研究内容

固体惑星・衛星の内部構造と進化について研究しています

Courtesy NASA/JPL/SSI

木星以遠の惑星は、主に氷で出来た衛星 (月) を複数持っています。 この「氷衛星」のいくつか (木星の衛星エウロパや土星の衛星エンセラダス等) の地下には液体の領域、つまり「内部海」があると考えられています。 太陽から遠く離れた天体の内部が凍り付かないでいられる原因の一つとして、潮汐による加熱が考えられます。 地球では主に月の影響で海水面が上下しますが、表面に海のない氷衛星では氷で出来た地殻が変形します。 固体の氷地殻がゆがむことで、そこに摩擦熱が発生していると考えられるのです。

我々は、従来の研究において無視されてきた内部海の運動を考慮することで、潮汐変形における「共鳴」現象を見出しました。 天体が冷えると内部海が凍っていき、それを覆う氷地殻が分厚くなり、結果的に潮汐による変形量は小さくなっていきます。 しかしある程度まで内部海が薄くなると共鳴が起きて、逆に潮汐変形が大きくなります。 この共鳴は、公転に伴う潮汐変形の速度と内部海の重力波位相速度が近づくためだということが分かりました。 変形が大きくなると発熱量も増えるので、この共鳴現象は氷衛星の進化、特に内部海の維持に重要だと考えられます。


共鳴による大きな潮汐変形 [Kamata et al., 2015, JGR]

理論的研究に加えて、将来の氷衛星探査計画に直結する研究も行っています。 欧州宇宙機関を中心としたJUICE計画では、木星の氷衛星ガニメデに探査機を送って潮汐変形を計測する予定です。 果たして内部構造 (氷地殻の物性や内部海の厚さ) と、観測されうる潮汐変形とはどのような関係にあるのでしょうか。 これまで限られた条件下での潮汐応答が調べられてきましたが、まだ十分に調べきられたとは言えません。 詳細な調査を事前にしておくことは、必要な計測精度を決定するためにも必須です。


予想される潮汐変形の振幅と位相遅延 [Kamata et al., 2016, JGR]

そこで、様々な条件下におけるガニメデの潮汐応答を調べました。 その結果、潮汐変形の振幅だけでなく、その時間変化を調べることが内部海の有無の知る重要な指標になることを明らかにしました。 また、地形だけでなく重力の応答も同時に計測することによって、氷地殻の厚さの推定精度を高めることが可能であることを明らかにしました。 得られた結果をJUICEチームに提供し、機器開発支援、並びにサイエンスの議論に参加しています。


Courtesy NASA

月は最も身近で観測データが豊富にある天体です。 大気・海洋がないために風化・浸食がなく、数十億年前の地質が今もくっきりと残っていると考えられています。 この、地球より単純なシステムである月は、惑星の初期進化理解にとって格好の天体と考えられます。

惑星進化過程の中で最も基本的なプロセスである熱進化を読み解く鍵の一つとして、衝突盆地と呼ばれる巨大クレーターの長期変形に着目しています。 もし衝突盆地形成時に地下が非常に暖かければ緩和が進行し、現在の地殻は平らになるはずです。 一方で、もし衝突盆地形成時に地下が非常に冷たかったならば緩和は起こらず、今も衝突によってできた同心円構造が残るはずです。 実際に、月の衝突盆地の約半数はほぼ緩和しきっている一方で、残り半数は同心円構造がはっきりと見て取れます。

そこで、我々は日本の月探査衛星「かぐや」で得られた地形・重力場データと、様々な熱進化モデルにおける地形緩和計算の結果を比較することで、同心円構造を残す盆地ができた時代の温度構造について制約しました。


衝突盆地形成時における地温勾配の上限値 [Kamata et al., 2013, JGR]

さて、長期熱進化で最も重要な熱源は何でしょうか。 それは、トリウム、ウラン、カリウムといった元素の放射壊変に伴い発生する熱です。 これら放射性元素が仮に地下に大量にあると、惑星内部は非常に熱くなり、長期に渡って火山活動が続いたり、マントル対流が活発になり得ます。 一方で惑星内部がこれらの元素に乏しいと、内部活動はすぐになくなってしまいます。 このように、惑星の歴史を知る上で放射性元素の濃度を知ることが非常に重要ですが、惑星探査で直接計測できるのは表面での濃度のみで地下での濃度は分かりません。 上述の地下温度構造解析から、月裏側地殻には放射性元素がほとんど含まれないことが明らかになりました。 このことは、月内部の進化が、非常に初期の段階から表と裏で大きくことなっていたことを示しています。

