前々太平記
《前々太平記巻之六》 

《前々太平記巻之十四》

  惟喬惟仁位争事
当今第一の宮は惟喬親王とて容顔美麗に御座すうへ。天性温潤柔和にして才智又聡明睿敏なり。父帝の恩寵他に異にして。 太子に立まく思召ども。御母は紀名虎が女先例あらずとて。第二の宮惟仁の皇子誕生の後纔に九箇月にて。 嘉承三年十一月より太子に立らる。是は御母卑しからず。染殿后藤明子とて太政大臣良房公の御女なるに依て也。 去る間。惟喬親王は元服の御沙汰有りしかば。御母方の人々は本意なき事に思ひしかど。外祖名虎も既に去ぬる承和十四年に身罷ぬ。 有常は又時にあはず。思ふに甲斐なく年月を送りけるこそ物憂けれ。
 註云。此時両皇子の御方の人々罷り出て。相撲の勝負に依り次の帝位を定めらるゝと云事は。 跡形もなき虚説にて。世俗の云ひ習はす誤なり。
帝も流石に此事未得思召放れざる比ほひ。春澄善綱。菅原是善等御前にて日本紀の物語。彼是論侍りしに。 不図御心付きければ。彼等退出の後。密かに仁徳紀。顕宗紀の両篇を操り返し具に叡覧あれば。仁徳天皇は父命を守り帝位に即せたまはざれども。 兎道尊崩御なる故に。一旦の辞譲に拘らず。顕宗天皇は兄を超えて裂きに帝位を践玉へども。是は所以ある御事にて。 後に兄仁賢帝弟の次に即位し玉ふ。何れも目出たき御代の例に今の代迄も称し奉る。いかなれば上古は斯くの如く兄弟の睦じかりけるやらん。 又賢徳の深かりけるぞと。自ら御心を戒めて恥させ玉ふぞ忝き。抑顕宗紀の趣は御父市辺皇子と申す命。 仁徳天皇の御孫にて履中天皇の御子なり。其比眉輪王と云人乱を起す事あるに依り。此人雄略天皇に殺害せられ玉ひて後。 二人の御子世を憚り都の中に住む事を得ず。微服潜行してそことも知ず惑ひ歩きて。播磨国明石郡に到りつゝ。 海部の細目と云賤き民の家人と成ておはしければ。朝夕牛馬を飼はしむる牧童とこそ成玉へれ。斯く浅猿く零落ても。 天を怨ず人をも咎めず兄弟殊に睦しく。慣はぬ業の艱苦をも互に扶け助けつゝ。年月を送り玉ひける御痛はしさは限りなし。 去ども天運盾環して往いて還らずと云事なし。雄略天皇崩御の後。清寧帝には御子在ず。天津日嗣の器。 皆悉く雄略の世に絶やされたれば。帝位に即くべき諸王儲孫を求るに。市辺王子の二人の御子。是より外は御裳濯川の流の末はなけれども。 何国にさぞらへ御座すとも。知人更になかりしかば。百官万民徒に暗然としてぞ居たりける。爰に播磨国の国司山部小楯と云ける者。 或時明石郡に到る。折境二人の王子達は野飼の牛を牽連て国司に行逢ひ。膝を屈めて敬ふ気色有ければ。 国司由ある者と思ひ留めて。暫く汝等が草刈の歌を諷へと云。顕宗は幼なかりし故。少も臆せず舞ひ奏でて樵歌を吟ずる。 其中に吾は履中の御孫と謡ひたりしかば。国司驚き。偖は市辺王子の御子歟と恭敬尊重し奉り。主人細目に二人の王子を輿に乗せ舁せ。 己れも供奉して頓て都に帰りつゝ。帝位に即け奉らんと云。是も顕宗は弟なれば。兄仁賢に先立ては践祚在るまじと仰しを。仁賢堅く譲り玉ひて。 我等箇様に世に出る事。偏へに顕宗樵歌の徳也。争か先に即位すべき。先顕宗を位に即。予其次の祚を践まん事。 誠に道の当然たれと宣ひしかば。力及ばず顕宗先に即位あり。されども是も神変にや。在位三年にて崩御ゆへ。 程なく仁賢の御代となる。是等の先蹤を思召すにも至極は天運の帰する所なれど。一往の義は無て叶ず。 所詮惟喬が心を量りて其後聖断有べしと思召ければ。