Lightning


  対流圏の大気が地表からの加熱により不安定な成層を成すとき,その不安定を解消するため積乱雲あるいは雷雨が発達する。一般的に雷 雨は対流セルあるいは降水セルと呼ばれる秒速十数メートル程度の激しい上昇気流,下降気流を含む対流の単位の集合体で構成されており,各々 の対流セルは発達期,成熟期,消滅期という特有のライフサイクルを持つ。このライフサイクル中で,発達期のあられを主成分とする降水の形成 に伴い雲内で電荷分離が進行し電荷が蓄積される。そして,大気の絶縁破壊強度を越えたとき放電という形態をとって,雲内の電荷が中和される。 これを雷放電と呼び,以上を総称して雷放電現象と呼んでいる。

  このような雷放電は我々に最も身近な自然現象の一つであるにもかかわらず,全地球規模での発生頻度や分布といった最も基本的な描像に ついて,長い間明らかになっていなかった。衛星からの最初の雷放電観測は我が国のISS-b衛星によるVHF帯の観測である。この衛星による観測は, 当初の目的の副産物として得られたものであるが,宇宙空間からの雷放電観測の可能性を示したものであり,全球の雷放電分布を初めて明らかにし た。その後,雷放電を観測することに特化した最初の衛星は,NASA・マーシャル宇宙飛行センターによるMicroLab-1衛星に搭載されたOTD (Optical Transient Detector)や,熱帯降雨観測衛星(TRMM)に搭載されたLIS (Lightning Imaging Sensor)である。これらの衛星観測によって得られた観測 データから,雷放電は主に夏半球の陸上で発生し,その頻度は約50 flashes/s という結果が得られている(Fig.1)[Christian et al., 2003]。さらに,世界中で発生する雷の約80%が,北緯30°と南緯30°の熱帯・亜熱帯域で発生していることも判明した[Christian et al., 2003; Christian and Latham, 1997]。これらの衛星による光学観測は,検出効率を90%近くにまで高めることに成功しており,雷放電の 全球分布・時間変動のみならず,気象予測モデルに雷放電データを同化させることで,激しい気象現象の予測精度を大幅に向上させることがわかった。 またこの他にも,雷放電は,電荷分離強度を決定する対流強度と密接に関連していることから,放電頻度を観測することにより,大気循環・水 循環・ エネルギー循環等を特徴付ける基本パラメータ,例えば,対流性降水強度推定,対流/層状性降雨識別,降雨タイプ分類や雲氷量推定,潜熱加熱輸送 等への評価指標となり得ることがわかっている。

LIS Global Lightning Distribution
Fig.1 TRMM/LISによる雷放電観測によって推定された全球雷放電分布。( http://thunder.msfc.nasa.gov/lis/index.html )

  しかしながら,雷観測なしでこれらの基本パラメータを推定することは容易ではく,例えば,対流性降雨強度に関して,マイクロ波放射計 による降水推定が行われているものの,放射伝達計算に及ぼす雪の層の影響は見積もりが困難であり,これが数10%に及ぶ降雨量算出エラーの大き な要因となっている。また,対流・層状性降雨識別では,マイクロ波放射計の偏波差を用いた識別手法などが提案されているが,信頼度は低い。さ らに,雷放電頻度観測は,極端な気象現象の予測や災害予防に役立つとも期待されている。このことから,米国では次期静止気象衛星に雷観測センサ を標準装備することが計画されている。MicroLab-1/OTDはすでに運用を終えており,TRMM/LISにしてもその有効性が認められミッションライフを 大幅に延長させて運用を継続させている状況にある。OTD, LISに続く雷放電の継続的な観測を行うことが,世界的に緊急の課題となっている。


Fig.2 New Mexico Tech. の LMA によって観測された雷放電の進展過程。


Fig.3 大阪大学がVHF干渉計でDarwinにて観測した雷放電の進展過程。

  雷放電の分布とその変動は,OTDやLISなどの光学観測によって明らかになってきたが,放電の識別や放電過程の同定は,VHF帯の観測によっ て可能となる。一般に,雷放電に伴って放射される電磁波の帯域は広く,中でもVHF帯広帯域電磁波は,放電進展過程から放射される。このため, VHF帯域は雷放電路の再現に用いられ,光学観測では観測できない雲内の放電進展様相の解析が可能となる。

  雷放電から放射されたVHF電波を多数のアンテナ群によって同時に検出し,その到達時間差によって雷放電の進展様相を可視化する試みが近 年精力的に行われている。その一例として,米国のニューメキシコ鉱物工科大学では,北アメリカ大陸中西部にVHF干渉計を展開し,そこで発生する 雷放電の放電過程を詳細に検出することに成功している(Fig.2)[Krehbiel et al., 2000]。特に,雷雲内部での雷放電水平電流の進 展過程を詳細に捉ることに成功しており,そこから放射される電磁パルス (EMP: ElecroMagnetic Pulse) の空間分布を推定する上で,決定的に重要な 情報を与える。

  同様に国内においても,大阪大学の研究グループがVHF干渉計の開発に成功している(Fig.3)[Morimoto et al., 2005; Morimoto and Kawasaki, 2006]。大阪大学のVHF干渉計システムでは,2次元の雷放電進展過程の観測を行う。ニューメキシコ鉱物工科大学 のシステムでは,事後のデータ処理に数時間を要するが,大阪大学のシステムでは,オンボードでこの処理を行うことが可能で,準実時間で雷放電進 展過程を可視化できる点が大きなアドバンテージとなっている。このように,VHF干渉計は,雷雲内での放電路を多次元で再現することが可能であり, 雷放電の物理的過程の同定や位置標定を行うことが出来る。

  このVHF帯の電磁波動は電離層のプラズマ周波数より高いため,衛星高度からも観測が可能である。ロスアラモス国立研究所は,これを実現 するために1997年にFORTE (Fast On-orbit Recording of Transient Events) 衛星を打ち上げ,衛星軌道上から雷放電VHF電波を観測することに世界 で初めて成功している。この観測結果によると,a) Narrow Bipolar Events (NBEs) と b) Cloud-to-Ground events(CG) の2種類の放電形態に関する結 果が公表されている [Suszcynsky et al., 2004]。NBEは,1マイクロ秒以下の持続時間を持つ雲内起源の100 mオーダーの放電イベントであり, 放射エネルギーはEIRP換算で100 kW以上である。衛星高度で観測される雷放電起源のVHF放射ではもっとも強いが光の放射は弱い。一方,CGイベント は負極性リーダ或いは帰還雷撃過程からの放射であり,数十 kAの電流により放射される。しかしながら,FORTE衛星にはVHFアンテナが1成分のみ搭 載されており,干渉計としての機能は有していない。このため,FORTEでは,全球的に発生する雷からのVHF電波を検出することはできるが,検出し たVHF電波がどの雷から放射されたのか(位置情報),どのような放電路の雷であったのかという情報は得られない。

  宇宙空間からのVHF干渉計観測を実現することによって,初めて,全球的に発生する雷放電の放電進展過程と,EMP放射過程を推定すること が可能となり,これを実現するために世界各国が競争を繰り広げている。