名勝負熱戦譜・千代の富士−双羽黒
 北尾は懐が深くて器用で右脇が大変堅くて、お蔭で千代の富士は計算違いを度々起こして敗れた。 不用意に突進すれば引っ繰り返され、喰いつきに失敗して捕まると抱きすくめられ…と、立ち合いに失敗すると展開は双羽黒に傾いた。 千代の富士が立ち合いで圧倒して左を浅く取れば問題なく勝ったが、双羽黒の史上最も深いとまで言われる懐に大いに苦戦した。 横綱としての双羽黒の頼りなさ故に、千代の富士にはいいようにぶっ潰されたかのような印象さえ生まれるが、 実はそうでもない。双羽黒がいれば53連勝はなかったのではないかといわれるのも分からぬではない。 しかし最後の対戦の一方的勝負と、双羽黒本人が廃業直後に言った「技術面の上昇曲線が自分と千代の富士とでは平行線を辿っていた」なる言を考え合わせると、 双羽黒の力による相撲史からの「千代の富士53連勝消滅」という想像には、やっぱり疑問符がつくのであった。
 昭和59年11月 2日目 1○千代の富士(寄り切り)北尾●0
 北尾は突っ張りたかったが、千代の富士は鋭く踏み込んで早速右四つに組み、引きつけて出た。 北尾はこの攻めを右に廻って残すが、千代の富士は左上手からの吊り寄りで東に寄り切った。
 昭和60年 1月初日 2○千代の富士(掬い投げ)北尾●0
 北尾が頭で出たが千代の富士踏み込んで左前褌を狙いながら右差し、左を取って引きつけながら自分の恰好になる。 北尾は右下手を取り、左で抱えて少しずつ右に廻る。千代の富士は左の廻しがやや緩んだので取り直そうとしたところで切られたが、 すぐに左を巻き替えるなり逆に右から掬って投げ転がした。
 昭和60年 3月 8日目 2●千代の富士(掬い投げ)北尾○1
 北尾が立ち合い左に変わり、左上手を取る。千代の富士は意表を衝かれたが、兎も角左上手を引いて正面に出た。 ところが北尾は土俵に詰まったとき右から大きく掬い投げを放った。さらに北尾は左で首を押さえた。 千代の富士は右下手を引かず、左一本で強引に突っ走ったため、でんぐり返って土俵から落ちてしまった。
 昭和60年 7月 5日目 2●千代の富士(押し出し)北尾○2
 千代の富士は突っ込もうとしたが鋭さがなかった。北尾は低く出て突き放した。 千代の富士は上体がはじめから上がったままで、青房に押し込まれた。千代の富士は窮して右腕を手繰ろうとしたが、 北尾は乗じて突き進み、東に押し出した。
 昭和60年 9月 8日目 3○千代の富士(上手投げ)北尾●2
 千代の富士が左から張って出たが、北尾は頭を下げて押して出た。 千代の富士は左に後退しながら右で叩き、左上手を引いて上手投げを打つ。北尾はついていこうとしたが赤房下で這った。
 昭和60年11月12日目 4○千代の富士(上手投げ)北尾●2
 千代の富士は鋭く踏み込む。北尾は右喉輪攻めを見せたが、千代の富士は既に左を取っていて、北尾に上手を与えない。 千代の富士は北尾の右に体を寄せ、正面に寄り立てた。北尾は右から掬って廻り込み、左上手を取ろうとしたがこれは取れない。 千代の富士は慎重になり、動きが止まった。充分の千代の富士は、北尾に上手をやらないまま再度東に寄り、その勢いのまま上手投げを打って見事にぶん投げた。
 昭和61年 1月13日目 4●千代の富士(下手投げ)北尾○3
