。うへ。なを。いで。かいなくものたまふかなとて。
 たのめどもあさかりければあふさかのしみづもたえてむすばれぬかな
あいおぼされざりけりとのたまふ。 なをまかで。左のおとゞ。くら人どころより。まきゑのみぞびつ。はたに。だゐおほゐあふごとはたさらにもいはず。 つかひも所のあづかりつかうまつりけるを。なをつかまつりける上ずして。つかまつらせ給へりける御からびつどもに。 よろづのらうあるもの。ろうのあやつきめでたきは。これがたはかりなむ。にしきなどのおもしろきは。 これがおゝいにと。ゝしをへてえりとゝのへて。ゝうじたまへる物も。たゞこの御れうになむ。それにくら人所にも。 すべて。もろこしの人のくるごとに。からものゝけうしやくし給て。のぼりくるごとには。あやにしきになむめづらしき物はこのからびつにえりいれ。 かうも。 すぐれたるは。これにゑりいれつゝ。やんごとなくかうざくならんことのためにとてこそ。ひつとかけこにつみて。 くら人所にをかせ給へるを。左のおとゞ。としごろ。にはかにかくさくならんおりにとててうぜさせ給ふてあるを。 あめのした。こよひの御をくり物よりこえて。さらにさらにせじ。これよりいつかあらん。ひとつはとしかげがむすめなり。おとこは右大将といひて。 えなたなり。しいだすわざ。としかげがよのきんなり。あめのした。これよりこえたる心にくさ。いつかあらん。 これをこよひのをくり物にせん。かんだうあらじなどおもほして。それ。とかけとりいでられ。いま十かけのみぞびつに。 くらづかさのきぬのかぎり。になき。えりいだして。いつかけのからびつのうへに。五百疋いみじきかぎり。 いまいつかけには。たゝみわたのゆきのふりかけたるやうなるが。五しやくばかりのひろさ。五百枚えりいれて。 かのくら人所のとかけには。あやにしき。花ふれう。いろいろのかうは色をつくして。ざかうぢん丁子。ざかうもぢんも。 たうじんのたびごとにゑりをかせ給へる。くら人所のとかけ。あふごだいおほゐ。さらにもいはず。いといみじくめでたくて。 かけとゝのへてさぶらひ給ふ。后宮より。をなじきしづかはのなかつねがつかうまつれるさきえのみぞばこいつよろひに。 御しやうぞく。なつのは夏。秋のは秋。冬のは御よそひさまざまに。いふかぎりなくきよらなり。御もとはかたぎのにもあれ。 またそめたる色も。かぎりなし。からの御ぞおほんらわきなどいへばさらなり。めづらしきもんにおりて。 これも。かゝるようもこそとみえあれとて。よろづにめでたくてまうけたまへるなりけり。これをなむ御はこどもにいれ給ひて。 いれかたびらつゝみなどいときよらなり。ろうをいれかたびらにして。きのみどりのそらのかいぶのもんをまたつゝみにしたり。 みな。から物どもをしたり。又。女御たち。そこらの御中に。じゞうでんのみなむ。したまゐける。さるせちなるもの。 はた。えこときんだちはとうでたまはず。こよひのないしのかみの御をくり物は。よの中にかしこき人えととてたまはねど。 じゞう殿は。さる大将どのゝいつきむすめといふ所なん。さいへど。とうでたまいける。しろがねをすきばこにくまきたる。 くみめいとおもしろく。ひとよろいには秋山をくみすへ。のには。くさ花てふとり。山には。このはのいろいろとりどもすへなどしたるさま。 いとおもしろし。をなじき山の心ばへ。いとらうある。くみすへ。一ころいには夏のの山を。山にはみどりの木のは。 とりどものこりあそべる山がはの心。みづとりのゐたるさま。きのはたにむしどものすみたるなど。いとめでたくなまめき。 めづらかに。その山ざとの人のすみたる心ばへなど。くみすへたる。あらはにめでたし。いま一よろひには。 はるのさくらなどおひたるしまどもなどの心ばへ。ふねどもなど。そのうみ。いとらうありて。いとめづらしくをかしきことゞも。 くみすへたるすきばこ一よろひ。しろがねのたかつき。かねのぬりものして。そのたかつきのあしにもおもてよく。 かくらうある物ゝかた。おかしきものゝさまなどかいつけて。いとよのつねならず。それに御よそひ。さらにもいはず。 いといみじくめでたくて。夏冬のよそひをすきばこに入て。そのしき物。うへのおほゐ。うへのくみ子せられけるさま。 いとらうらうしくこゝろふかし。いま二には。おほんくしのてうど。すへびたひよりはじめ。さいしもとゆいおほんくしどもなど。 そのくさとにもいはず。めでたくて。むたかつきなむまうけたまへりける。

たてまいり…たてまつりか。
所とき…所せきか。
おほみ…おほみきか。
どり…どもか。
