最低限 Unix / Linux [II] 【8. 付録:位置天文学とプラネタリウム】

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赤道座標系とヒッパルコス衛星

赤道座標系は,天体位置を記述する座標系で最もよく用いられているものの一つです.ここでは,天文学で良く用いられる赤道座標系と,恒星の位置測定に大きく寄与したヒッパルコス衛星について述べます.

赤道座標系

天体の位置を決定する学問分野を位置天文学といいます.宇宙を記述する座標系を定めることは,位置天文学における重要な課題の一つです.恒星たちをはじめとする天体たちは,地球から遠いために距離感は感じられず,天球という半径が充分に大きい仮想的球面に天体が張り付いるように見えます(天球近似).このように距離情報を取り除いた天球近似を考えても,多くの観測では差支えがないため,天文観測では天球上の位置,すなわち天体の方角を記述する天球座標系が最もよく用いられます.天球座標系は球面上に張られる座標系なので,地球の測地系(緯度と経度で表した座標系)と同様,極と赤道を基準とした座標格子が採用されています.

天球座標系には様々な種類がありますが,もっともよく用いられるのは赤道座標系です(Fig. 1).これは,地球の自転軸方向(天の北極と天の南極)に座標格子の極,天の赤道に座標格子の赤道を置いた格好になっています.この座標格子の中で,経度と緯度に対応する量である赤経と赤緯を用いて,天球上の一点が一意的に定められます.赤経は,点の赤道上の春分点と呼ばれる場所から東周りに測ります.春分点とは,太陽が1年を通して天球を巡る際,天球の南半球から北半球へ遷移するとき(春分)に通過する点(昇交点)で,現在,春分点はうお座にあります.赤経でよく用いられる単位は,h(時),m(分),s(秒)で,24 h = 360度,60 m = 1 h,60 s = 1 m となっています.このような単位を用いるのは,赤経の測定が時刻の測定と深く関わっていたためです.一方,赤緯の単位は度数法であり,度の補助単位として′(分,60′= 1度),″(秒,60″= 1′)も用いられます.赤緯では,天の赤道を0度,天の北極を+90度,天の南極を-90度と定めます.

Fig. 1 赤経と赤緯 (© Matsuoka Ryo)

位置天文学の歴史 〜ヒッパルコス衛星に至るまで〜

INEX 第3回課題では,位置天文学衛星であるヒッパルコス衛星の恒星観測データを用いました.そもそも,位置天文学は暦や時間の決定から始まったもので,そのための観測は生活インフラを支えるものとして世界の各所で行われてきました.位置天文学的データをはじめて体系化したのはヒッパルコス衛星の名前の元となった,古代ギリシアのヒッパルコスです.彼は,恒星の位置をまとめた星表を初めて作成し,同時に恒星の明るさを表す等級も定めました.

17 世紀初頭の光学望遠鏡の登場以降,恒星の位置の観測精度は著しく向上し,1838 年には年周視差を検出するまでに至ります.年周視差とは地球の公転運動に伴う視差です.視差は,見る位置によって見えるものの方向が変わって見えることを言い,生物の物体までの距離の知覚はこれを利用しています(立体視).年周視差も恒星までの距離と一対一に対応しており,地球の運動で宇宙を立体視しているとも言えます.ただし,年周視差は非常に僅かなものであり,宇宙からの観測が行われるまでは,距離の測定に足る精度が得られたのは太陽近傍の恒星だけでした.

1989 年に打ち上げられたヒッパルコス衛星は,位置天文観測を行う衛星として欧州宇宙機関により打ち上げられました.位置天文観測を宇宙から行う利点は,天体の位置を,大気の揺らぎが無い環境で恒星を詳細に観測できる点にあります.このことは,わずかな位置の変化を検出する年周視差の観測において,極めて有利です.ヒッパルコス衛星は,4年の運用期間で全天 118,218 個の恒星位置等の精密観測を行い,その成果はヒッパルコス星表として発表されました.ヒッパルコス星表の年周視差の平均精度は 1/1000 秒角にまで達し,恒星の 3 次元地図の作成に大きく寄与しました.

Fig.2 打ち上げ直前のヒッパルコス衛星 (ESA/CSG/Service Optique CSG)

ちなみに,ヒッパルコス衛星の後継衛星としてガイア衛星が 2013 年に打ち上げられています.ガイア衛星は欧州宇宙機関によるミッションで,全天 10 億個以上の恒星の位置の精密測定を行い,それらの距離を導き出すことを主な目的としています.2016 年 9 月 14 日に最初の約 1 年分の観測に基づくガイア衛星観測データの公開が成され,2018 年 4 月 24 日にそれに続く追加データが公開されました.2018 年 4 月時点のデータでは,17 億個の恒星データが含まれています.銀河系には数千億個の恒星が含まれていると考えられているので,ガイア衛星で観測された恒星データはその 1/100 に迫る勢いです.日本でも,JASMINE 計画という位置天文衛星ミッションが計画されています.そのうちの一つ,Nano-JASMINE 衛星はすでに開発を終え,打ち上げ待ちの状態です.この衛星は,ガイア衛星で精密測定が困難な明るい恒星の精密位置測定を行うことを目的としています.

