Topic
植物樹脂化石Siegburgite:フェニルプロパン桂皮酸エステルの共重合体

[参考文献] 3-フェニルプロパン桂皮酸エステル, Sigburgite化石樹脂における共重合体ユニット:提案されるマンサク属(Hammamelidaceae)マーカー.
3-phenylpropanylcinnamate, a copolymer unit in Sigburgite fossil resin: a proposed marker for the Hammamelidaceae.
Pastorova, I., Weeding, T. and Boon, J. J. (1998) Organic Geochemistry 29, 1381-1393. >>>


[内容紹介] Gum Storax(styrax)やSiegburgiteという天然ポリスチレンとその共重合体が,被子植物マンサク綱(Hammamelidaceae)フウ科リクイダンバー(Liquidamber)の樹脂から発見されている。このリクイダンバーが合成するポリスチレン樹脂は,異なった地質学的場所で複数見つかっている。ドイツBitterfeldで発見された第三紀芳香族樹脂Siegburgiteについて,先行研究においてFT-IRスペクトル分析でポリスチレン様物質であると特徴づけれれたが,さらに他の高分子化学分析から,Siegburgiteの化学的特徴を調べた。この研究では,
1) 得られた可溶成分の分子量分布をサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)で決定し,400Daと30kDaのバイモーダルな分布であることがわかった。
2) 低分子量画分のGC/MS分析から,オレアノール酸と3-エピオレアノール酸が見つかった。
3) 高分子量画分の熱分解GC/MS分析で,3-フェニルプロパンシンナメイト(桂皮酸)が検出された。これは高分子鎖にエステル結合でフェニルプロパン桂皮酸ユニットが存在することが推定できる。

 今回Siegburgiteから検出されたオレアノール酸やフェニルプロパン桂皮酸は,現生種のLiquidambar orientalisから得られる商業価値のあるGum Storaxの成分であることから,Siegburgitreがマンサク綱リクイダンバーの古植物(現存しない化石種)起源であるという説が化学的に確認された。加えて,類似する北米産のSquankum化石樹脂のポリスチレンマトリックスを,Siegburgiteと比較した。この樹脂は,Siegburgiteと似ているが,その起源を確認する分子マーカーは見つけられなかった。

 
ポリスチレン中にフェニルプロパン桂皮酸ユニットが図L1のように,高分子鎖(主鎖)に結合して,さらに主鎖間を架橋していると推定した。


図L1 ポリスチレンポリマー中のフェニルプロパン桂皮酸ユニットの推定される結合。


[解説] 高分子化学を導入した地球化学の典型といえる研究例である。古被子植物の樹脂を構成すると考えられる天然ポリスチレンの高分子化学分析から,詳細な起源種の推定や化石樹脂の共重合体としての構造推定を行っている。この研究では,高分子の立体規則性・タクティシティー(tacticity)という高分子情報を,熱分解GC/MS分析によって検出された熱分解成分の三量体(トリマー)や四量体(テトラマー)の異性体から求めていることが興味深い(ただし,完全にタクティシティを求めきれてはいない)。タクティシティは,ジオマクロ分子や化石抵抗性高分子の起源種の化学分類情報や続成過程の情報を与える指標となりうる可能性がある。タクティシティの決定方法の開発・検討は,今後注目すべきことであると思われる。また,オレアノール酸の記載は有用なバイオマーカー情報を提供する成果である。

[用語]
共重合体 (Copolymer):2種以上のモノマーからできている高分子を共重合体またはコポリマーという。
2種類のモノマーをA,Bとすると,
ABBAAAABAABBB・・・    ランダム共重合体
ABABABABABABA・・・    交互共重合体
AAA・・・BBBAAA・・BBB    ブロック共重合体
などがある。


ポリスチレン (Polystyrene):1920年代にドイツのファルベン社によって大量生産。無色透明で硬く光沢があり,着色性がよく低温で成形が可能。発泡スチロール,ゴム,容器に使用される。構造は図L2に示したとおり。

リクイダンバー (Liquidamber):フウともいう。ユキノシタ目フウ科フウ属(APG体系)の落葉高木の温帯性広葉樹。旧分類体系では,マンサク綱マンサク目に分類されていた。Liquid(液体)Ambar(琥珀),つまり,’液体の琥珀’をもつ植物という意味である。この液体の琥珀こそがSiegburgiteまたは関連する高分子である。→2005年8月トピックも参照。

立体規則性,タクティシティー (Tacticity): 側鎖の結合方向に立体的な規則性がある高分子を立体規則性高分子(Stereoregular polymer)とよび,その規則性の種類と程度を,立体規則性またはタクティシティーという。以下にPastorova et al. (1998)の論文中の図(図L2)を使って,タクティシティーの種類を説明する。連続した2つのモノマーをダイアッド(Dyad),3つのモノマーをトリアッド(Triad)という。図L2では,モノマーは主鎖の炭素2つと1つのフェニル基である。そのダイアッド単位で,主鎖に結合したX基(図L2ではフェニル基)が同じ方向(つまり,主鎖を挟んで上か下でそろっている)にあるものをメソ(meso),反対側にあるものをラセミ(racemic)という。そして,トリアッドで考えたとき,メソ-メソ(mm),メソ-ラセミ(mr),ラセミ-ラセミ(rr)の3種類のタクティシティーがある。mmがイソタクティック(Isotactic),mrがアタクティック(Atactic),rrがシンジオタクティック(Syndiotactic)という。図L2において,X基(フェニル基)がすべて同じ方向の上でそろっている規則性をイソタクティック(図のC。図の表記は間違い),2つのフェニル基の方向がつねに異なる(上下)のはシンジオタクティック(図のB。図の表記は間違い),2つのフェニル基の方向が異なったり同じなったり不規則なものをアタクティック(Atactic)という。タクティシティーによって高分子の結晶性が大きく異なる。


図L2 異なったタクティシティーのポリスチレン構造.

 
※図L2において,Bはシンジオタクティック,Cはイソタクティックの間違いである。Syntactic →
Syndiotacticに修正必要。