Topic
ジオマクロ分子に結合して残っているアルケノン
古代堆積物中のジオマクロ分子に結合して保存されているハプト藻バイオマーカー:結合態C37・C38アルカン

[参考文献] 未熟成ケロジェンにおけるn-C37およびn-C38不飽和ケトンの硫黄および酸素を介した隔離(sequestration)と, それらの炭素骨格の初期熱熟成段階での解放.
Sulphur and oxygen sequestration of n-C37 and n-C38 unsaturated ketones in an immature kerogen and the release of their carbon
skeletons during early stages of thermal maturation. Koopmans, M. P., et
al. (1997) Geochim. Cosmochim. Acta., 29, 2397-2408. >>>
[内容紹介] 古代の堆積環境の生物・化学・物理学的特徴の指標として分子生物地球化学的な脂質バイオマーカーが利用されているが,それはおもに飽和または環式炭化水素(それらは官能基をもつ前駆物質から由来する)に限られている。しかし,近年,官能基をもつ脂質と無機硫黄(S)の反応(天然の硫化)が初期続成過程でおこり,その結果として,脂質の炭素骨格の巨大分子への選択的な隔離(シークェストレーション;sequestration)が引き起こされることが明らかになってきている。それが堆積記録の解釈を偏らせることがありうる。したがって,S結合バイオマーカーから,古環境条件についてのより効果的な結論が得られるように検討するべきである。さらに,特定の炭素骨格は,酸素(O)結合によって巨大分子構造へ結びついていることも知られている。しかし,そのようなO結合メカニズムはよくわかっていない。例えば,プリムネシオ藻(注1,ハプト藻)に由来するC37・C38アルケノンは,初期続成過程で還元無機Sと反応することが予想されている。次の証拠からである。
(1)C37・C38環式モノ硫化物や,2, 5-ジアルキルチオフェンが未熟成堆積物や低温低圧原油に見られる。
(2)n-C37・C38 アルカンは,極性フラクションの脱硫化物に見られる。
(3)未熟成ケロジェンにもn-C37・C38 アルカンがSと結合して含まれている(脱硫化で検出される)。
この研究では,ケロジェン中でのアルケノンのSとOの隔離(シークエストレーション)から,堆積記録における次のような二重の偏りが起こることを報告する。(1)熱熟成のはじめの段階で,n-C37・C38骨格はS, O結合の熱的切断によって極性フラクションへ放出される。(2)熱熟成が増すと,n-C37・C38骨格は,その極性フラクションから飽和炭化水素と飽和ケトンとして優位に放出される。したがって,n-C37・C38のケトン・アルカンから,堆積環境におけるハプト藻の存在が認識され得る。
具体的には,この研究では,北イタリアVena del Gesso堆積盆Gessoso-solfifera層(Messinian)の堆積岩中に含まれるSに富む未熟成有機物(ビトリナイト反射率Ro = 0.25%) を,人工的に160~330℃,72時間の含水熱分解を行った。この実験は,数種類のハプト藻により合成されるn-C37・C38 2および3不飽和メチル・エチルケトン(アルケノン)の続成過程での最終的な生成物を研究するためである。 加熱していない試料のケロジェンの化学減成実験に示されるように,初期続成作用の間,アルケノンは硫黄や酸素両方の架橋によってケロジェンに結合する。160~260℃の温度で加熱すると(熱熟成ではまだ初期段階にあたる),大量(1mg/g
TOC以上)のS結合, O結合, SとO両方の結合のn-C37・C38骨格の化合物が生成する。n-C37・C38骨格の化合物とは, 飽和n-C37・C38メチル,エチル,中鎖(カルボニル基の位置がC15とC16)ケトン,C37・ C38中鎖 2,5-ジ-n-アルキルチオフェン, C37・C38 1,2-ジ-n-アルキルベンゼン,C37・C38アルカンである。熱熟成が増していくと,飽和炭化水素,アルキルベンゼン,飽和ケトンの3つのタイプのn-C37・C38骨格が安定する。一方で,Sと O結合の骨格は相対的に分解しやすくなる。これらの結果は,安定した化合物が分解されやすい化合物の熱的な損壊から生じることを示し,C37・C38 ケトンやn-アルカンが自然(の堆積物の)条件で生成することを提示するものである。
[解説] ケロジェンやアスファルテン中のジオマクロ分子に結合して保存されているアルケノンやその派生物を系統的に調べて報告した研究論文である.ハプト藻が合成するアルケノン(alkenone)が堆積物において見出されるのは,基本的に数10万年前の堆積物(第四紀の堆積層)で,数100万年前を超える古代の堆積物(堆積岩)にはほとんど残っていない(注2).一方で,新第三紀より古い堆積岩で炭素数37,38(C37・C38)アルカンが検出されることは知られている.それが,直接アルケノンに由来することが指摘されていて,その保存とジオマクロ分子からの解放の反応経路について,この論文で推定されている.
注1:ある時期まで,アルケノンを合成するゲフィロカプサ科やイソクリシス科の藻類は,プリムネシオ藻類と呼ばれた。現在では,ハプト藻(ハプト植物門)として括られている。
注2:陸上セクションでの新第三紀以前の地層において,アルケノンは普通は保存されていないということ.近年の深海掘削(ODP)の研究において,漸新世~鮮新世の掘削コア堆積物からアルケノンが普通に検出されることがわかっている。ODP試料は陸上のような風化作用を受けず,かつ未熟成な試料が多いので,アルケノンなどのバイオマーカー分子がよく保存されるのだろう.ODP試料を用いて,数1000万年スケールのアルケノン古水温解析が行われている.ただし,白亜紀の堆積物におけるアルケノンの検出ではごく稀である.
[用語]
硫化(Sulphurisation):有機物に硫黄(S)が結びつく反応。この反応によって,有機物そのものが分解させにくくなったりする(→ 加硫)。基本的には生体は硫黄をもたないため,自然環境(特に,海水や海底堆積物)において,環境中の硫黄と反応して起こる。硫化は,無酸素環境条件下でのジオマクロ分子の生成過程において重要な役割を果たすと(も)考えられている。
含水熱分解(Hydrous pyrolysis):閉鎖された容器中で水を加えた条件での熱分解。水層があるので半閉鎖半開放系の熱反応を模倣できる。このシミュレーション実験が,天然の堆積物で起こる熱熟成作用に最も近い反応を実現できると考えられている。
シークエストレイション, 隔離(Sequestration):堆積物や天然水中において,分解されやすい低分子量化合物が,ケロジェンのようなジオマクロ分子に化学的に(共有結合で)取り込まれて,微生物作用や化学的酸化作用から隔離されて,分解されにくくなる作用をいう。環境中の硫黄や酸素の結合による反応によって起こることが多い。おもにオランダの有機地球化学コミュニティが使い始めた用語。
ラネーニッケル (Raney Ni): NiとAlの等量合金をNaOH熱水溶液に溶解したもの.Alを溶かし,Niの微細分散状態にしたもの.活性の強い触媒.自然発火性があるため,無水アルコール中に貯え,常に溶媒で覆う.
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