こゝは…てはか。
うしろ…うしろみか。
内らん…内えんか。
その御ふミ給…その御ふミゝ給か。
たまひし…たましひか。
ありがたさ…ありがたきか。
時ほど…時などか。
まさよりは…まさよりがか。
もとにか…もとにハか。
三条殿にして…「して」衍字か。
かよはしたまひけりなかに…かよはしたまひけるなかにか。
とそれに…「と」衍字か。
いまめきたり…いまめきたるか。
ひとい…ひとひか。
ともきたまへ…ききたまへか。
さまの…さやうのか。
たうし…たらしか。
なんらうへき…なをらうへしか。
にしのみやに…にしのみまやにか。
ていたるハお…くいたるいおか。
このま…御むまか。
九す…九寸。
なく…ゝなくか。
たかゐ…たかゝゐか。
大将殿に…「に」衍字か。
へたる…そへたるか。
ハし…いしか。
のたまふと…のたまふをか。
さらへ…さぶらへか。
つゝくとも…ろくどもか。
おとらじなむ…おとらじとなむか。
ものに…にものか。
こと給ふ…ことし給ふか。
すくし…すゞしか。
おぼえ…おぼしか。
何な…あなか。
こへ…らへか。
もたう…もたらか。
なかき…なかにか。
さるえふ…さぶらふか。
ききしと…ききしはか。
いらん…いらへか。
返事せよ…「せよ」衍字か。
思ひいて…思はでか。
地上…「地」衍字か。
事も…事どもか。
思かし…思ひしか。
まさる…まさりか。
まかなひ…この前に脱文あるべし。
たゆまざら…たゆまざるか。
わざとす…わざせずか。
んん…人々か。
ないたい…るいだいか。
らうあり…らうあるか。
なき…なびきか。
五日は…五日にはか。
せちく…せちえか。
ひとへ…ひとつか。
しなく…しるくか。
ふ…うへか。
とく…とてか。
うへうへ…うへにか。
たにまつらば…たてまつらばか。
かくし…かへしか。
よなど…上などか。
たまハぬ…たまひぬか。
こども…こどもゝか。
ものがたり…この前に脱文あるか。
ようくる…よふくるか。
あはせらるゝなりつる…あはせらるなりつるか。
うへに…こへにか。
もどかしかしずや…もどかしからずやか。
をとし…おとどか。
けれを…それをか。
中侍…中将か。
つかうまつりとて…つかうまつるとてか。
みせよや…みせよやとか。
きは…さはか。
いきをほひ…いきほひか。
思ふか…思ふハか。
もと…もとめか。
をくれたる…すぐれたるか。
あるまで…あかねどか。
おぼえぬ…おぼえねか。
しらせんむかし…「む」衍字か。
おほせられば…おほせらるればか。
ちゝ…ちごか。
兵卿…兵部卿か。
いとまこそはかいるに…さまこそはいづれにか。
たこし…すこしか。
いらんじて…ごらんじてか。
ことことめたり…もこそあたりか。
なには…などはか。
たてゝまつる…たてまつるか。
さぞ…御ぞか。
はせ…わせ。
からゐ…かうゐか。
なえん…ないえんか。
仁寿殿女御ひるのまかなひには…衍字か。
めづつらしき…「つ」衍字か。
さぶらひたまひけり…さぶらひたまひけるか。
御せち…五せちか。
つかうまつり…つかうまつるか。
十七人…「十」衍字か。
みやらふ…みやうぶか
こゑ…うゑか。
さるゝふ…さぶらふか。
とのみこ…ときのみこか。
みぢざかり…ゝみぢざかりか。
さはら…さまあらか。
たしいま…たゞいまか。
さるるひ…さぶらひか。
さるらふ…さぶらふか。
のままひ…のたまひか。
かへたるあは…かえたるぞはか。
宮こ…宮こにか。
左のすまひ…右のすまひか。
いとなみ…いどみか。
つかうまつり給ふ…つかうまつり給へか。
ほどになる…ほどになりか。
しとみ…ゝどみか。
げにげにげに…衍字か。
見せて…みてか。
き聞え…「き」衍字か。
かへしあまり…かくしあまるか。
おもほゆるらん…およほゆらんか。
大上…弾正。
とて…とりてか。
なむやい…なむやハか。
たまハて…たまひてか。
さらに…さこそか。
いはて…いはせてか。
しやうぞこ…「こ」衍字か。
すまひと…すまひもか。
かつかうまつり…かのつかうまつりか。
なのかひ…たがひか。
これこゑ…これがこゑか。
おもかへし…おりかへしか。
このは…てのはか。
かへして…「て」衍字か。
もゝの…このか。
くちづかう…くちづからか。
しをなに…しをるにか。
ハかりて…かかりてか。
いらく…いらへか。
てづかう…てづからか。
御らむとさせ…御らむぜさせか。
わたり…わたるか。
いちゝ…いらへか。
あはれ…はあれか。
しらへ…しらんか。
ふには…上にはか。
はこて…はかなうか。
いらゝ…以下全ていらへか。
かと…とかか。