或夜潜かに兄御子を召。汝に帝位を譲らんと思ふと仰しかば。 惟喬大に屈敬して。思寄ざる御事也。予母姓の卑しきのみならず。天性懦弱にして大官を司り難く存ずるなり。惟仁未だ稚しといへども。 生得強健にして気稟賢し。万機の政を任るに足れり。愈此御子を帝位に即け。予は釈門に入。出家せばやと仰られければ。 父帝いとゞ御寵深くして。未だ成童に充ず。斯かる義心殊には弁舌の明白。恐らくは白髪を被る博士等も及ばぬばかりに有しかば。 主上御涙を浮かべ玉ひしが。又押返して思召は。若傅等が云教へて斯く云ふ事もやと不審さに。汝詞の如。 偽らずは天に誓はんやと有しかば。惟喬再び仰までもなし。天照太神をかけ奉り。更に偽りなきものをと宣ひければ。 帝則御髪を撫させ玉ひつゝ。神妙の至り。然らば明日元服の儀則を執行ひ冠仕り。人臣に下つて朝政を扶佐候へと仰演られ退出ある。 是聖察の如く。在原業平常に此御子を守護したてまつり。云教へける趣きなり。誠に業平は有常の婿。 紀氏に親き身なれども。廉直優美の人なる故。己を縮めて他を弘め。公庭無私心より。斯くは日比に勧めしなり。 有難かりける忠貞哉。
 或評曰。業平は良房公に家礼の所以あり。又二条后高子に密通す。旁摂家の威を畏れ。此の如く惟喬親王を人臣に下し侍ると云。 甚僻説と云つべし。紀氏の外祖に成まじき格式は。儒家故よく知て。痛はしながら斯く皇子を示し奉り。 親族も静めなしたる。其証拠は伊勢物語に所謂。忘れては夢かとぞ思ふ豈期や雪踏み分けて君を見んとはの歌の心にて明らかなり。
偖こそ天安元年丁丑十二月二日。御前に於て惟喬親王御元服当座に四品を授けらる。理髪は中納言長良。 加冠は左大臣源信公。此信公は嵯峨の王子弘。常。明などよりも兄にて坐けるゆへに。当代一の上にして政務に預り玉へれば。 此皇子御元服の儀なくんば宮中穏かなるまじき由。内々帝へ諫奏あり。斯くは計らひ玉ふとかや。

《前々太平記巻之十八》

  鈴鹿山群盗退治事
延喜六年九月。伊勢国司早馬を以て奏しけるは。去月当国鈴鹿山に群盗蜂起し候ゆへ。国中の勢を催して悉退治し。 其張本を十六人迄召捕て不残誅戮致候。併爰に一人の大将あり。其貌鬼形に相見えて種種の神変奇術をなす。 推量するに其昔平城天皇の御宇に当て。坂上田村丸に討たれし鬼霊魂の残りける歟。以神力不被退治ば。 いかなる事歟出来候はん。軍旅の事は於自分沙汰し明め候べきが。是は奇怪の儀たる故。奏聞を届候也。 若又如田村丸大将を撰被下ば。心を合退治すべしと申上しかば。諸卿各詮議に及び。誰を哉今度の大将に可被下。 武勇軍術の事ならばこそ器量を見立る品もあらん。是は鬼神を退治するなれば。智慮厚博の人を撰び。計を用て討つべきや。 貴僧高僧などを以て。法威を施し可静やと区々にして不議定。然処へ掃部寮より一紙書記を差出して。昨夜丑三の比ほひに何者ともしらず。 陽明門前を高声に呼はり。数反通りし其の妖言とて指上る。諸卿不審ながら有披見之に。本より聞書なる故に其文字不知。唯仮名にて
 れいろくさんのたうじんはてうやがしもべきぐわんよ
