アンデ・イービッヒ(1985 -- )はルクセンブルク(ドイツ系)生まれのアマチュア音楽家であるが,その名を知る者はほとんどいない(極めてローカルには知られている,らしい).
18 歳の頃からピアノソロの為の曲を作り始め,2016 年現在,11 の作品を創出している.
その作風は概してロマン派的であるが,フランスの印象派の代表ドビュッシーやスペインの国民楽派,アルベニス,ファリャを敬愛し,それらの影響も少なからず受けている.
不可思議なことに,イービッヒは作曲家を名乗りながらも,自ら作った曲を人前で弾くことを嫌い,知人に曲を送りつけては,弾いてみよと言って無理難題を押し付ける.
小生,山下達也もその被害者の一人である(笑).
彼に文句を言いたいのであるが,イービッヒはいつも世界中を駆け巡っているのか,どこかに潜伏しているのか知らないが,消息すら掴めないのである.
彼に対しては少しも尊敬の念を抱く事は無いのであるが,自分が彼のことを取り上げなければ,世界は彼のことを少しも認知することなく忘却の彼方へと葬り去るであろうから,致し方なくも以下でイービッヒの曲を紹介することとする.
なお,イービッヒは自分と同一人物で自作自演であるとか,或いは自分は多重人格で時々イービッヒになるのだとかという噂も流れているが,それは断じて有り得ないということを強調しておきます(笑).
また,曲の紹介における鍵括弧の部分は,イービッヒ本人のコメントです.
彼の曲を弾いてくださる方が少しでも増えてくれれば,幸いに存じます.
作品番号 | 曲名 | 完成年月 |
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Op.1 | 浅夢 | 2004/02 |
Op.2 | 即興曲 | 2004/05 |
Op.3 | 懐旧の夕べ | 2004/10 |
Op.4 | 都会の夜 | 2005/01 |
Op.5 | evocation(喚起) | 2005/03 |
Op.6 | 「3 つの小さなムジカ」
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2005/06 2005/07 2005/08 |
Op.7 | 「2 葉の絵葉書」
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2006/05 2006/12 |
Op.8 | 風の中で見た幻影 | 2007/09 |
Op.9 | 「抒情的小景」
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2008/01 2008/02 2009/05 2010/03 2011/02 2012/07 2013/03 2013/07 |
Op.10 | 「抒情的小景 第 2 集」
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2014/06 2014/07 2014/11 2014/12 2015/01 |
Op.11 | 「青き夢の歌」
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2015/09 2015/11 2016/04 2016/12 |
曲名 | 完成年月 |
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六甲おろし(リスト風に) | 2005/11 |
千の風になって(Vocal, Violin, Flute, Piano) | 2007/12 |
My Favorite Things(Coltrane version, 連弾用) | 2009/10 |
「空がうっすらと白み始め,町が目覚めようとするとき,人々は浅い眠りの中で現実と夢の間を何度も行き来し,そしてかつて見たかもしれないいくつもの場面に出くわす.
時に明るく,悲しく,儚い,この眠りの浅い夢の世界を古典主義的な手法で表現しようと試みたのがこの曲である.
支離滅裂に遷移するテーマや調が,次々と移り変わる明け方の夢のイメージに重ね合わせることができたと人々が感じてくれたのなら,私(註 : イービッヒ)にとってこれ以上の幸せは無い.」
山下によるコメント.突然,イービッヒにこれコンサートで弾いてよと言われて楽譜を見たときは本気で憤死しそうになりました(笑). コーダにある謎の 32 連譜はただのいじめとしか思えませんでした. 自分で作った曲を丸投げするイービッヒ氏の無責任ぶりには,ほとほと呆れるばかりですな.
「休日の午後,とある西洋の古い町の賑やかな広場に,陽気なアマチュア演奏家たちがそれぞれの楽器を携えてやって来る.
演奏家たちは互いを讃えながら,アドリブの競演を展開し始める.
アマチュアである彼らが作り出す音は決して美しくはないが,音を楽しむという音楽本来の意義を彼らは体現しているのである.
