用語解説:このトピックスHPで高頻度に使われる専門用語について説明します.
ケロジェン・ジオマクロ分子

ケロジェン (Kerogen)
ケロジェンは,堆積物(岩)中の,有機溶媒にも酸・アルカリにも溶けない高分子有機物をいう。もとは石油・石炭地質学用語。一般的には,ケロジェンは堆積岩中の熟成が進んだ高分子有機物に対して使われ,現世堆積物中の未熟成の高分子有機物は「腐植物質」と区別していう。しかし,続成・熟成過程は連続的であり,ケロジェンと腐植物質の境界はあいまいである。元来,ケロジェン,腐植物質ともに,分離方法の画分として定義されていて,高分子・巨大分子という意味は直接示されていない。
ケロジェンは,スコットランド地方の原油を生成する頁岩(油母頁岩,oil shale)中の有機物について,乾留すると原油が得られることから,’油を出すもの’というギリシャ語の意味で使われた。したがって,ケロジェンを「油母」と和訳することもある。
ケロジェンの成因・生成経路は未だに議論が続いていて,統一された結論がない。しかし,ケロジェンはもとの生体を構成する’巨大’生体高分子そのものか,それが続成作用で一部変化したものと,タンパク質・炭水化物などの易分解性生体高分子の分解物が再縮重合することによって形成されたものの複雑な混合物と捉えられている。したがって,ケロジェンを次のように定義できる。「ケロジェンとは,土壌・堆積物,天然水などに保存された生体有機物やその続成変化生成物から形成される,不均質な巨大分子集合体である」(Rullkötter, 1993)。
ケロジェンは,それを構成する炭素,水素,酸素の原子比に基づいて,タイプI~IIIケロジェンと3種類に分類できる(水素比の著しく低いタイプIVケロジェンを分類に加えて,4種類とする場合もある)。以下の図K1のような原子比で設定された図をvan
Krevelen図という(Tissot and Welte, 1978)。タイプIケロジェンは水生藻類起源,タイプIIIケロジェンは陸上高等植物の木質部を起源としていて,それぞれ原油と天然ガスの生成能が高い。タイプIIケロジェンはタイプIとタイプIIIの中間的なケロジェンであり,海底堆積物でよくみられる。
 
図K1 ケロジェンおよび石炭マセラルのタイプ: タイプI~IIIケロジェンが示されている。縦軸が水素/炭素比(H/C),横軸が酸素/炭素比(O/C)で,van
Krevelen図という。H/C,O/Cが高いほど熟成度が低い。石炭の場合は、その端成分の種類で判別されている。水生藻類由来のalginite,植物の表皮や胞子などから形成されるexinite,木質のvitriniteで表現されている(Vandenbroucke
and Largeau, 2007引用).
ジオマクロ分子 (Geomacromolecule, Geopolymer)
ジオマクロ分子(またはジオポリマー)は,土壌・堆積物や天然水,生物遺骸・化石において見出される難分解性の巨大分子有機物の総称である。上記の「ケロジェン」とほとんど同義である。タンパク質や炭水化物などの生体高分子(biomacromolecule)に対して,地球科学的な続成作用によって生成・高分子化する有機物について,’地球’や’地質’を意味する接頭語の’Geo-’をつけてジオマクロ分子(geomacromolecule)とよぶ。
ジオマクロ分子は,高分子の基本単位である単量体(モノマー,monomer)が不明瞭であることが多い。ジオマクロ分子の化学構造や成因・生成過程については未だによくわかっていないが,次のような高分子有機物であると提示されている。→ ジオマクロ分子は,もとの生体高分子の分解物や,分解物が再縮重合して生成した高分子,’巨大’生体高分子の構造の一部が変化した高分子などが,ランダムかつ複雑に混合した有機物である(図K1,Tegelaar
et al., 1989; 上記のケロジェンの説明も参照)。つまり,ジオマクロ分子は「不均質な巨大分子集合体」(Rullkötter, 1993)と捉えるべきであろう。
ジオマクロ分子は,「ケロジェン」,「腐植物質」を合わせた不溶性高(巨大)分子有機物の総称である。