と云々。諸卿いかさま此怪歌は。今般鈴鹿山の鬼の由来を示す者ならんと心附しかば。暫打寄其文字を考へ付見るに。 れいろくさんは紛もなく鈴鹿山には極りたり。たうじん恐らくは盗人ならん。てうやは同国長野の荘司。きぐわんは鬼丸たるべき歟。 急ぎ長野の荘司を召て糺問有べしと議定しければ。先づ彼鬼の討手を擱。長野の荘司に召使立。夜を日に継で都に着。 則検非違使の庁に渡され。汝が下部の中に於て若鬼丸と云者やあると別当尋られければ。荘司答て申けるは。 さん候。今度鈴鹿山に鬼神の住由沙汰仕るは大略此鬼丸と推察す。哀討手の大将を某に仰付られば即時に追討仕り。 国司の手をも借申まじ。若又万一真の鬼にて凡夫の力に及難くは。重て奏達を届るのみ。先一往は某に被仰付候へかし。 仮令御召なきとても参洛仕り。此事を言上せばやと存しかども。下として箇様の未決の事に上を驚し奉る其恐不少存候て。 御召を待罷在しと潔く申上しかば。庁務弥力を得。決定是に疑なし。先夜内裏の門前へ告来りしは鈴鹿権現神託也けると信伏して。 長野に向つて。討手の事弥汝に任すべし。併其鬼丸が素生人物を語れ。聞んと云。荘司答て申けるは。さん候。 此鬼丸が素生は。同国粟山の者。生ながらにして歯生あり。三日を経て飯を給し。一月を経て其貌五才ばかりの児に同じ。 三月を歴て能歩み。一年にして能言。七歳の時弓をに尋常大人の精兵に等し。九つの年某に仕へ狩に召連るゝに。 山野を駆る事さながら虎狼の如くにして。力十人を合せ。勢五尺に余る。食飯事一日に五升。呑酒事一夜に斗斗。 相撲力術に勝者なく。軽捷兵道に比類なし。十六歳にして朝熊の山賊を唯一人向ひ三十余人順へたり。十八歳にて川崎の海賊の船十余艘。 是も一人にて奪得たり。猪に乗。豺を繋は毎日毎夜の戯なり。鯨を突を得る事も猟者漁人の及ばぬ所。 惣じて奇代の勇士也とて人も称美し。某も心の及ぶ限は愛して扶持し候処に。去ぬる春某が独娘たる鈴鹿と申女を奪て行方不知落行処に。 元此姫は権現へ申子にて候故やらん。忽然として同じやうなる美女一人途中に顕れて。汝は長野の鬼丸ならずや。 我こそ誠の鈴鹿姫なれ。汝あはたゞしく父の舘を跋出しにより。捕違へて我侍女の中星野と云を負走るこそおかしけれ。 迚箇様に身を捨て女を奪う程ならば。誠の我を具しゆけかし。その女にも父母ありて悲歎は同じ事ぞと教訓しければ。 鬼丸驚き負たる姫をとある岩根に抱下して。両人の貌を熟々詠め比ぶるに。何れも同じ面の中に斯云れたる思ひなしか。 後の女の容儀少し勝れたるやうに覚えしかば。忽後の女を負替。深山を差て飛が如く行衛も不知失にけり。 鈴鹿は夢の心地して彼巌頭に忙然として立居たりしが。年老たる樵夫一人爰に来り。いかなる人ぞと尋し故。 童は長野の荘司が娘。しかしかの事にて今爰にあり。急ぎ古郷へ帰らんとするに分来し道を弁へず。又脚力も覚束なしと語りたりしかば。 彼翁それは権現元より女神。汝の身替に立玉ふなり。且又帰路は我しるべせん。此杖を突て帰るべし。 道を不迷。足も不疲。片時の間に帰宅すべし。神変不測の杖ぞやとて。ちいさき竹の笘を与え。今は何をか包べき。 我は鈴鹿の末社の神。白鹿の社と云者なり。今神勅を受。汝を扶く。猶此後も守るべし。鬼丸が事は公の沙汰に及ばん比ほひに。 又我都に上りつゝ内裏へ具に告奏し。神力を加へ退治すべし。心易かれと云捨て掻消やうに失にけり。 姫一々に納得して。鈴鹿の方八拝九拝し彼杖を突。片時が間に安々と帰り候也。其後権現鬼丸を打捨玉ふにより。 鬼丸怒て山賊共を語らひて其大将となり。又鬼と世上に披露し。禰宜神主と追出しつゝ社頭以己が臥所とし侍るに。 未神罰あらざるは一旦神も鬼丸を誑し玉ふ子細ある故。人の手を借玉ふならん。弥某に被仰付被下候へかしと所望す。 