そんな,心から音楽を愛する彼らの自由奔放さ,純真さ,屈託の無さを私は表現したかったのである.」
山下によるコメント. 兎に角長い.弾いてる途中で草臥れる. 無理な転調があったり,突然 4 分の 5 拍子が出てきたり,最後に加速してみたりと,遊びの要素(?)がかなり多い. イービッヒ本人は弾かない気満々なので,適当に書いているようだが,少しは弾き手の気分も考慮してほしいというものだ.
「夕闇に染められた,丸い小高い丘の上で,遠くをぼんやりと眺め,かつてのことに独り思いを傾ける老人.
彼は紅い太陽から吹き付ける冷たい風の中で,若かりし頃の夢溢れる時を静かに,まるで反芻するように回顧する.
自分の知る者は今や誰一人としていない,そうした孤独の中で彼は美しい想い出を,優しく自分の魂とともに昇華させてゆく.」
Op.4 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「都会の暮らしもそれなりに長くなった. 誰も居なくなった夜の高層ビルから眺める人工的な夜景 -- 無闇に派手派手しいネオン街, 絶えず過ぎ行く車の流れによって作られる光の道, -- それらも昔は忌むべきものだったが, 今はどういうわけか美しいもののように思えてくる.
自分が溜息をついたって世界は何も変わりはしないことは分かっている. だからと言って溜息は止まることはない. この作られた美しい夜景を眺めながらお酒を飲みつつ, 遠い昔に捨て去った夢を少しだけ思い出したとしても, 少しも罪にはならないというものだろう. 戻っても進んでも開けない現(うつつ)という闇夜の帳(とばり)の外側にあるかもしれない桃源郷のことを考えては, ただ空虚に夜を過ごすのであった. 」
「私はこの曲を 20 歳のときに作った.
そのとき,私は思った.10 年後,20 年後に自分はどんな曲を作っているのだろうか,と.
そして 10 年後,20 年後の自分は今作った曲を聴いて一体何を感じるのだろうか,と.
そこで私はこの曲に evocation (喚起) という名前を付けた.
明らかにドビュッシーとファリャの影響を強く受けているこの曲が,将来の自分に何かを喚起することを期待して.
そして私は人生のマイルストーンとして 10 年後に同じ evocation という表題で曲を作るだろう.
そのとき,一体いかなる影響を自分が受けているのか,楽しみでならない.」
「人の微笑みの裏側に潜む感情,それは喜びだけだろうか?
微笑みという名の仮面に包み隠された哀しみや怒りを,一体どれだけの人が理解しうるというのだろうか?
いくら努力しても,いくら嘆いても越えられない壁にぶち当たった若者にどのような救いを与えればよいというのだろう?
私はただ曲を作る.
微笑みの下で悩み,苦しみ,葛藤する若者の純粋で美しい精神を讃えるために.」
「夜が暗闇の衣で天地を覆うと,孤独な若者の思索の時が始まる.
人には打ち明かせられない悩み.
人に話してもどうにもならない障壁.
やがて若者は大いなる夜に向けて涙とともに語り出す.
夜は黙って若者の言葉を受け止め,ひんやりとした風で優しく涙を払ってやる.
空が白み,夜が密やかに天地を去る頃,若者の傷心は浄化され,安らかな眠りの世界へと導かれるのであった.」
「悩める若者が出した答え,それは諦めだった.
これを『逃げ』と言う人もいるかもしれない.
だが,それは若者にとって積極的に世界を受け入れる人生を選ぶことの決意表明に他ならなかった.
若者の眼に悔いや弱さは微塵も感じられなかった.
己の運命を認め,これから力強く世を歩もうとする若者の為に,この曲を捧げたい.」
Op.7-2 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「四方を山に囲まれ,見渡す限り畑が続く田舎の村.そんなのどかで静かな村で暮らしていた二人の親友.二人は成人し,やがて別離の時を迎える.
一人は自分の夢を叶えるために都会に出て,そしてもう一人は田舎に残り,畑を耕し牛馬とともに暮らす道を選んだ.
時が経ち,田舎の友は畑を耕しながらふと考える.
『あれから数年,何の便りも無い.やつは元気にしているのだろうか.』
彼は思い立ち,そして絵筆をとった.自分の住む田舎の風景を一枚の葉書に描き,夢を求め都会に出た友人に送った.