おもとに…おもはずか。
したいほ…したバをか。
ことしやく…さぞさやぐか。
をぎ…萩か。
こちててう…「て」衍字か。
さしに…さらにか。
きこえうせ…「こ」衍字か。
はへは…いへばか。
のきみ…衍字か。
おほせぬと…おおせねどか。
中侍…中将か。
あひつる…あひなうか。
もとめぐり…もとめゝぐりか。
ごとも…ごとにか。
まにて…まかでか。
とらはせ…とゝはせか。
つかめし…つかハしか。
つるま…くるまか。
どもゝある…どもゝありか。
きゝ給へる…きゝ給へばか。
そうするなり…そうすなりか。
ほうとく…けうとくか。
くちづかう…くちづからか。
ひミつに…ひとへにか。
おほせらるとや…おほせらるるやか。
きよらなる…きよらなりか。
夕はつ…夕ばへか。
ありとか…ありとかとか。
さはふれ…たはぶれか。
いかで…いかでとか。
なとごと…なにごとか。
あくまてこゝにしやく…あくまこくにふしやくか。
ともに…とりにか。
さりともと…さりともか。
ともに…とりにか。
くれん女…くわん女か。
これへ…うれへか。
こく女…こく母か。
わづらひある…わづらひありか。
やまて…やまゝでか。
はになき…はかなきか。
このころの…このこゝろのか。
ことかなと…ことハなにか。
たのみ…とのみか。
きゝ…きくか。
そこ…ぞうか。
物の…「の」衍字か。
なには…などはか。
あかん…あらんか。
ありもしん…ありもしなんか。
うつくし…「く」衍字か。
すこし…すましか。
はしにねて…はしにゐてか。
なりに…なかにか。
まつらん…まいらんか。
はいても…わいても。
ものゝと…ものゝしとか。
はやこ…はやうか。
さりや…さもやか。
さけたまひ…まけたまひか。
びやうげ…びりやうげか。
きこゆ…ゝこゆか。
ととも…「と」衍字か。
ながらん…ながらも。
せをし…せばしか。
かと…ことか。
思ひわすれは…思ひわすれてはか。
なかたゝみ…なかずみか。
おもよ…おりよか。
をを…衍字か。
木丁の…木丁をか。
くはかせたてつり…くつはかせたてまつりか。
としごろのの…「の」衍字か。
むかし…むかしのか。
思ひて…と思ひてか。
まいらせたまふ…まいらせたまへか。
さらゆつ…さらにゆづるか。
いそぎまかで…いそぎまうでか。
さぶら…さぶらふか。
うたてな…うてなか。
きこえかし…きこえんかしか。
そうまう…ぞうからか。
とく…とてか。
とと…衍字か。
かつじ…かへじか。
このミ…このこえか。
きたかた…きたのかたか。
かたに…かたきにか。
これこ…これとか。
おぼえ侍らずなん…直後に脱文あるか。
つゝき…つらきか。
はかく…わかく。
きて…きくか。
かの…「か」衍字か。
おほくて…おぼえてか。
はし…はうしか。
こののたまふこの…こののたまふごくか。
ゐの…身のか。
こくにも…こくもか。
こもり…こくもか。
かとかくす…ことかへずか。
めい…めこか。
たつれ…ざりつれか。
いのはく…八のはくか。
みせ…みかどか。
ふゝりし…まさりしか。
このはく…以下二のはくか。
ずへし…ずんじか。
このはゝ…二のはくか。
ひとしく…ひとしてか。
物ふ…物ゝふか。
思ひに…思ふにか。
ありには…あるにはか。
北方の…「の」衍字か。
こくはく…二のはくか。
九日くを…九日のろくをか。
まへ…衍字か。
とてたれ…とりたれか。
紀二位…従二位か。
そらに…ぞうにか。
おもはし…おもほしか。
のた給ふ…全て「た」衍字か。
おぼつかなくから…おぼつかなゝがらか。
かねゆき…兼行か。
やそじまより…やそじまよりやか。
くども…てどもか。
れいても…わいてもか。
殿下の…天下の。
ゝづかう…ゝづからか。
かたみ…かたみにか。
よくて…かくてか。
おほそら…おほぞうか。
ききさき…「き」衍字か。
さら…ざえか。
ありと…あれどか。
つるめるを…べかめるをか。
へがの…えがの。
ひさぶら…さぶらふか。
ちうある…らうあるか。
どもゝ…「ゝ」衍字か。
給ふせ…給ふをか。
しかれ…しがなか。
思ひふを…「ひ」衍字か。
ものせまを給ふへ…ものせさせ給へか。
さきの人…「の」衍字か。
はいても…わいても。
さぶらん…さぶらはんか。
みしぬ…みえぬか。
御らんつけて…御らんじつけてか。
しいゐだしたるまへなど…しいだしたるざへなどか。
するにに…「に」衍字か。
またまつや…またまへやか。
申うるめる…申さるめるか。
にしきになむ…にしきになくか。
かくさく…かうざくか。
花…花文か。
さきえ…まきえか。
