名勝負熱戦譜・北の湖−栃光
 特別篇として、偉大なる完封記録を掲げよう。金城の栃光は春日野部屋、横綱は三保ヶ関部屋、出羽一門でよく稽古をしていた。 北の湖は栃光を知り尽くしていた。右四つにいけば簡単にがっぷりになれる。そしてがっぷりだと「あれはなにもないからね」と横綱がいう通りで攻め手がない。 横綱にとって金城は操り人形も同然だった。吊ってポイ、投げてポイ、捻ってポイで 8年間通した。
 昭和49年11月11日目 1○北の湖(吊り出し)金城●0
 金城が右に飛んで後ろ廻しを取り、左へ振る奇襲。北の湖は向正面まで泳ぐ。 金城は右上手を取って頭をつける。北の湖も左差し、右上手充分、強引に起こして出た。 金城は上手投げで逃れるが、北の湖はさらに出た。金城はもう一遍廻り込んだが、左足が土俵を割った。
 昭和50年 1月 3日目 2○北の湖(押し倒し)金城●0
 北の湖が突っ張ると金城は下がりながら北の湖の右を手繰り、さらにとったりで奇襲をかけた。 しかし北の湖は左から強烈に押し上げると、金城は捩じれて崩れ落ちた。
 昭和50年11月 3日目 3○北の湖(上手投げ)金城●0
 金城が飛び込んで右四つ、左から絞った。しかし北の湖は動かない。金城が西に出ようとしたが、北の湖は左上手投げで捨て去った。
 昭和51年 1月 7日目 4○北の湖(寄り切り)金城●0
 金城が突っ込んで右四つ有利になったかと思われたが、北の湖はあっさり左を巻き替えて両差し、西に寄り立てる。 金城は左上手投げで抗おうとしたが、北の湖はそのまま寄り切った。
 昭和51年 3月初日 5○北の湖(上手投げ)金城●0
 北の湖が左に動いて上手を取った。金城も右を入れて充分、しかし北の湖は右で首を巻いて強引に上手投げを放ち金城を叩きつけた。
 昭和51年 5月11日目 6○北の湖(上手投げ)金城●0
 金城が右の上手を取って頭をつける。北の湖は左半身、上手は取れないが余裕の構え。 左から起こして金城の頭を上げ、右上手を取った。金城は仕方がなく寄って出た。北の湖はその機を捉えて右からの上手投げ、金城は宙を舞って豪快に倒された。
 昭和51年 7月 2日目 7○北の湖(寄り切り)金城●0
 北の湖が左に変わって上手を取る。金城は右半身の得意の形から、北の湖の上手投げを再三残す。 しかし北の湖は寄り進み、上手を切られたものの巻き替えてなお出た。金城は右上手をも切られ、諦めて土俵を割った。
 昭和51年 9月 9日目 8○北の湖(寄り切り)金城●0
 北の湖が突っ張って出たが金城は飛び込んで右四つ。初め上手が取れなかった北の湖、上手を取るや上手投げを打った。 金城は下手投げに返して土俵中央。しかし北の湖は吊って向正面に進み、体を預けて寄り切った。
 昭和52年 1月 8日目 9○北の湖(上手投げ)金城●0
 互いにやや左に飛んで立つ。すぐに右四つ、金城充分だが攻め手がない。 北の湖は右で首を巻いて左上手投げで豪快に振り倒した。
 昭和52年 5月 3日目 10○北の湖(掬い投げ)金城●0
 北の湖が左上手を狙ったが、金城の突っ込みは低く横綱に上手をやらない。 しかし北の湖は上手を取って上手投げ、金城はよく残したが、北の湖は逆に右から大きく掬った。 これで金城は頭から土俵に埋まった。
 昭和52年 7月 3日目 11○北の湖(叩き込み)金城●0
 北の湖が激しく突き立てる。金城は応戦しようとしたが西に後退、仰け反って必死に堪えんとするところ、北の湖は右からサッと叩き込んだ。
 昭和52年 9月 9日目 12○北の湖(掬い投げ)金城●0
 立って右四つ、北の湖が左を巻き替えると金城は右を巻き替えてまた右四つ。 北の湖の上手投げ 2回を金城は堪え、横綱の上手を切って正面に出んとした。その瞬間、北の湖は左を巻き替えて掬い投げで沈めた。
 昭和53年 1月10日目 13○北の湖(上手捻り)金城●0
 北の湖が突っ張ると金城は潜って右半身、左から絞った。しかし北の湖は動ぜず、右から起こし、左から捻って引っ繰り返した。 1分近く金城は粘ったが、やはり通用しなかった。
 昭和53年 3月 4日目 14○北の湖(突き落とし)金城●0
 北の湖が受けて立ち、左から引っ張り込む。金城は右差しから出ようとしたが、北の湖は動かない。 金城がなお出んとした端、北の湖は左小手から極く僅かに捻った。横綱にとっては極く僅かだが、金城に対しては効果覿面、金城は脆くも倒れた。
 昭和53年 7月11日目 15○北の湖(突き落とし)金城●0