Fig.3 2018 年 4 月時点でのガイア衛星のデータに基づく天の川の地図 (ESA/Gaia/DPAC).

プラネタリウムの作成

プラネタリウムは,位置天文学の成果物の中でも私たちに最も身近なものの一つです.プラネタリウムの投影機は,INEX 第三回課題で扱ったような恒星の位置と明るさのデータと忍耐があれば,だれでも作成することができます.工作に自信のある人は,課題で扱ったデータを使ってプラネタリウムを作ってみるといいでしょう.

プラネタリウム投影機の種類

プラネタリウム投影機は恒星を投影する恒星球とそれを支持する架台からなります.投影機は,恒星球の投影方式に応じて二つに分けられます.

今回は,ピンホール式プラネタリウムの製作方法の概要について述べます.

ピンホール式プラネタリウムの作成

ピンホール式プラネタリウムの作成方針は以下の通りです.

  1. 恒星球面の形状を決定する.
  2. 恒星球面の形状に合わせて,恒星の位置データを座標変換する.
  3. 恒星の位置が記された恒星球面の展開図ファイルを用意し,印刷する.
  4. 等級に応じた大きさの孔をあける.
  5. 光源と合わせ,恒星球を組み立てる.

恒星球面の形状は球面になるべく近い,展開図を作ることができる曲面にすることが理想的です.具体的には,多面体にしたり,赤経や赤緯で天球を分割し,分割面を台形に近似したりします.恒星球面の形状は素材や星の投影像からの制約があります.このことに関しては,大平さんのウェブページが参考になると思います.恒星球面の形状が決まれば,ドーム面上の正しい位置へ恒星を投影できるような恒星球面上の孔の位置が決まります.この孔の位置を求めるためには,恒星の赤経・赤緯データから恒星球紙面上の座標データへの座標変換を行います.具体的には,恒星球と中心を共有するような天球を模した球面(模擬天球面)を考えるといいでしょう.そして,中心から模擬天球面上の任意の赤経赤緯の点へ伸びる線分が,恒星球面のどこを射抜くかを計算します.座標変換の表式は想定する恒星球面の形状によって変わるため,恒星球面の形状に応じた変換をいちいちデザインしなければなりませんが,これらの多くは高校数学プラスα程度の知識があれば導くことができるはずです.

この時点で,恒星球面の展開図上のどこに点を打てば恒星が再現できるかがわかるため,恒星位置が書き込まれた恒星球面展開図を印刷する段階に進みます.印刷する展開図面のファイルを作成する際は,後の孔開け作業が楽になるよう,恒星の等級ごとに点の色を変えておきましょう.また,印刷の縮尺は,恒星球がドームの直径の約1/10になるような大きさとします.これは,恒星の投影像が肥大しないための配慮です.なお,展開図面は通常紙へ印刷し,それと恒星球面の紙(後述)を重ねて恒星球面の孔開け位置をきめると後の作業がしやすいです.

印刷が終わったら,恒星球面への孔開けを行います.恒星球面の材質は,薄くて遮光性のあるラシャ紙やケント紙を使います.また,孔開けの前に,予め光源側の面を黒く塗装し,つや消しもします.孔開けの際は,恒星の明るさに比例した孔の面積となるよう,孔の大きさを変えます.恒星の明るさは,1 等級の差で $10^{0.4}$ 倍明るさが異なるため(ポグソンの法則),面積の比率もそのような指数関数で表現します.また,投影する恒星像は直径 1-2cm を超えると見栄えが悪くなる(半径 2m 程度のドームを利用した場合の雑感)ため,小さい等級の恒星から孔の直径を決めましょう.孔開けには,手持ちドリルが便利です.ドリルの刃の中には,0.1 mm オーダーの直径の孔を開けられるものがあるため,恒星の孔開けにはこれを用いるといいでしょう.

全ての孔開けが終わったら,いよいよ恒星球を組み立てます.組み立てる際には恒星球の中心に光源も配置しましょう.光源は,あらゆる方向を照らすことができるような点光源が望ましく,豆電球が適しています.また,豆電球の中でもプラネタリウム用光源として販売されている五藤光学 EX 電球は点光源にかなり近いとされ,星像が良好です.また,恒星球の面同士を接着する際は,接着剤に不透明な塗料を混ぜたものや黒いホットボンドを用いると,光漏れを防ぐことができます.

その他,架台やドームを作成する必要がありますが,様々な作り方があるため,ここでは説明を省きます.気になる人は調べてみてください.




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最終更新日: 2018/06/07 松岡 亮 copyright © 2018 inex