らわき…うわぎか。
とみえ…とみにか。
ととて…とうでか。
ころい…よろいか。
くさとにも…くさとしもか。
むたかつき…六たかつき。


《うつほ物語前田本》国ゆづりの中

かうて。けふは。左の大殿の大饗。やがてこの御方御まへにて。しん殿おもしろくつくりざまいかめしければ。し給ふ。 れいのごといかめし。かんだちめはみなれいの人々なれば。御方ことにみ給はず。右おとゞばかりぞまら人にてものし給へる。 またの日は。右の大殿の。いといかめしうし給。三条殿いとおもしろくきようにつくりなされたれば。 そこにてし給。しん殿はかんだちめのざにしつらはれ。ひんがしの一のたいをだんじやうの宮。 らう。まうちぎみのざに。二のたいらうかけてところどころにせられたり。かんだちめつねに物し給はぬ所なれば。 御心づかひしつゝまうで給。右のおとゞもものし給。右のおとゞ。こゝには。この大きやうしはじむる日なるを。 かしこくとも。宮たちかたらひきこえていてたてまつり給へときこえ給へば。だんじやうの宮。そつの宮にかうかうときこえ給へば。 宮たち。大饗のところになつきそと。たびたび上ののたまはすれば。左の大将殿になんつき侍らずなん。 さりともさはの給らんをとて。大将もろともにまうで給。おとゞ。悦かしこまり給。この大饗のことは。 宮のさうにしり給はず。かくて。このおとゞ。あるじのおとゞにきこえ給。こゝには。かへりあるじはじめ給し時ぞまいりたりしかし。 としごろあらぬさまにしなさせ給てけり。むかしよりかくならひたるしきに侍れば。御心ざしもかはらでおなじことゝ思ひ給ふれど。 そのことゝも侍らで。えことさらにきこえさせ侍らぬや。あるじのおとゞ。こゝにも。さらにへだてきこゆることもなけれど。 そが中に。いまはた大将などまでさぶらへば。むかしよりこゝろざしふかくなどきこえ給。さきにまいりたりしには。 大将のまだみすくに物し給しかばこそときこえ給へば。あるじのおとゞ。さきの御ごてもの。たがへさせ給へりとて。 つねになげきし物をときこえ給へば。さてたてまつらずや。かのもたまへる人は。まさよりがこにてやしなひたてまつるぞかし。 見たてまつり給に。かいなくはよにも。あるじのおとゞ。されど。ほいたがひたるやうになん。一日。中納言の。 いとめづらしうまいられたりけるは。いかなることにか。殿をふかくうらみたてまつりてまじらはれぬとこそうけたまはりしか。 ありは。こたみのことは。よろづのことをかうわすれぬべき御心ざしぞかし。これをみ給ふるこそ心づかひは。 まらうどのとのゝの給。ありしかばなん。あるじのおとゞ。さの給なしがたきやうなり。かのすぢによりてとみたればこそ。 よの人みな心づかひし。かしこまりきこゆめれ。御物がたりし給て。御中いとよげにみゆ。女がたには。 おとなわらは下づかへ。かぎりなくさうぞきていとおほかり。かづけ物ども。さまざまにいとめでたくして。 とらでさせ給。ひきいで物みなあり。ごたちはいと心ことなり。かくて。よひとよあそびあかし給。御まへのいけに。 つるかくるがくにあはせて。いできつゝまふ。つとめてかへり給。

らう…衍字か。
右のおとゞ…左のおとゞか。
大将殿に…大殿だにか。
大将…大殿か。
さうに…さらにか。
ありは…さるはか。
とらで…とうでか。


《うつほ物語前田本》楼のうへの上

かくてうちとう宮にも。わか君見まほしうせさせ給て。たびたびの給へば。をのれはわかこしゐてまいらせよとて。まいらせたてまつり給。 かんの殿の御方に御さうぞくかし給。びづらゆひたまへるは。いますこしおかしげに。めでたくおはす。 ゐてまいり給つれば。うちとう宮も。ひとゝころにおはしまして。いとうつくしき人なりけりとのたまはす。 ありさまらうたげにおかし。びはめして。ひけとのたまはす。しばし御いらへもし給はねば。大将。 なをつかまつれ。まだいとおさなくはべり。おほきなるは人にいだかれてなむひきはべるとそうし給。 女房たちあまたさしいでゝみる。ゝゑんじの中納言。このきゝつるはこれか。いとうつくしかりけるひとを。 いさゝでみたてまつらざりけるよ。このひざにをとていだきてひかせまへば。すこしばかりいとになくひきてさしをき給。 うへも宮も。やがてとゞめんとの給へど。まだいとおさなくはべりてとそうし給。 中納言しのびやかに。いでその給みやたてかたじけなけれども。この宮にやあらんなかの君にはまさり給はじ。 いかにとの給へば。さらにいとみぐるしう。たゞ宮の御まねをして。さがなう心こわく。なまめかしきけもはべらず。 