 金城が突っ込むと北の湖は突き放し 3発、金城は黒房下に飛ばされた。 金城が立ち直ろうとすると北の湖はさあ来いと余裕の構え。そこに金城が浮き足立ったまま飛び込むと、北の湖は左に廻りざま左から突き落としてでんぐり返す。 「稽古は本場所の如く、本場所は稽古の如く」を地でいった、まさにぶつかり稽古。
 昭和53年11月 6日目 16○北の湖(寄り切り)金城●0
 金城が右差しを狙い頭を下げて突っ込むところ、右上手を探った北の湖は嫌って突っ張り、左を入れて下手を引くや右から挟みつけ西へ一直線。
 昭和54年 3月初日 17○北の湖(寄り切り)栃光●0
 栃光突っ張ってから北の湖の左を引っ掛けようとした。しかし北の湖は動かない。 栃光は突っ張るが一人相撲。北の湖は相手の力が入った頃を見計らい、右を覗かせるや西に寄り切った。
 昭和54年 5月 7日目 18○北の湖(寄り切り)栃光●0
 北の湖が左を覗かせ右から抱え上げ、そして右を巻き替える。金城も右を巻き替えて右四つとなった。 北の湖は上手から引きつけて寄り進み、右から起こして寄り切る。
 昭和54年 9月初日 19○北の湖(寄り倒し)栃光●0
 ちょっと突き合って栃光が右を差し、さらに左を巻き替えた。しかし北の湖が右を巻き替え、左を浅く引きつけて正面に前進、右から掬って豪快に寄り倒した。
 昭和55年 1月 2日目 20○北の湖(上手投げ)栃光●0
 北の湖が立ち合いに左に変わったが、栃光は突っ込んで右四つ、北の湖が巻き替えて左四つになったが上手が取れない。 栃光は左四つでは出られない。北の湖は機を見て踏み込み上手を取り、右から大きく上手投げで黒房に投げ転がした。
 昭和55年 3月 6日目 21○北の湖(上手捻り)栃光●0
 北の湖は立ち合いに左へ飛んで去なした後、右四つに組んでジッと構えた。 そのまま 1分半近く経過、機を見て北の湖が左上手から捻って西に吹っ飛ばした。
 昭和55年 7月初日 22○北の湖(上手投げ)栃光●0
 この日は出る大関出る横綱皆敗れ去り、そして迎えた結びの一番。 流石の北の湖も緊張のため膝が笑ったという。立って北の湖は左上手をサッと取った。 栃光は右を入れてこちらは充分。北の湖は動かず慎重、胸を合わせ、機を見て左上手投げで決め、面目を保った。
 昭和55年 9月 2日目 23○北の湖(上手捻り)栃光●0
 栃光が右差しで頭をつけて充分になったが、北の湖は全く動ぜず、左上手を取って右から揺さぶる。 そして機を見て左から捻り、あっさりと転がした。
 昭和56年 3月11日目 24○北の湖(上手投げ)栃光●0
 立って右四つになり、北の湖は動かない。栃光は下手一本引いただけで攻めない。 2分近く経ち、北の湖が上手投げで捻じ伏せた。
 昭和56年 5月 4日目 25○北の湖(上手投げ)栃光●0
 北の湖が左上手を取って右四つとし、栃光は右半身で堪える。暫くして北の湖が出ると見せて左上手投げを豪快に決めた。
 昭和56年 7月 8日目 26○北の湖(寄り切り)栃光●0
 右四つから栃光は左を巻き替えこじ入れたが、北の湖も左を巻き替えて左四つにした。 こうなって栃光は戦意喪失、北の湖は正面に難なく寄り切った。
 昭和56年 9月 5日目 27○北の湖(寄り切り)栃光●0
 北の湖が左喉輪で出ると栃光は右へ廻って右差し、北の湖は左上手を引きつける。 栃光は右下手投げで廻り込もうとしたが、北の湖は右から起こして正面に寄り切った。
 昭和57年 1月 2日目 28○北の湖(上手投げ)栃光●0
 北の湖が右喉輪でドッと押し進んだが決まらず栃光得意の右半身を許す。 しかし北の湖は左上手を取る。右差し手は絞られていたが、左に廻って頭を押さえ、上手投げを放って強引に叩きつけた。
 昭和57年 5月 9日目 29○北の湖(寄り切り)栃光●0
 北の湖は右から入って左上手を取ろうとするが、栃光が左から絞って入れようとすると、 北の湖は左上手投げ。栃光はこれを残して互いに差し手争い。次いで北の湖がまた左上手投げを打つと、栃光はよく残して両差しとなった。 北の湖は対して機を見て左を巻き替え、腕を返して西に寄り、寄り切った。栃光は「30歳までには(つまり58年 1月までには)勝ちたいんだけど」と言っていたが、 それどころか対戦の機会さえなく、遂に完封記録として残ることになった。
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