数日後,都会の友のもとに田舎からの手紙が届いた.その絵葉書には土の臭いが今にも薫りそうな,懐かしい故郷の絵が描かれていた.
都会の狭苦しい世界との日々の格闘に倦んでいた友には,その絵を見ただけで長い付き合いになる田舎の友の言葉を理解するのに十分だった.
都会の友も久々に絵筆を持ち,都会の幾何学的・無機的情景を描き始めた.
そして故郷の友のもとに絵葉書としてそれを送った.『自分はどうにかやっている.そっちも元気でやってくれ』というメッセージを託して.」
山下によるコメント.跳躍を激しく要求するイービッヒに殺意を感じる今日この頃(笑).もうどうにでもしてください,とある意味諦めの境地.
「秋風の中で見たあの景色は現実だったのか, 或いは幻だったのか.
黄昏の空に染められた山・海そして街は, 闇をたっぷりと溶け込ませた青色にも, そして灰を練りこんだような不気味な赤色にも見えた.
私の体の中で時計の針が過去と未来に同時に進み出した.
不安という泡のような存在が様々に形を変えて, 空中を踊っている.
その泡たちもつむじ風とともに一瞬のうちに消えて, いつもの世界が戻ってきた.
あれは一体何だったというのだろう?
風が作り出した幻影だったのだろうか?
謎に包まれた幻影, 私は生涯忘れることはない. 」
Op.9-1 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「冬から春にかけて, 様々な美しい光景を私は見てきたが, その中で最も心惹かれ神秘を感じたのは, 冬も終わりに近い頃の, 牡丹雪にぼんやりと霞む弱々しい太陽だった.
遠くを見渡すと, 山々は薄暗い灰色の雪雲や白色の靄に覆い隠されていて, 空を見上げると, 輪郭のぼやけた薄明るい太陽の前を大粒の雪たちがゆっくりと斜めに過ぎって行くのが見えた.
その淡雪たちが蔭をまとって静かに過ぎって行くのを見ているとき, 間違いなく悠久の時間がそこにはあった.
冬の終わりは即ち春の始まりだとは言うけれども, 私はそこに儚さを感じてしまう.
奇跡の春を喜ばないわけではないが, 冬の終わりに淡雪とともに消えゆく何かのことを思い, 心をとらわれたのだ.
その悠久の時間が終わらないで欲しい, また来年も巡って来て欲しいと願いつつ, 私はこの曲を作った.
短い曲ではあるが, その神秘的な情景をイメージしながら聞いて, 或いは弾いていただけると幸いである. 」
Op.9-2 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「ささやかな幸せ, 即ちそれは多忙な日々の中で見出した心安らぐ平和なひととき.
即ちそれは自然の万物に五感を傾けられること.
即ちそれは音楽や数式や文章に思いを託することが出来ること.
即ちそれはお茶を飲みながら陽だまりのソファーで良き夢を枕に眠ること.
即ちそれは大切な人たちの幸せを我が喜びとして祝うこと.
そうしたある意味で贅沢な幸せをイメージして私はこの曲を作った.
ささやかな幸せが世に絶えぬよう念じながら. 」
Op.9-3 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「2009 年 3 月, 私の祖父はこの世を去った.
私はその悲報を祖父の病院に向かう電車の中で知った. 口惜しくも間に合うことはなかった.
電車の窓の外には, 冬を抜け出しつつある穏やかな青鈍色の海が曇天の下に広がっていた.
何故かその海の色は寂しくも印象的で, ずっと脳裏から離れなかった.
私は祖父から多くの無形の財産を譲り受けた. しかし私は祖父にほとんど何もしてあげられなかった.
せめて祖父に捧げる歌をと思い, 私はこの曲を作った.
祖父の魂とともに生きてゆくという決意とともに. 」
Op.9-4 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「北の初春, 林の日陰には雪が残り, 薄暮ともなると晩冬を思わせるほどにその空気は冷たい.
しかし夕闇の静寂の中で薄暗いトドマツの木々の間を歩けば, 土と緑の混じった薫りがそこはかとなく漂い, 紛うことなき春の足音をそこに感じさせられる.