されば宮にも。あからさまにもゐてまいれば。見給とて。むまれし時より心おそろしきものとみき。 いぬ宮のはらかすにはあらざめり。ゐていねとぞおもひたまふ。おとゞはたゞこゝろにまかせてみたまふ。 ふようのものなり。この君なかたゞよがをしへむこともきゝつべし。てなどもいとうつくしうかき。 こゑもいとおかしうぞはべる。とう宮。ふぢつぼの御かたにいざとゐておはす。大将まいり給。うちにたゞよびによびいれ給つ。 き丁ばかりひきよせておはす。いみじうゝつしがり給。大将そわうの君に。いとおさなき人まいりたまひにけり。 よびいれ給へ。そらわうの君。いとうつくしきはたれにたてまつらせ給にかあらんとてかくれもあえさせ給はざめれば。 大将。あらじものを。くはみ給へかしとてむき給へるは。人々わらはなり。まことはまことけさのたとひもあなれば。 ものゝはじめにゆくしきを。いかでかとてまかでさせんとの給へば。あやしの事やとてしのびやかにわらひ給けしきもきこゆ。 とくとくとのみのたまへば。さのみやは。まことは。いとうつくしき御ありさまを。つねにまいらせ給へとて。 宮もとろもにいで給へり。みくらべたてまつらせ給に。うつくしげにあてにけだかき事のいとことのほかにもあらぬを。 こにひきつれてみんぞおもだゝしくおぼえ給。しろかねこがねのわらはの。すまひとりたるかたをえたまひてまかでたまひぬ。 かんの殿に。しかじかなむときこえ給へば。いとうれしとおぼす。宮君は殿をばてゝきとてむつれたてまつり給。 大将をばよそに見えなゝたてまつり給て。大将まいり給めりやなどきこえ給て。ことゝさしはなち給。 宮は大将をば。はゝこそとつけ給て。いとようしたてまつり給へば。おかしがりうつくしがりたてまつり給。

ゝゑん…ぐゑんか。
いさゝで…さに傍書「ま歟」。
はらかす…はらからか。
よが…らがか。
ゝつしがり…ゝつくしがりか。
そらわう…そわうか。
まことはまこと…「まこと」衍字か。
ゆくしき…くに傍書「ゆ歟」。


《うつほ物語前田本》楼のうへの上

大将院にまいりたまへるに。ふるきところめづらかなるさまに。ろうなどつくるべかなるは。いかなることあるぞ。 をのこども。いとおかしなどゝこそいふめれとの給はすれば。なんでうこともはべらず。いぬ宮の。しづかなる所にはべれば。 かしこにてきむならひ給べきなり。ないしのかみ。いまはやうやう身あつしく侍に。このてつたへとゞめん事いまはたれにかはとはべるを。 むかしのやうにもはべらざめれば。なかたゞおほやけにいとま給はりて。心しづかにてものし侍らんとそうし給へば。 いと御けしきよろしくて。げにさるべき事なり。それこそはいとひなきことにはあなれ。すまゐにいとはつかにきゝて。 えまたきかずなりにしこそ。いとくちおしけれ。はじめには。うたて心あはたゞしきやうならん。 かならずかのすゑつかたにいきてきかむ。おもひのやうにをしへられたらんよろこびも。いまはかくなりたりとも。 さりともこゝにこそはせめ。いとうれしく一宮のみもとにこのてのとまるこそほいなう心ちすれ。 さていとまは心しづかにて。みゆるされがたくやものせられん。いかにとの給はす。大将の。 その事をなん。たゞ御けしきになむはべる。かたりべうともさこそはあべかめれとおほせらるゝ。 かのふみのゝこりゆかしくおもふやうなにおほせられて。まかで給ふに。さがの院のくら人。 御つかひにて御くるまのもとによりて。とのにまいりてはべりつれど。院になむおはしますとはべりつれば。かならずまいり給べきときこゆれば。やがてまいり給。 とのかたにおはしましけり。月ごろまちかねてなむ。さるは。いとうれしきよろこびもいかでかくとおもふや。 その事は一条に心ぐるしうてものせられし宮の。あはひめみゆるさまにてなむあるとものし給しかば。 その事御もとにいひもよをされたるになむ。ことにふれていとあはれにうれしといひ給へば。 ゆくすゑいまはいとみじかきにいとうれしくなむ。かくいとおそろしげにて人にいとはるゝよに。 しせのいかうにたらむ事もがなといまひとたびとたびとのみぞおもひいづる。あはれにこゝろぼそきなぐさめにとおもふかなし。 まことにある人のいふ。ふるきあとあらためつくられて。ろうなどめづらかなるさまにつくりていとおもしろき事あるべしとのみきくを。 などかいと心うくむけに思すてられたらん給へらん。院のみゆきも幸行などあらんに。はたいこもたいめのかたに。 人々にはさやうのつゐでにだに。いかでとなむ思ふ。大将。おもひかしこまりてうけ給はりぬ。 