 千代の富士の立ち合いは悪く、左上手を引いたもののやや上体が立っている。北尾は右下手。互いに反対側では争って、廻しが取れない。 ややあって千代の富士は面倒と上手投げを放ち、例によって右で頭を押さえたが、上手は深いし腰は廻らないしで全然効かず、北尾はここぞと右下手から東に寄り、下手投げでポーンと横綱を出してしまった。 千代の富士惨敗の相撲。
 昭和61年 5月千秋楽 5○千代の富士(寄り切り)北尾●3
 千代の富士鋭く突っ込んで左前褌を取り右差し、北尾の右は完全に殺された。 千代の富士は北尾に上手を与えず、上手投げの連発で崩し、青房に一気に寄り切った。全く以て一方的な相撲で、北尾は子供扱いされた。
 昭和61年 7月千秋楽 5●千代の富士(上手投げ)北尾○4
 千代の富士は全勝優勝を目指して鋭く突っ込もうとしたが、北尾はサラリと左に変わって上手を取り、千代の富士には上手をやらない。 北尾は有利な体勢から寄り立てたが、千代の富士はおっつけて両差しとする。しかし北尾は上手を引きつけて西に出た。 千代の富士は土俵際で左下手投げを打つが、北尾は腰をぶつけて右上手投げで投げ出した。
 昭和61年 7月決定戦 −○千代の富士(寄り切り)北尾●−
 千代の富士が飛び込んで右差し左上手を引く。北尾も両廻しを引いたが、千代の富士は上手投げで揺さぶって北尾の上手を切り、 頭をつけて強く引きつけ白房に寄り立て、グイと吊り身に寄り切った。
 昭和61年11月千秋楽 6○千代の富士(寄り切り)双羽黒●4
 千代の富士の立ち合いは素早かったが、がっぷりの右四つとなった。 千代の富士は双羽黒の上手を切ると、双羽黒は左を巻き替えようとした。そこを千代の富士は白房にドーッと寄った。 双羽黒は堪え、寄り返す。右四つ、再度千代の富士が寄ると、双羽黒は左を巻き替えて両差しとなる。 しかし千代の富士は構わず両上手を引きつけ、腰をぶつけてドンと寄り切った。
 昭和62年 1月千秋楽 6●千代の富士(上手投げ)双羽黒○5
 千代の富士は珍しく右差しを先にしたが、踏み込みがなくてさらにおっつけられ、結局右は上手となって左四つ。 がっぷりから双羽黒は引きつけて千代の富士の顎を上げ腰も伸ばした。こうなって不得手ながら双羽黒断然優勢、東に吊り身に寄り進み、右上手投げで勝って 3敗で並んだ。
 昭和62年 1月決定戦 −○千代の富士(吊り出し)双羽黒●−
 決定戦は千代の富士思い切って踏み込む。左上手は双羽黒が先だったが、千代の富士も上手を取り、下手は先に引いていた。 そして千代の富士、グッと引きつけて白房に向けて右の外掛け、さらに高々と吊り上げて吊り出しの圧勝で決めた。
 昭和62年 5月千秋楽 6●千代の富士(吊り出し)双羽黒○6
 立って右四つとなったが巻き替え合って左四つ、千代の富士が寄って出たが双羽黒堪え、両廻しを引きつけ吊り身。 千代の富士は左の外掛けで防ごうとしたが、双羽黒は構わず吊り、左に振って白房に吊り出した。
 昭和62年 7月千秋楽 7○千代の富士(吊り出し)双羽黒●6
 双羽黒が左上手を狙うも果たせず、千代の富士は両廻しを引いて右四つ充分から向正面に出る。 双羽黒は残したものの廻しも引けず腰は伸びる。千代の富士はそのまま吊り上げ、東に吊り出した。
 昭和62年11月千秋楽 8○千代の富士(寄り切り)双羽黒●6
 千代の富士踏み込んで右四つ左上手、頭もつけて双羽黒に上手を与えない。機を窺って左から豪快に振り頭を押さえると、双羽黒は大きく泳いで東土俵に飛び出した。
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