工学分野でよく使われる定義:粘土鉱物の珪酸のような無機物を基本とした無機高分子を「ジオポリマー」とよぶ。この場合は,人工(工学)的な反応によって重合・生成した高分子という定義である。この工学的な定義では,地球科学的な生成過程について,「堆積岩は天然のジオポリマー」などのような言い方をする。
ジオポリマーを用いた技術-「ジオポリマー技術」: 粘土鉱物や石炭灰などの非晶質材料を高分子化してコンクリートのように硬化させる技術。セラミックスなどがその例である。
※「ジオポリマー」との混同を避けるためにも、Geomacromoleculeを「ジオマクロ分子」と和訳すべきであると考える。
 図K2 生体高分子とジオマクロ分子の関係(Tegelaar et al., 1989).
腐植物質(Humic substance)
腐植物質とは,土壌・堆積物・天然水中の有機物で,有機溶媒に溶けず,酸・アルカリに溶けるフルボ酸(fulvic acid),アルカリに溶けて酸に溶けないフミン酸(humic
acid),酸・アルカリに溶けないフミン(humin;ヒューミンとも呼ぶ)の総称である。土壌学用語。上記のケロジェンとフミンがほとんど同じ物質であるといえる。しかし,上述したように,ケロジェンは熟成の進んだ堆積岩中の不溶性有機物(ジオマクロ分子)であり,フミンは現世の未熟成有機物に適用する用語である。もとの定義は、腐食物質の暗色性といった形態的な特徴で決められている。基本的には,植物遺骸の分解物,バクテリアなどによる分解生成物・再合成生成物からなる。石渡(2010)によると,「腐植物質は化学的に変化した有機物および未変化の生体有機物の集合体である」という定義で,上述したジオマクロ分子の捉え方と同様である。
抵抗性高分子(Resistant macromolecule, Resistant polymer)
抵抗性高分子とは,生物体,おもに陸上高等植物の表皮や樹皮などの疎水的で硬い組織を構成する高分子有機物をいう。抵抗性高分子は,細胞壁や植物体に物理的強度を付与したり,微生物や昆虫の作用に対して植物体に抵抗性を与えるなどの働きをもつ。このような有機物は,植物体が死んで堆積した後の腐敗・微生物分解や続成・熟成作用に対しても抵抗性があり,堆積物中でもよく保存されている。典型的な生体高分子であるタンパク質やDNAが極めて分解されやすいのに対して,抵抗性高分子は環境中でも分解されにくい。抵抗性高分子は,生体高分子とジオマクロ分子ともに存在する。つまり,定義において生体高分子とジオマクロ分子に分けられていない。ただし,堆積物や植物化石中の抵抗性高分子は,厳密にいうと,生体の巨大分子の分子構造がそのまま残っているだけでなく,堆積後の続成作用による脱官能基反応や再縮重合で構造が変化した部分も存在する。
植物体の抵抗性高分子は,木質を構成する主要成分の一つであるリグニン(lignin),表皮・クリクラを構成するクチン(cutin),コルク質を構成するスベリン(suberin),花粉・胞子の外壁を構成するスポロポレニン(sporopollenin)などがある(de
Leeuw and Largeau, 1993)。とくにリグニンは,セルロースとともに植物体の骨格を形成する主要成分であり,地球環境に普遍的に存在る。リグニンはメトキシフェノールを単量体とする巨大分子と考えられている。
[ケロジェン・ジオマクロ分子に関連する参考文献]
・de Leeuw, J. W. and Largeau, C. (1993) A Review of macromolecular organic
compounds that comprise living organisms and their role in kerogen, coal
and petroleum formation. In: Engel, M. H. and Macko, S. A. (Editors), Organic
Geochemistry, Plenum Press, New York, pp. 23-72.
・石渡良志(2010) 現世堆積物有機物の地球化学的研究.地球化学, 44, 31-41.
・Rullkötter, J. (1993) The thermal alteration of kerogen and the formation
of oil. In: Engel, M. H. and Macko, S. A. (Editors), Organic Geochemistry,
Plenum Press, New York, pp.377-396.
・沢田健(2000) 堆積物中のジオマクロ分子による古海洋学的研究-バイオマーカー分析の新展開.月刊地球, 22, 638-644.
・Tegelaar, E.W., de Leeuw, J.W., Derenne, S. and Largeau,C. (1989) A reappraisal
of kerogen formation, Geochimica et Cosmochimica Acta 53, 3103–3106.
・Tissot, B.P. and Welte,D. H. (1978) Petroleum Formation and Occurrence
(first ed.), Springer Verlag, Berlin.
・Vandenbroucke, M. and Largeau, C. (2007) Kerogen origin, evolution and
structure. Organic Geochemistry 38, 719-833.
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