独り静かに冷たい松の林の中を歩けば, 故郷に住む喜びとともに, いつか来るであろう故郷を離れる悲しみを覚える.
たとえ人の創りし社会の営みの中で, いずくの地に立つことになろうとも, 故郷の色や匂いは我が心の中に在り続けるだろう.
この暗い松の林もその一風景として, 心の中で在り続けるに違いない. 」
Op.9-5 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「ガウラ, またの名を白蝶草.
花言葉は清楚, そして負けず嫌い.
北の晩秋の弱々しい光の中で, 微風に揺れるガウラの花.
霜が降り, 他の花達が萎れゆく中で, 最後の最後まで残る貴方の健気さよ.
貴方よりも華やかな花は沢山あるけれども, まるで一歩退いて控えているかのような貴方の清き姿を, 何よりも愛おしく思う.
叶うことならば, 私の永遠の癒しであって欲しい.
そして高い鱗雲の下で, いつまでもたおやかに, しなやかにあって欲しい. 」
Op.9-6 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「私はあるときフランスのナントを訪れた.
その美しい港町では休日になると, そこかしこで教会の鐘が打ち鳴らされていた.
それぞれの教会で鳴らされる鐘の音は町中に満ち, 和音を為し, それは音画と呼ぶにふさわしいものであった.
かつてナントの港から旅立った人々もまたこの心揺さぶる音画を洋上で浮かべたのだろうか, と様々に思いを馳せながら私はこの曲を描いた. 」
この曲は, ナントで出会った心優しき友人 Dimitri Bourreau に献呈された.
Op.9-7 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「雪が積もった翌日の晴れた朝, 静かな雪道を歩くと, 心が自然と踊り出す.
雪の上に寝そべってみたり, 雪の上に文字を描いたり, 友と雪球を投げ合ったり, そんな幼い頃の記憶が甦るからだろうか.
憧憬の風景はいつでも淡く, そこはかとなく明るく, そして優しい.
きっとこれからも冬になると, 真っ白な雪道を見て, 心の奥底に暖かさを覚えるのだろう. 」
この曲は村上美礼氏に献呈された.
Op.9-8 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「北の初夏, 夜明けはすぐにやって来る.
清澄なる空気の中, 小鳥の声があちらこちらで聴こえてくる.
少し夜更かしをして夜明けを迎えたとき, 焦燥・期待・感傷が入り混じった実に複雑な気分を味わう.
どんな一日がやって来るのか, それは誰にも分からない.
良い一日も悪い一日もあるだろう.
それでも毎日夜明けはやって来る.
人々の夢が託され, あるいは人々に現実を知らしめるもの, それが北の夜明けなのだろう. 」
Op.10-1 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「最初の evocation を作ってから 10 年の月日が流れた.
この 10 年の間に私が行き着いたのは, 自身そして人々の想いや感情を様々な風景に託すことであった.
草花, 雨風, そして天地の表情は人々のそれ以上に豊かで, 言葉では尽くせない感情や心境も, そして言葉には出来ない密かな誓いや願いも, そこに映し出せるのだと私は考えるようになった.
おそらく私は今後も叙景的にして叙情的な作品を追い求め続けるだろう.
そして再び 10 年後に作るであろう evocation に思いを馳せつつ, 人生のマイルストーンを此処に刻むものである. 」
「故郷を離れ, 独り移り住んだマンションの一室の窓辺から見える空は, 毎日多彩な表情を見せてくれる.
ベール上の雲の間から, 柔らかく差し込む神秘的な陽光を湛えた空, 雨に煙り, 木々の緑をより一層深く際立たせる憂鬱を溶かし込んだ空, そして夕立があがった後の, 赤黒い雲を散りばめて希望に満ちた空.
その空に対し, 誓いや願いをそっと投げかけるのが私の最近の日課となっている.
この世に生まれ出づる人もあれば, この世を離れる人もある.
昨年の正月明けの頃, 甥がその生を受けた. そしてその年の初冬, 祖母はその天寿を全うした.
そうした出来事から暫く経った今, 世の無常, そして着実に渡ってゆく世代間のバトンというものを改めて感じている.