しばしばもさぶらひぬべきを。おほやけわたくしと。みさらぬ事どもをあけくらしいとま候はずしてなむ。 宮の御事はなにがしがつる申つる事にもはべらず。ことにふれて。かたじけなく。いかにとかしこまり給ふる事をなむとなむ。 いよいよまつるを。思ふ事ものせむとの給はせて。かのところなむゆかしとおぼゆるやうは。むかしのしげのゝわうふるのあそむのないはうは。 わがをばにいまそかりし宮也。としかげのあそんのはゝのぐゑんじは。宮すどころばらのまたいもうとなりしかば。 我まだみこなりし時かのをば宮のすみ給し時。いとおもしろかりしところなりしかば。春秋ふみつくりにものしてみしに。 いまほのかにおもひいづるに。いとあはれにゆかしきところになむあるを。いかなるわざをせらるべきぞ。 さるべき事あらば。こかむの事おほくてまじらまほしくなむあるとおほせらるゝを。つねにいにしへのことおもふにも。 きくにもあはれにのみものをおぼえ給に。おぼつかなかりつる事もあきらかにのたまはすなに。おもしろうかたじけなうおぼえ給て。 あなかしこ。御念仏をもなどかはかならずまいりはべりて。むかしがたは。としふかくいりはべらで。 おもひ給へはゞかりしを。いまは心よくなにごとの事のおりにも。おほせごとのまゝにこそ。そむかずははべらんとおもひ給ふるに。 こゝろはなかたゞこそはへだてあらためられめと思給ふるうちに。ないしにかみほいありて。いかでかのところに。 いまはほいありてかの所にはべらん。つゐでに一宮のわか君の。いまはおよずけてきむひかまほしうし給に。 をしへさせはべらんとてなむ。おほかたにてはしづるならずはべれば。すこしはなれてたかきさまなるものたてさせはべるを。 しかことごとしく人のそらするにやはべらむ。院おほきにおどろきけうぜさせ給て。ぎやうかうよりは。 それこそ天下におもしろき事はあなれ。すざくゐんはうちにてもすまひのおりもきゝ給けり。 としかげのあそんのもろこしよりのぼりて。きむをたてまつりしに。そのねれいのことにもにず。ひゞきよく。 おどろおどろしかりしかば。ひきとゞめてとものせしにもきかず。きかまほしかりしこともきかせず。 かゝる事なる事をこのみしあひだに。ふみのみちをばさるかたにて。このかたのしにせん。女宮たちにもをしへたてまつらむとたびたびいはせしにもきかで。 かのないしのかみをちゝはゝのかなしかる人にては。かぎりなくいたはしう又なきものにおもひときて。 心もありしかば。女がたよりもたびたびものすることありしにも。いとこゝろつよう心ふかゝりし人にて。 おほやけをうらみ世中をしらでなむ。身をも心づからしづめてし。そのおりの大じんどもの。このくにのための。かぎりなきめいぼくをひろめんといひいだしたてし事を。 こゝにはおしみおもひしかひなく。我一人にうらみをとゞめられにしになむ。いまにあかずあはれにおもふ。 このみよにだに。かのかんじをいまはかくのこりなきみにゆるされなばや。いかにうれしからんとなんものしつると。 かならずつたへられよ。それを。きむのこゑをあくまでひきてきかせ給ばこそは。げにとこゝろやすくおぼえめ。大将。 むかしの事はくはしうもえしり給へず。おほせ事はいかゞものしはべらむ。いまはほれぼれしうなりてはべれども。そのうちにもまいりて。 いとよくきこしめさせ侍なむ。院のうちにもまいりていとにくきこしめさせはべりなむ。院うちゑませ給て。いな。 それはえあるまじきことなり。おほやけわたくしとなくならはれたれば。かのちごにをしへはてられんすゑつかたなむ。 いときかまほしきなどさまざまにいにしへのあはれなる事も。いさゝかほけほけしうからずおほせらる。 おはしまさむことのがれあるべきならずのたまはす。院うちしつらひておはします。としたかうならせ給へるやうならず。 いときよらにめでたし。つき十五日にはそうあまためして御念仏。殿上人かんだちめあまたして。 それにたえたる人してはさうがうせしめたまふ。院うちぎしきいとになし。かくてまかでたまひぬ。 いぬ宮の御かたには。おなじもやのにしに。げにちいさき木丁たてゝ。しつらひ給へり。ちいさき人々さゝやかなるごばに。 ごうちいだり。御てのあやのひとへのくろきよりさしいで給へる。いとうつくしげにおはす。ちご宮兵衛などいぬ宮といかゞうち給へるとて見給へば。 はぢたまひてうち給はず。これらにつけてはしれば。いといふがいなき御とも人かな。もきたるあしをとにははあらずやとの給へば。 おとなどもげにとてわらふ。大将いぬみやにきこえ給ふ。