また、緩和しきっている盆地についても興味深いことが分かってきました。 「かぐや」以降に打ち上げられたLROGRAILというアメリカの月探査機によって得られたデータの解析と衝突盆地緩和のシミュレーションから、緩和しきった盆地がマグマオーシャン (月形成直後の、月の大部分がドロドロに溶けた状態) の固化から間もない時期に形成したということを明らかにしました。


衝突盆地緩和の数値シミュレーション例 [Kamata et al., 2015, Icarus]

月においてどの時期にどの位の数の巨大衝突があったかを知ることは、月の歴史を知ることだけでなく、地球の歴史や太陽系全体の歴史を知る上で非常に重要です。 現在は、これまでに得られた結果を元に、太陽系における巨大衝突史の研究を進めています。


Courtesy NASA/JHUAPL/SwRI

冥王星は、カイパーベルトと呼ばれる太陽系外縁領域にある比較的大きな天体です。 2015年の夏にNew Horizons探査機が冥王星とその衛星カロンに接近して、世界で初めてのカイパーベルト天体探査が行われました。 この探査により、冥王星についての理解が進むと同時に、たくさんの不思議なことが明らかとなりました。

一つ目の謎は、氷でできた層 (氷地殻) の下に分厚い液体の層 (内部海) があることです。 太陽から遠く離れた非常に冷たい場所にあり、しかも潮汐加熱が効かず熱源に乏しいため、冥王星の内部海はとうの昔に凍り付いたと考えられていました。 二つ目の謎は、氷地殻の厚さが局所的にずいぶんと薄くなっていることです。 これまでの研究からは、氷地殻は短時間で平らになってしまうと予想されていたのです。 また、冥王星表面の化学組成がカイパーベルト由来の彗星と大きくことなっていることも冥王星の謎の一つです。


冥王星長期進化の数値シミュレーション例 [Kamata et al., 2019, Nat. Geosci.]

我々は、これらの謎を一挙に解明することに成功しました。 その鍵となるのがガスハイドレート (包接水和物) です。 ガスハイドレートは水 (H2O) を主体とする固体物質で、水分子でできた「カゴ」の中にメタンなどのガスが入っているものです。 地球の海底で見つかるガスハイドレートは、天然資源という観点でも注目されています。 このガスハイドレートが冥王星の氷地殻と内部海の間に薄い層を形成していると考えると、上述の謎が全て合理的に説明できることが分かったのです。 ガスハイドレートは熱伝導率が低いため、言わば天然の「断熱材」として機能し、その下にある内部海は長い間暖かいままでいられます。 逆にこの「断熱材」の上にある氷地殻は冷え切ってしまうため硬くなり、変形しなくなると考えられます。 また表面の化学組成についての謎も、ガスハイドレートが特定のガスを取り込みやすいという性質から説明できることも分かったのです。

我々は冥王星研究を通して、内部海を維持するための一般的なメカニズムを発見しました。 冥王星以外の氷天体でもガスハイドレートの形成条件を満たすものがあり、そこでも内部海の維持にガスハイドレートが重要な働きをしている可能性があります。 そのことを踏まえて、現在、大型の氷衛星の熱進化についての研究を進めています。

共同研究者である関根教授による本研究の解説記事はこちらでご覧いただけます。 また、研究メンバーとの出会いや研究の進み方など、本研究の「裏側」についてはこちらの記事でご紹介いただいております。 どちらも是非ご覧ください。

本研究については、プレスリリース (和文英文)、並びに記者会見を行いました。 また、出版社であるシュプリンガー・ネイチャー社によるハイライトに加え、多数の国内外のメディアで取り上げていただいております。 以下に取材対応しました記事一覧をまとめております。


Courtesy NASA

固体惑星探査に関連する共同研究を幅広く行っています。 「かぐや」重力場計測チームとして子衛星運用やデータ解析(Same-beam VLBI)を行いました。 また、「かぐや」画像データを用いた月の地質史研究、「はやぶさ」画像データ等を用いた小惑星表面の分光学的研究、New Horizons冥王星探査ミッションのデータ解析に基づく冥王星の進化史研究、アポロ月震データと月測地データの統合解析による月内部構造推定、将来着陸探査機用元素分析装置の開発、LCROSS月面掘削ミッションの地上望遠鏡観測や、「はやぶさ2」探査天体1999JU3 (リュウグウ)の地上望遠鏡観測の結果分析などを行っています。 さらに、iSALE衝突物理計算プログラムを利用した天体衝突現象の理論的研究も行っています。