用語解説
アルケノン
(Alkenone)

 炭素数37~39(C37-C39)の長鎖不飽和アルキルケトン(アルケノン, alkenone;図1)は、広く世界中の海底堆積物中に見出される。1970年代末に、はじめて海底堆積物から同定された。その後、培養試料や堆積物中の円石藻化石(石灰質ナノ化石)の研究の総合的な考察から、ハプト藻(ハプト植物門)ノエラエラブダス科(Noelaerhabdaceae)とイソクリシス科(Isocrysidaceae)が生合成することがわかった。
 この化合物の不飽和度(二重結合の数)が生育時の水温に直接比例して変化し、かつその不飽和度は堆積後もよく保存される。このことから過去の水温を復元する古水温計として、地球化学や古海洋学、古気候学などにおいて広く応用されている。さらに、アルケノンの4不飽和比は古塩分指標に、アルケノンの炭素同位体比は過去の大気二酸化炭素濃度のプロキシーとして使われる。

図1 代表的な長鎖アルケノンの構造式

長鎖アルケノンでは、カルボニル基が2位か3位の炭素の位置に付き、それぞれメチルケトン、エチルケトンとなる。また、アルケノンの二重結合の立体配位はtrans 型であることが特徴的である。長鎖アルケノンは内陸塩湖など陸水環境でも発見され、その起源となるハプト藻類はC40より長鎖のアルケノン(図2)をもつことが知られている。また、近年は特殊なハプト藻株がC37の1不飽和アルケノンやC35~C36といった短鎖アルケノンを合成することが発見されている()。中生代白亜紀の海底堆積物からは長鎖のC41アルケノンが検出されていて、新しい時代の堆積物ほどC37アルケノンの割合が増す傾向があり、中生代~新生代のアルケノン合成種の進化過程に関連していると推定されている()。※詳細は沢田(2012)参照。


アルケノン不飽和指数(Alkenone unsaturation index: UK37, UK'37
 炭素数37(C37)の2~4不飽和アルケノンの濃度比から算出する指数(インデックス)。広く利用されている古水温指標である。以下の式で示される。

UK37 = ([37:2] - [37:4]) / ([37:2] + [37:3] + [37:4])
UK'37 = [37:2] / ([37:2] + [37:3])    
[37: x]:
C37のx不飽和(二重結合の数)アルケノンの濃度


C37の4不飽和アルケノンの濃度は低い場合が多いので、それを式に含まないUK'37がよく用いられる。
アルケノン不飽和指数からの温度換算式は、ハプト藻Emiliania huxleyiの培養実験から求めた式(Prahl et al., 1988);

UK'37 = 0.034 T + 0.039 (r2 = 0.994)   T:生育水温

や世界中の表層堆積物のアルケノン不飽和指数とその場で観測された水温との関係から設定した式(Müller et al., 1998);

UK'37 = 0.033 SST + 0.044 (r2 = 0.958)   SST:観測された海洋表面水温

がよく使われている。ほとんどの海洋堆積物で応用されていて、さらに近年は、大陸塩湖堆積物でもアルケノンが検出され、内陸気候の気温復元に応用されつつある。

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・陸水環境でのアルケノン不飽和指数<2019年追加>

 限られた湖沼・汽水など陸水環境からも長鎖アルケノンが見出されることが知られている。近年、湖底堆積物中のアルケノンから古水温変動を高精度に復元することができつつある。陸水環境で生息するアルケノン合成ハプト藻種は、二重結合を3~4つもつ長鎖アルケノンを高い割合で合成する。したがって、海洋環境で使われる2~3不飽和アルケノンではなく、3~4不飽和長鎖アルケノンを使った不飽和指数(UK''37)による古水温解析が行われる。

UK''37 = [37:3] / ([37:3] + [37:4])
[37: x]: C37のx不飽和(二重結合の数)アルケノンの濃度


アルケノン不飽和指数からの温度換算式は、湖沼生ハプト藻Ruttnera lamellosaの培養実験から求めた式(Zheng et al., 2016);

UK''37 = 0.045 T + 1.016 (r2 = 0.994)   T:生育水温

を使う。

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アルケノエイト (Alkenoate)
 長鎖(C37-C38)不飽和脂肪酸エステル(アルケノエイト, alkenoate;図2)は、長鎖アルケノンと同様に海底堆積物から広く見出される。この起源もアルケノンと同様のハプト藻であることがわかっている。



図2 特殊な長鎖アルケノンおよび長鎖アルケノエイトの構造式


●アルケノンの各指標 (C37/C38, C40/C37, C37:4%, EE/K37)
 アルケノンの起源種などを推定するために、いくつかの指標が使われている。、塩分指標など。