ひかまほしくし給ふきんならはいたてまつらんをとのたまふより。 いとうれしとおぼしてえみ給へる。いとはなやかにみまほしう。あいぎやうこぼりばかりにておはするを。 いとうつくしと見たてまつり給。きむならはせたまはゞ。宮にはきかせたてまつらでなむ。ならひ給べき。 いとおもしろうおかしきところにゐてたてまつりて。かんのおとゞはおはしましなむやとのたまへば。 さりとも。宮おはせではいかでかとのたまへば。いとくちおしく。さていふよしにはべなり。人にきかせで。 なかたゞかんのおとゞなむ。人にをしへはべる。しばしねんじて給ひておはしませ。さてよくひきとり給てんほどに。 宮はおはしましなむときこえ給へば。さらばよかりなむ。とて宮にはかくし給ぞ。みな人のきくにもひき給ふは。 このはべることをなむさはひき給。これはことなり。人にきかせつればこゑもせず。みならはずはべる。 宮も二宮もおはせじところなり。いとおもしろくなむはべるときこえ給へば。さてちやはゝとのたまふは。 なかにおぼす御めのとなりけり。それはちかう候なむ。さば。宮うらやましとのたまはんな。されど。 こゑきかぬほどにこそははべりて。御ちほしうおはしまさむほどは。ふとおはしまさせてん。 さてなをひさしくや。宮はみたてまつらざらんずる。などてか。たゞしばしなりときこえ給にも。いとあはれに。まつはしたてまつり給へるに。 ちごにおはするはこしらへてもおはしなむ。宮いかにおぼしのたまはすらん。といとおしけれど。 さるべき事ならねばとおぼす。ごぜんにめのとたちさぶらひ給や。いづらや。このこまくらべのをとしつる人々もまいれとておはしぬ。 くれがたになりにけり。すざく院にひさしくさぶらはでまかりつるまゝに。さがの院にめしありつればまいりて。 いまゝではべりつるを。いとおそろしう御としのほどよりは。さかしうものやおほせらるゝ君にこそおはしませ。 この院の御まへにさぶらふはおそろしう。よろづにのたまふ事のらうらうじくあいぎやうづき。 いかなるさまをかかつ御らんじつけられん。とこそ思はべれ。まことや。このろうつくらせはべる事を。 いまよりはいとことごとしうきこしめつゝ。たづねとはせ給に。くるしくなむ。みゆきあるべくおほせられつる。 ほいなくさはがしくやあらん。はてがたになどはおもしろきことならんかしなどきこえ給ふほどに。 すゞしの中納言おはして。ひさしくたいめんのはべらねば。まいりきたる。さがのにまいりて。 まかではべりつるなりときこえ給へば。あなくるし。なにごとならん。院のことをけうぜさせ給へれば。き給へりなりとの給て。 そのことのたびにやあらんとて。それだにこそまいりはべらめと思給へれ。たゞいまかくはべりとてなをしきうへ給て。 にしのたいとわた殿みなみのまにてたいめんし給へり。ひところにてはおぼつかなからずうけ給はりなむ。 とこそおもひ給へしを。ほいもみなたがひにけり。いにしへちぎりきこえはべりし事どもは。みなぞおぼしわすれたりけり。はるかなるほどにすみはべりしおりにも。 とりわきていかでたいめんもがなと思給へしに。たまたまたいめんのありがたくてはべりしかば。 きはまりなくこそうれしく思給てしか。いつしかも。ひとゝころにておもふやうにきこえうけ給はりて。 心やすきあそびをもとこそ思給へしかなどきこえ給て。まづは。いみじき大事の事をおぼすなるこそ。 すくしにはかくしたまふ思給へれば。いかゞつらしとおもひきこえぬ。大将。いとあやしく。げにひとゝころに。 よくもあらず。おもひのほかにすまにゐにてはふうはせたまふ心なぐさめにせんとなん。かねておもひ給へてしを。 なにのいふらむやうに。心しづかにもはべらずなむ。むかしの心ばへ。たゞおぼすらん心のやうに。いまは。 いますこしむつまじうなむおもひきこえさする。中納言。いでや。かのきやうごく殿を。よの中ゆすりて。 めづらかなるさまにろうなどつくらせ給とうけ給はるを。うとき人々だに。さだめてあるやうあらんとものしはべり。 ゆきまさの左兵衛中将たちなどものせられしとはべしもしるく。になくおもしろき事はべりめるを。 などかむかしの御こゝろばへのなごりあらば。けしきばかりもきかせ給はざらんとてうらみきこえたまへば。大将。
 きのくにの吹あげか浜のはまべにて契しかひはなぎさなるかは
中納言。いでや。
 吹上のはまげの契なごりなくかひあることは見せじとぞきく
