俗云。冷泉院御位の時。帝御物狂鋪おはしけれは御践祚の太子立られしに。御弟染殿式部卿宮は西宮左大臣高明公御聟成しを。
中務丞橘敏延。僧連茂。多田満仲。藤原千晴等寄合。此宮を取奉て東国へ趣。兵を起即位せんと企。右近馬場て夜々談儀しけるに。或時酒宴の後に敏延と満仲と相撲を取けるに。
満仲力劣て格子に抛付られしかは。満仲顔を損じたり。安からすとて腰刀を抜て敏延をつかんとす。敏延も高欄の 木を引放て近付ける。
人々抑留す。不及力鎮止せり。此時取沙汰に源氏の名をりと云たりしかば。満仲無念に思ひて。敏延を失はんとて返忠して西宮殿を讒訴して流したり。
此事葉室家記にも有。此時落書歌あり。此歌太平記大全ニ有あんふかき国の大臣なかさせてうまくはあらし多田満仲。といふ説。 |
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此事記録を考。冷泉院邪気御病有し事。誠也。事長けれとも。委細いはん。村上帝康保四年五月廿五日崩給ひけれは。
春宮憲平親王御即位て冷泉院是也。小野宮実頼を大政太臣とす。其先春宮の御定の時に。高明我聟第三宮為平親王を立んとす。
実頼御遺勅を守り。憲平親王即位なさしむ。旁以高明安からす思ふ所に。冷泉院。民部卿元方霊有て。御病気おもく悩給。
村上第一皇子康平親王母。民部卿元方女。春宮立らるゝに及て第二憲平親王母。右府師輔女なり。しかれは康平立給はす。是を無念思ひて恨死。女御も一宮も無程うせ給。夫より霊有。委は大鏡。栄花物語。其外諸書出又立太子の御僉儀の時。
為平御沙汰なくして守平親王立給ふ。依之高明大に怒。実頼を悪み。帝を恨み。藤原千晴秀郷次男。
中務少輔源繁延。藤原善時等を同意談儀区々也。千晴于時多田満仲を薦けれは。歌合に事よせ右近馬場別荘会席に呼しむ。
満仲先達て善時此事を聞て其用意して行ける。歌合少々有て酒宴す。其以後以千晴同意の事を談。満仲驚て。
他事によそへて諫る事度々也。繁延こらへかねて高欄の 木引放てすゝみ寄たりけれは。
満仲さはがず朱雲折檻の古事を以繁延辱訶す。繁延機を奪はれ鎮居す。満仲此時帝に訴事を思ひ。謀言を以去席。善時ともに訴出たりしかは一々発覚し。
高明髪を剃て太宰権帥となして筑紫へ左遷せられ。繁延。連茂。千晴等伏誅。国記及南朝昔物語。王代一覧。前太平記。本朝通記等ニモ此趣アリ如斯ならはなんぞ讒言といはんや。
朝廷の忠言なるをや。案。高明博学多才にして旧記故実をよく通。集書等あまた残れり。然は反人と記せん事を厭て科を繁延連茂にゆづり。讒言の言を満仲に附もの也。
繁延に含意趣。西宮殿を讒せずとも繁延一人いかやうにもなすへき事也。殊に相撲の意恨なとゝいはん事。
大に無念の事也。相撲取て高欄を折たる事は。宇多帝業平とすまひとり給ひてまけてかうらんやぶれたる事。大鏡にみへたり。かやうの事を以作るなるべし。 |
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| 俗云。在原業平東国下向の事は伊勢物語みへたり。武蔵国住ける跡は今江戸本所牛島の内也。業平塚とて有と云説。 | |
| 是又南朝昔物語第一巻。在中将か東国にうかれ行て武蔵国原田の里と云所に住けるに。人の娘を恋て。 みよしのゝたのむの雁もひたふるに君か方にもよるそかなしき と有。伊勢もの語には。君がかたにそよるとなくなる。とあり。此原田里を名所鏡を以考に。入間郡みよし野ゝ里近所也。 今江戸浅草下谷の間なるへきか。紫一本云。本所業平塚并天神。在中将の事跡あらす。 上総国業平といふ侍あり。武州へ来り戦死せり。と。其旧跡也。又土俗説。此下総国なりひらといふ相撲取強力の者あり。 其旧跡也といふ。往古在中将此あつまへ下り。みよし野ゝ里に住けるよしの所縁によりて好事者の附会せるなるへし。 |
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