去りし人, 生まれてきた人, そしてこれから生まれてくる人への密やかな誓いとともに, この曲を空に捧げる. 」
Op.10-2 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「梅雨に入り始めの初夏の頃, 私は東北地方の山間の街を訪れた.
雨の日には, 柔らかい露に濡れた野山の新緑が鮮やかに浮かび上がる.
晴の日には, 爽やかな風がエゾハルゼミの声を乗せて青田を吹き抜けて行く.
街を流れる清き川のせせらぎに耳を傾ければ, 曇った心は洗われ, 子供の頃の純真さを取り戻せるような気分になった.
そしてこの街を離れ, 列車の窓から青い山河を見渡した時, 私の心の中ではここが第二の故郷になっていることに気付くのであった.
この美しく純然な山里の街がいつまでも消えて無くならぬよう, 私は心から祈りつつ, この曲を描き上げた. 」
Op.10-3 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「人は独りの夜に何を想うのだろう.
過去の出来事を楽しく思い出すのだろうか?
或いは胸の痛みや苦みを感じながら振り返るのだろうか?
今は遠くなった人の聴こえぬはずの足音を求め続ける人もあるだろう.
或いは心の闇を抱えながら, 夜明けに脅えながら寝床で息を潜めている人もいるだろう.
そんな一人一人のストーリーが夜に紡ぎ出されていることを想像しながら, この曲を描いた. 救いと平和がこの世にあることを願いつつ. 」
Op.10-4 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「とある真冬の午後, ふと気づくと窓の外は白一色に覆われていた.
そして窓辺に向かうと聴こえてきたのは, 風のなすエオルス音と, パチパチというガラスに何かが当たる音だった.
その何かの正体は, 白くて丸い, 霰の粒だった.
雪は「声」を持たず, 静かに降り積もる.
それに対して霰は, 遠目には雪と同じように見えても, 窓のガラスや地面に打ち付けられるとその「声」を露わにする.
霰たちの声を注意深く聴くと, 彼らは様々な色の声を持っていることに気付いた.
そうした故郷での冬の記憶を, 曲に描き起こしてみた. 」
Op.10-5 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「私自身の成り立ちを考えたとき, 決して一人ではここに辿り着かなかったと感じる.
そして私の周りには常に多くの感謝すべき人々が居たことに気付く.
しかしそうした人々に有難うの言葉を言うのは何とも気恥ずかしいような気もするし, 言葉を尽くしても表現しきれないような気もする.
だから, 私は音楽の力を借りることにした.
この曲を通して, 私が関わった人々に, どうか私の思いが伝わりますように. 」
Op.11-1 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「時を経て今や落果の頃合を迎えたというのに, 未だ熟し切らずに青く固いままである.
そんな未熟な果物は過ぎ去った暖かな季節が明日こそはやって来るのではないかと思い, 密かに夢を見続けている.
純粋で愚直な暗示の海の中で, 未熟な果物が最初に奏でた歌をここに結実させた. 」
Op.11-2 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「秋の高い空の下, そぞろに里道を歩いていると, 甘く優しい香りが辺り一面に広がっているのに気付く.
近くに姿は見えないが, それはキンモクセイのものであるとすぐに分かった.
何故かは分からないが, その香りに包まれていると, 自分の心の中で手垢のついていない夢の欠片がその存在を主張し始めるのだった.
まだ見ぬもう一方の夢の欠片のことを想いながら, 私は爽やかで穏やかな空気を吸い込んだ. 」
Op.11-3 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「少年の頃, 青い空に浮かぶ白く輝く雲を追いかけようとしたことがあった.
でも誰もが知っている通り, どんなに駆けても, 追いつきたどり着くことは出来ないし, その端すら掴むことは出来ないのだ.
大人になって, ようやく自分には掴めないものがあることを悟った.
そして僕は胸の中で燃える青春の火にそっと別れを告げた. 」
Op.11-4 音源 (お聴きいただくには Windows Media Player などが必要です. )
「北風の夜は, 不安との格闘の時間である.
淡い期待なんて砂上の楼閣のようなもので, 吹けば簡単に飛んでいくようなものなのかもしれない.
それでも期待を捨てきれずに, 眠れない夜に見えない将来を思い描こうとする.
北風の導く先の, 信ずるには心許ない何かを求めて. 」