別当熟々聞之。偖は先夜の夭歌も彼白鹿神たるべき歟。又鬼の事此物語に一々落着したりとて。国司の使者を長野に添て急ぎ帰国し。 鬼にても鬼丸にても追討し。吉奏早く待ぞとて官符を添てぞ下しける。斯て長野は国に下着し。先国司に出。 京にての荒増を語り。此度は荘司が手勢百余人を先陣として。是は終始鬼丸一人を捕約にて。以前亡し山賊の余党はいかほど有と云共。 国司の後陣二千余騎にて洩さず打留侍るべしと示合て発向し。山を包て卜責に太鼓を打立。鐘を鳴し。岩根を叩き。 木草を攀て攻入けれ共。今は早。前の軍に多くの賊徒亡果たる跡なれば。敢一人もなかりしが権現の社壇の内よりも時々矢を射出す故。 偖は敵社頭に有とて。惣軍勢一手に成て拝殿迄鬨を造て責付しかば。俄に拝殿の板敷を打被つゝ二人の賊各鬼面を着しつゝ。 甲冑とても鬼の如くに出立たる者這出て。忽面も装束も脱捨令降参しかな。国司遥に是を見て人を走らせ。 命を助け我馬の前に召寄て直に子細を問ひしかば。二人の鬼の化ぞこなひ詞を揃て申けるは。先度の合戦に打洩されたる山賊十余人あり。 されども其後は此山に在ても所益なき故に。皆々他国へ落行て今当山に残る者は我々二人計にて。大将共に三人なり。 我等命を助けられば。大将の有家并に討つべき方便をも教へ参らせんと云。国司大に悦て。先づ汝等が命の有無は我胸臆に有事なれば。 必ず疑事なくして命は助かりたりと思へ。次に鬼丸はいづくに有ぞ。二人答へて曰。最前矢を如射出社壇にあり。 されども匿道ある故に。それを不知人々の憖に責めかゝるとも却て其功不可有。よくよく被示合て不討洩やうに覚悟し玉へかしといへば。 国司長野を招き寄。此旨を語りしかば荘司大に悦て。其抜道の出口は某罷向ていかやうにも仕留可申間。表をば殿の人数に厳しく責めさせ玉はり候へとて。 彼降人に抜穴の所を聞澄して。逞兵五十余人をて穴の口へぞ向ひける。斯て国司の胴勢は楯を一面に被き連。 正面の石の階より責登しかば。社壇の扉を細目に開けて鬼丸は八人張の大弓にて。十八束も有んと覚しき大矢を射出す事雨の如し。 御方の兵此矢一つに二人三人射抜れしかば。楯も鎧も堪らばこそ。さしもの大軍是に白気て道は狭し谷は深し。 尻込してこそ控へけれ。国司遥に是を見玉ひ。敵の弓勢強ければ御方責寄難き也。誰かある。あの社壇の扉を此方より射閉候へかし。 箇程の時節に霊神争か御座べきやと宣ひしかば。畏るとて阿野の何某兄弟二人立出て。左右に双で両の扉をはたはたと遠矢に射閉ぢたれば。 其後敵の矢来らず。偖も射たりや射たりやと誉て。惣人数一度に攻近付。分内狭き社壇の辺を稲麻竹葦の如く囲て。 我も我もと高声に比興者。何とて出合ぬぞ。多勢を恐るゝ者ならば。一騎掛りに勝負をせんと口々にたりけれ共。 更に音せず成にけり。音のなき社道理なれ。鬼丸は早抜穴より抜んと裏へ廻る所に。長野は兼て用意したる鞠掛網以て。 穴口幾重も張置を夢も不知。一ッの鬼静々と這出ける処を。すはや鬼よろ云程こそあれ。土蜘を捕例如。件の網打掛打掛。 後は貌の見えぬばかりに釼鉞共に包尽て本陣さしてぞ帰りける。国司大に悦て箇様勇士を牢獄などへ入とも若破やせん。 唯速刺殺とて。大勢戈突殺。其一突の度毎ける声。鐘響聞て誠の鬼も箇程にはよも非じと覚えて恐しかりける形勢也。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp