夜討曾我
《夜討曾我》

しばゐの事なれば。爰に座敷なかに。あをめな石のたけ五尺ばかりに見えたるを。さがみの国の住人に本間が年は十九。 にくい石の有様かな。座敷のわづらひ。すてんとて。このいしををつたて。もちはもつて候へ共。たもつ所をしらずして。 本のざしきへなをりけり。かゝりける処に。同国の住人に大庭がしやてい。又野の五郎かげひさ。此よしをみるよりも。 居たるところをつつと立て。ひたゝれぬいで。ふはとすて。この石ををつたて。ちうにづんどさしあげ。 ざしきを二三度もつてまはり候て。是程のいしをば。よのつねのつぶてにこそ打べけれ。もたぬは国のなをりとて。はるか東へすてんとす。
かゝつしところに。同国の住人。をかざきのあく四郎よしざねが嫡子。さなだの与一よしさだ。そのころ年は十三なり。 父の代官に。やさしく見ゆるはなうつぼ。けてうのひたゝれに。あかねのゆがけ。しちくのむち。足がぶちなるこまに乗て。 はるか東を打てとをる。又野。きつとみて。なふ。爰元とをらせ給ふをば。さなだどのと見申たるぞ。 此石を参らせんず。馬のうへにてめされうずか。又おり立てめされうずか。なふ。さなだ殿とぞ。かけたりける。 真田聞て。あら。どこともなや。かさよりなぐる石を。下にて給はるをこの者。やはか候べきと笑てとをる。 又野。此よしをみるよりも。ふかくなりとよ。さだなどの。三浦にとつてはふるごほり。へんみの七郎。をかざきの悪四郎。 おうとう。みさき一門。九十三騎がなかに。真田殿はきこふるきりやうの人と承る。此いしめされぬ物ならば。 其は三浦のなをりにては候はぬか。いかにいかにとぞ。かけたりける。
さなだ。無念にや存けん。こまよりも飛でおり。竹笠。ひたゝれ。はらりとかなぐりすて。それ程のいしをば。 二つも三つも。とくなげよ。とらんと申。めのとのぶんざうが。御たもとにすがり付。こはいかなる事をおほせられ候ぞ。 めのとをや。御供申。このいしめされて。めされそんずるものならば。大とのよりの御ぶけうをば。 ひとへにぶんざうめがかうぶらふずるにて候。いかなる事とけうくんす。さなだ聞て。やあ。けうくんもことによるぞ。 三浦のなんとかくるはむねんなり。そこはなせといふまゝに。ひかふるたもとをふり切て。此石をまちたりけり。 ぢたい又野はをこの者。ゑい。やつといふてなぐる。五尺余りの大石が。花のごとくな与一が上へひらめひておつるを。 ゆん手にあひつけ。きつと取て。めてのかたにとうど置て。なんぼうとつたぞ。又野殿。いでいで。此いし。 やがてかへし申さんに。さぶらひの本領に付てめせやと。ゑい。やつといふてなぐる。又野。弓手にあひつけ。 とりは取て候へども。ちからのおつるしるしか。かしこへがはとすてたりけり。伊豆。さがみの人々は。 此よしを御覧じて。又野十人がちからを。さだなはもつて有やとて。一度にどつとぞわらひける。ときにとつて。 さなだどのは。あつぱれゆみ矢の面目かな。
さるあひだ。又野はどつとわらはれ。ちつともとがもなき四方をはつたとねめまはし。めんめんは。なにをわらひ給ふぞ。 かゝるちからわざは時による。すまふと取て。いづ。さがみの人々をすまふのあひてに持ならば。かた手をはなつて百日百夜うつとも。 やはかわらはれ申べき。いづの人々。これをきゝ。こはむねんなる次第かな。同国のものがわたりあひ。いしをなげ。取そんじ。 た国をかくるはいはれぬところ。あふ。心得たり。伊豆は四ぐん。さがみは八ぐん。小国とおもひなし。いづをかくるは道理。 伊豆。さがみはねきりのすまふたるべし。すまふをめされぬ程ならば。弓矢を参らんとひしめかるゝ。伊豆がたには。 かのゝすけもちみつ。さがみ方には土肥の次郎さねひら。二人の人々のぎやうじにたゝせたまへば。すでにすまふははじまりけり。
先一番に。宇治河の十郎。よきすまひ九番打て入。岩屋川の弥次郎。十七ばん打。ねふがは二十三番。 くぬいの太郎。九ばんうつ。又野。此よしみるよりも。きみの御座にて候に。いつまでそれがしいでざるべき。 只今。まかりいで。ひとりころびしてあそばんといふまゝに。こんのたづなにしろきおび。二ずぢゑつてつじにとめ。 場なかへおどり出。げにとぢせうのごとく。よかつしすまふがつつと出ればつきたをし。つつと出ればはたとはけたをし。 はや手にもためずして。五十九番うつている。又野申けるやうは。今は諸方のすまふがつきて候はぬか。 すまふがつきて候はずは。打どめはかげひさざうと申。かゝりけるところに。土肥の次郎さねひらは。さがみがたのぎやうじにてましませば。 するするとたちよつて。あつぱれ。すまふや。とつてきひて。目はやきすまふ。こゝろもきひたり。ちからもつよし。 げにや。すまふつくれば。きやうじ出てころぶよしうけたまはれど。かのどのもとしよらせ給ふ。あはれ。 土肥が年を十も二十も取てすてたらば。又野殿とはなばなと一番まいらぬかとて。からからとわらひ給ふ。 さる間。又野は。おとなの返事をこはく申。なんぞう。とひどの。ざしき座上にてさかづきとつてめされんこそ。 おとなにてまします共。かゝるちからわざは。らうにやくをきらはぬならひ。たとひ土肥殿にてもましませ。 御いで候へ。はなばなと一ばむ参て。おひのなみにかしはがたうげのあかつちを付申さんと申。とひどの。 きこしめし。わかきやつにことばをかけ。はぢかひたりと。おもはれけれ共。ものの上手にてましませば。さらぬていにもてなし給ふ。
