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新墓地はさらに広大、自分の足で歩くにはちょっとしんどいというのが本音。ちょうどお彼岸の季節ならば、園内循環バスの本数も多くて、ありがたい。
その新墓地の中の無縁墓群は「もくせい区」の名である。整然と並べられた夥しい数の墓の左側、黒ずんで目立つ墓が「島ヶ崎与吉」という力士の墓である。
新墓地は全ての区に花の名をつけてあり、それぞれが広大なのである。バスが山を登っていく。しかも、新しく開かれつつある区もあるようだ。
「たちばな区」の最も手前、やや右寄りのところに、「一之関辰右衛門墓」が建っている。
一之関辰右衛門は、享和 2年から大坂相撲に出ていた上取り力士。文化 9年 5月の番附までその名が見られるが、
左側面に「文化九年申五月十八日」とある通りで、現役で亡くなっている。
さて、「じんちょうげ区」には昭和初期に幕内に上がった開月勘太郎と、元治元年という非常に古い有熊勘右衛門、
ともに「勘」がつく力士の墓があるはずだったが、勘が外れたものか、全く見つからずに終わった。
以上、 2回かかって歩いた結果である。移転の震災のといった転変を経て、よくぞこれだけ残ったものだと思う。