御ものがくし。なをあらじの御事ばなどは。きむなどのねよりすぐれてこそおはすれ。よろづの事いかで。かくしもみなぐし給けむとわらひ給へば。 大将もいと心よくうちわらひ給て。なにごとをかはかくしきこえらむ。ものおぼえずなりてはべるなごり。 京ごくは。しか御みゝとまるべくもはべらぬものを。たかきものおもしろくば。すざくもん。はたほこなどを。 いかにたゝず見る人はべらまし。しづかなるところなれ。時々もまかりうつりて。心やすくと思給ふるなりなどきこえ給ほどに。 いり日のいとあかくさし入たるに。いぬ宮しろいうすものゝほそながに。ふたあいのこうちぎをき給とて。 たけは三尺のき丁にたらぬほどなり。御ぐしはいとをよりかけたるやうにてほそはぎにはづれたり。 あふぎのちいさきさゝげ給て。ちごおとななども三四人そひてあれど。ころよころよとて。 すのもとになに心なくたち給へるに。風のすをふきあげたる。たてるき丁のそばより。かたはらがをのすきて見えたまへるやうだい。 かをいとはなやかに。うつくしげにあなめてたのものやと見え給を。えねんじ給はで。ゑにてみやり給に。 大将あやしと見をうせ給。あらはなれば。いとふびんなりやとて。たち給へば。なにのふびんなるぞ。 わかき時はうちはづれて。ほのかに人に見え給へるこそうつくしけれ。よの中にのゝしりたまふ人も。 むげにみぬは。心ちむつかしき時は。いでやいかゞありけんと見ゆるものなり。いみじうよにものおもひて。 いできぬべきよなめりとてあかず。うつくしくおぼえ給ふ。又えそ見え給ふとていりたまふて。御そのとたちに。 いとあさましうしかじかなむありつる。いみじきわざなり。ちかうあはぬわざいとあしとのたまへば。 てうのみすのもとにとびはべりつるを。このおさなき人々の。われもとらむとらむとさはぎはべりつるを。 御らんじつるならんと申せば。いと。このおとなどもいはけなしやとていで給ぬ。かたおもひはとこそいひはべなれ。 くちをしきわざとの給へば。まめやかに。いといみじう。うつくしうおはしつるさまかな。なにをおぼすらん。 かしこにおはするちごは。この御をなじほどぞかし。いとみにくゝものし給に。おもひわづらひはべりぬるものをなどの給。 けしきおかしげなるべし。ないしのすけしりきこゆめりきとて。ゆかしういかならんとおぼえ給ふべし。中納言。 院にのたまへる。ある君ある君かの御てのかぎりをつくしてをしへ給はんは。さることはありなむや。 人に。げになべてきかせ給はじ。たゞかた時のほど。いときゝはべらまほしきを。かならずきかせ給へとねんごろにきこえ給へば。 あが君ほとけ。かくしきこえさせず。いとおもしろきことはあるべきことにもはべらず。ふたゐん上も。 あやしうきこしめして。おほせられつる。この侍るところは。いとさはがしう。宮たちもあはたゞしうおはしまして。 人しげゝれば。たゞいぬ宮ひとりをかしこにわたして。なかたゞがをしへたてまつるべきなり。 ないしのかみも。身もあつしうものし給うちに。あはたゞしき人のあつかひなどせられて。 きこゆとも心しづかにもものしたまはじ。大宮もいとおほけなくおはすれば。はかばかしくえやはならひ給はざらん。 いまはむかしのやとに。きかまほしきさまもえひきなされずや。さてもいつかわたり給べき。すまひの事。 くにぐにさかしき事ありて。ことしはあるまじとかきゝはべりつる。もしさあらば。たたむへきのあひだにやとなむおもふたまふる。 ちかくはべなるは。さばかならずかならずときこえ給てわたり給ぬ。

かたり…かたかか。
おもふやうなに…おもふやうなどか。
いひもよをされたる…をに傍書「ほ歟」。
給へらん…衍字か。
ひとたびとたびと…「たびと」衍字か。
みさらぬ…えさらぬか。
のたまはすなに…のたまはするにか。
しづる…しづかか。
そらする…そうするか。
院のうちにもまいりていとにくきこしめさせはべりなむ…衍字か。
につけて…みつけてか。
あしをとにはは…「は」衍字か。
こぼり…りに傍書「る歟」。
ねんじて…「て」衍字か。
とて…などてか。
みならはずはべる…えならはずはべるか。
き給へり…りに傍書「る歟」。
きうへ…きかへか。
ひところ…ひとゝころか。
すくし…すゞしか。
すまに…すまゐにか。
はふうはせ…さぶらはせか。
はべりめる…はべるめるか。
ところなれ…ところなればか。
見をうせ…見をこせか。
おもひて…おもひのか。「て」衍字か。
又えそ…又こそか。
そのと…めのとか。
大宮…犬宮か。
やとに…やうにか。

物語・小説に戻る

坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp