用語解説:
n-アルカンの古環境指標:ACL, CPI, Paq

n-アルカンは他の炭化水素と同様に、石油など化石燃料やそれに由来する成分としてふつう見出される。一方で、おもに陸上高等植物のワックス成分としても広く自然界に存在する。ワックス成分のn-アルカンは高分子量の、つまり長い炭素鎖(アルキル鎖)でかつ奇数炭素数25(C25)~C35の化合物である。このような長鎖n-アルカン(long-chain n-alkene)の炭素数分布は植物の分類や生育環境によって多様性があり、それを利用した古植生・古環境指標が設定されている。また、n-アルカンの炭素・水素同位体比も古気候・古環境指標として、地球化学や古海洋学、古気候学などにおいて広く応用されている。
●n-アルカン平均鎖長(Avarage Chain Length: ACL)
陸上高等植物のワックス成分である長鎖n-アルカンのうち、C27、C29化合物は木本植物のワックス成分として、C31、C33、C35化合物は草本植物のワックス成分としてより合成されることが知られている。したがって、土壌や水中の懸濁粒子などの環境試料から得られたこの炭素数(炭素鎖長)分布から、木本/草本植物に由来する植物ワックスの寄与を評価することができる。さらに、堆積物など地質学試料のデータは森林/草原植生といった古植生の復元に応用を広げることもできる。この指標をn-アルカンの平均鎖長(Average chain length; ACL)と呼び、n-アルカンの炭素数の加重平均として以下の式で計算される(Poynter and Eglinton, 1990)。

ACL = (27[C27] + 29[C29] + 31[C31]) / ([C27] + [C29] + [C31])
[Cx]: CX n-アルカンの濃度

一般的な式は上記のように、C27~C31の奇数炭素のn-アルカンを使うが、C25やC33化合物の濃度を式に加えるなどアレンジして使用されることも多い。
●n-アルカン水生植物指標 (Aquatic plant index: Paq)
C23、C25 n-アルカンはおもに水生植物(水中や水に浮遊している主に被子植物)のワックス成分として存在する。したがって、長鎖n-アルカンの中のこれらの化合物の割合は、環境中での水生植物がつくる植物ワックスの寄与や、水生植物が繁茂するような沼沢地や湿地の古環境の指標として使われる。この指標をPaqと示し、式は次のとおりである(Ficken et al., 2000)。

Paq = ([C23] + [C25]) / ([C23] + [C25] + [C29] + [C31])
[Cx]: CX n-アルカンの濃度

●炭素数優位性指標 (Carbon Preference Index: CPI)
植物ワックスに由来する奇数炭素のn-アルカンが続成過程で分解したり、堆積岩中の高分子有機物(ケロジェン)の熱分解によって生じたn-アルカンの付加により、続成・熟成が進んだ地質学試料ではn-アルカンの奇数炭素優位性が失われていく。このような傾向を利用して、n-アルカンの奇数炭素優位性を指標化し、それを堆積物・石油など地質学試料中の炭化水素の熟成した度合(熟成度)の評価によく応用する。一方で、環境中で見出される’熟成した’炭化水素は化石燃料に由来すると考えられ、化石燃料もしくはそれを原料にした人工物に由来する炭化水素の寄与の指標として使われる。この指標をn-アルカンの炭素数優位性指標または炭素選択指数(Carbon Preference Index; CPI)と呼び、以下の式で計算される(Bray and Evans, 1961)。

CPI = 2 (Σodd[C23 ~ C31]) / (Σeven[C22 ~ C30] + Σeven[C24 ~ C32])
Σodd or even[Cx~Cy]: CX~Cyの奇数または偶数炭素n-アルカンの濃度の和

一般的な式は上記のように、C22~C32のn-アルカンを使うが、式からC23を抜いたりC35を加えるなどアレンジして使用されることもある。
文献:
Bray, E.E. and Evans, E.D. (1961) Geochim. Cosmochim. Acta 27, 1113-1127.
Ficken, K.J. et al. (2000) Org. Geochem. 31, 745-749.
Poynter, J. and Eglinton, G. (1990) Proc. Ocean Drilling Program, Sci.
Results 116, 155-161.
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