其ころ。とひのひめを伊藤にをかる。伊とうの姫を土肥にをかる。伊藤どの。御らんじて。此辺にかはづはなきか。 とひの次郎さねひらのはらたて給ふ色をばみぬか。是非河津いでゝとらずは。伊藤出てころばんとぞ。くるはれける。 かはづ承て。せんなさよとは存れ共。ちゝのおほせにてあるあひだ。をつとこたへて。御まへをたち。すまふのこしらへ。 思ふさまにつかまつり。又野をひつたてつれて。ばなかへ出る時にや。引たつるところにて。人のちからはしるものを。 むげに又野はよはかりけると。心の内にぞんずれば。かた手をはなつて。場なかで打て。いづ。さがみの人々のしんいのいかりをやめばやと思ふが。 いやいや。名人にふかくをかゝするは。却而かはづがふかく也。取手のやうを人々にみせばななんどおもひつゝ。 はらりとひらき。手さきをとつてくるりとまはる。すまふの手に。むかふづき。さかづき。かもが入くび。 水ぐるま。かくればはずし。いればあます。たうくわのせちゑのとりあはせ。いさむ心ははるごまの。たちとゞめぬがふぜいにて。 四十八手の取手をば。百やうにみだしたれば。伊豆。さがみの人々は。面白やとざめかるゝ。
いつ迄とぞんずれば。又野を人ぎはへかつぱとつきたをし。とつて引立。をくるとき。かくてもいりたらば。いしかるべき事どもを。 うてたる跡をきつとみて。たゞいまのすまふには。まくまじきすまひなれども。こゝなる木のねにけしとうで。 又野は。いちごのふかくをかひて候ぞ。兄のおほばが。是を聞。すまふのかちまけしらねども。木のねはこれにありといふ。 伊藤どの。御覧じて。やあいかに。かはづ。よのつねのつじずまひなんどこそ。人ぎはなむどゝ申事は候へ。 すでに又野は。ばんどう国に聞えたるすまふの上手。ものそのかずにてなけれ共。せきより東三十三ヶ国が其うちに。 すまふを取て名人とよばれ申は。身のふせう。まつぱなじろにせうぶをつけよ。河津とこそいかられける。 かはづ承て。人のなさけのある時こそ。われもなさけはこめらるれ。とるところとおもひて。はらりとひらき。 手さきをとつて。くるりとまはる。又野。河津にふかくをかゝせんそのために。くみいりにつつといる。 あまして。をくれをむずと取て。まへのつじ。一しめしめ。かた手をはなつて。つゞけて二ばん。どうどうとうつたるは。 あふ。なかなかいきたるかひぞなき。
あにのおほばが。これをみて。すまふをとるはつねの事。かた手をはなつて打はうか。それはあひていやしむところ。 いきては帰るまじいといふ。土肥と伊藤がひとつに成て。やう。ないはせそ。たゞ打ころせとひしめかるゝ。 頼朝。御らんじて。いかなる事と御けうくんあれば。御諚そむきがたきによつて。ゆみ矢はとまりぬ。このすまふのいこんによつて。 御身のちゝの河津殿をば。いわう山のこなたなる赤ざは山のふもとにて。あにの大ばがうつたとも申。又弟の又野が討たとも申。
其比。それがしは都にてつたへきゝ。こはむねんなる次第かな。其儀にて有ならば。いそぎ国にくだつて。 大ばがたちへをしよせ。一矢いて。はらきらんと思ひしに。御身のおうぢ。伊藤殿。それがしが代官のしわざなりとのたまひて。 国のるすにとゞめをくおほ見。やはたをめしとつて。りふじんにきられ申。うらみの矢をもいたけれ共。 一つはやうしの父母。ふたつにはゑぼし親。三つにはくぶ。四つにしうと。おもひながらもさてありぬ。 それをこそあらんめ。とがもなきすけつねをおやのかたきとねめんより。常はさしいり給ひて。こまに水をけさするならば。 らうどうとはよもいはじ。いへの子とこそいふべけれ。馬なくは。めんめんさかへにおほきあら馬を一疋取てのらぬか。 ひたゝれなくは。いぬばうがぬぎかへをとりて着給へや。けふよりしては。助成とすけつねと。中にいしゆは有まじい。わゆのさかづきさすぞとて。 さかづきにひとつうけ。十郎殿にさひたるは。ざしきのはぢとおもはれて。無念たぐひはなかりけり。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp